ドワーフの焚き火キャンドル
木の芯から始まる不思議な話
もう少しここにいさせて…
透き通るような声は
店主だけに聞こえているのか
何も気づかないドワーフは
残りの木の板を袋の中に残したまま
研究施設へと帰っていった
私は人魚…
ここから聞こえる…店主は夢中で炎を見つめていた
Ⅰ
その夜。
かすかな物音に目が覚めた店主が、恐る恐る1階にある作業場を見に行くと
そこにはいつもの小さな人影が。
ほっと胸をなでおろす店主の吐息に
「なんじゃ、起こしてしまったかの」と
ドワーフがこちらに向きなおって言った。
木芯のろうそくはドワーフのお気に入り。
満天の星空を眺めながら、焚き火の横でそのお気に入りのキャンドルに火を灯す。
細い芯ではなく、薄い木の板が芯となっているキャンドルは
火を灯すと時折パチパチという木の爆ぜる音が聞こえるため、焚き火のろうそくと言われていた。
地層の調査がどれだけ難航しても、仕事終わりに灯す小さな焚き火を見れば
たちまちいい気分になる。
ドワーフは、ほとんど燃え尽きたろうそくを、大事そうに蝋引きされた紙袋から取り出した。
Ⅱ
夜は更けて、間もなく明け方という時間。
寝ずに採掘でもしてきたのか、よく見ればドワーフの足元には
まだ乾いていない黒い土が点々と落ちている。
また散らかしたと便利屋に怒られる前に、掃除をしようと道具を取りに行く店主を横目に見ながら
ドワーフはイスをテーブルのわきに引きずって、よいしょとその上に這い上がった。
靴は脱いでねという店主の声は届いていないようで、そのまま椅子の上に立ち上がり
先ほど一生懸命背伸びをして置いたテーブルの上にある焚き火のキャンドルに長いマッチを擦って火を灯した。
バチバチ…
炭化した薄い木の芯に炎が燃え移り
周りのロウをあっという間に溶かしていく。
溶けたロウを燃料にして
焚き火のように大きく炎が上がった。
Ⅲ
「なんだかいつもと違う音がするよ」
店主の声に、ドワーフは大きく頷いた。
「水龍のところからもらってきた木の板を薄く削って燃やしていたらな
いつもと違う雨音のような音がしてな。
もうあの木はこの世界にもないというからお主に聞かせようと思っての」
誇らしげに顔を上げて、メラメラと燃えるろうそくを指さした。
「ちょっと火が大きすぎて、僕はあんまり好きじゃない」
ザザザザ
と微かな音を出す木の芯のろうそくは、音とは裏腹に大きな炎をあげて
小さな丸い煙を吐き出しながら燃えている。
おぉ、水龍のリングも出ておるわい。と、ドワーフは楽しそうに言った。
Ⅳ
水龍はこの世界の水の土地を守っているドラゴン。
店主がこの小屋に迷い込む前に起きた
こちらの世界の騒動で、水の土地はほとんど崩壊し、やっと整備が落ち着いてきたところだという。
その祠の前に立っていた、朽ち果てた鳥居のような御神木は水龍の力が宿ると言われていて、小枝一つでも裏では高値で取引されていた。
珍しいものはまた争いの元になるからと、今はもう神のみぞ知る保管庫に
厳重に保存されてしまったその御神木。
その貴重な木の欠片を、ドワーフは分けてもらったようだ。
そんな貴重なものをどうして燃やしたのか店主が問うと
「燃やさずにして何になる。
この美しい炎を作り出せるのはこの木にしかできぬ仕事なのじゃ」
と、ドワーフが言った。
首をかしげる店主だったが、ぷくぷくと上がる白い輪を吐き出す炎をとても興味深そうに見つめ始める。
「だから、言ったであろうに」
ドワーフはまたよいしょと言ってイスから降り
動かなくなった店主の手からそっと箒を引き抜いた。
何が嫌いじゃ
炎に一番取りつかれておるのはお主ではないか。
カサカサとした甲高い声でそう言いながら、ドワーフは自分の泥だらけの体から出た砂の掃除をして、こっそりと小屋から出ていった。
end
もう少し、ここにいさせて
そんな声がいつからか店主の脳内に響いていた。
夢中で炎を見つめる店主は
ドワーフが出ていったことにも気づかずに
その声の主を探していた。
私は人魚…
声が店主に語り掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます