北の魔女のボタニカルキャンドル2

覚えていますか?


北の魔女から託された

あの花たちを使って

店主が作った2つのキャンドルの事を。


1つは北の魔女の所へ。

もう1つは、どこに行ったのか。


そんなお話。




「ずっと一緒にいると、わかんなくなるんだよね。あの人も反省しているみたいだから、許してやったらどうなのかねぇ…」


そう言うと、便利屋は見事なドライフラワーの花束を置いて、人間界へ帰って行きました。


便利屋の言った「あの人」というのは誰の事なのか、店主はいくら考えても分かりませんでしたが、なんとなく北の魔女と仲の良かった祖母の姿が浮かんできたのです。



そういえば人間界ではもうすぐ母の日。

この時期は、決まってボタニカルキャンドルの注文が増えます。

北の魔女の所にもきっと、同じようにたくさんの注文が入っていたのでしょう。


それに使った残りなのか、ただ、いつもの気まぐれでくれた花束なのか、店主にはまたわからないことだらけでした。

だけど、ちょうど黄色い花があったらいいのにと思っていた彼は、いい事があったと気分がよくなりました。




そんな店主の横では、ミモザが悲しそうな声で「帰りたい」とか細い声でつぶやいています。


花の声を聞くことのできない店主には届いていませんでしたが、見かねたろうそくの妖精たちが、慰めようとミモザの周りに集まってきました。


ところが店主は、またいたずらをされると思って、彼らからミモザのドライフラワーを遠ざけてしまいました。



魔法を使えばきっと、美しいキャンドルをたくさん作ることができるのに


店主はそう思いながら、手づくりにこだわる彼女は一体何を思ってこの花を手放したのか、そんなことを考えながらキャンドルを作り始めます。



店主は繊細な花を使うボタニカルキャンドルを作ることが、実はあまり好きではなかったのです。

魔法が使えるならば、この細かい作業をしなくて済むのにと思いながら手を動かしていると、なぜかいつも、作ることがだんだん楽しくなってくるのでした。




次はこの花を入れよう

色はこうしよう…


そうして、店主のこだわりの詰まった手作業で、ただのろうそくに命が吹き込まれていくのです。


北の魔女に渡そうと思って作ったキャンドルには、真っ黒なロウを流してミモザの黄色い花が鮮やかに見えるように作りました。


もう1つは水色のロウを流して、かつて祖母と一緒に眺めた青い空を思い描いて作りました。




彼の記憶はあいまいで、小さな頃に祖母とこの小屋で暮らしていたという事は思い出せるのですが、そのあとからの事や大人になって、この小屋に戻ってくるまでの記憶が何故かすっぽりと抜けているのです。


今ここに祖母がいないという事や、ドワーフの言葉からもうすでに祖母はこの世界にはいなくなっているという事は理解していましたが、もしかしたらまだどこかにいるのかもしれない。


それ以上の事を考えると、

「自分は生きているんだろうか?」

「今いる世界は一体何なんだろう?」

という、別の疑問が次々と浮かんできて、余計に何も思い出せず混乱するため考えることをやめました。




そんな祖母を思いながら作ったボタニカルキャンドルは、どこか寂しい感じがして

早く誰かの元に旅立って愛でてもらえばいいとおもった店主は、便利屋に人間界で販売するよう頼みました。




その日は母の日で、便利屋の前から次々とキャンドルが消えてゆきます。

水色のボタニカルキャンドルもまた、誰かの手に渡り新しい暮らしをする事になりました。


ミモザは、その頃にはもう周りの花たちととても仲良くなって、これからどんな場所に連れていかれるのかとても楽しい気持ちになっていました。


しばらく暗い袋の中に入れられた後、次にミモザが見た光景は目を疑うものでした。




ここは、なんて居心地がいいんだろう

まるで、あの魔女の部屋みたいだ




オイルランプの灯りと間接照明のついた薄暗い部屋の中は、甘い香りが漂っていて、とても心地のいい音楽が流れていました。


本当にかわいい。火をつけるのがもったいないわ


そう言いながら、新しい持ち主は袋を開けて、水色のボタニカルキャンドルを木の台の上に乗せました。


とても座り心地のいい木の台に座ったミモザは


「火をつけた時の私の輝きを早く見て」


と、そっと囁くと


そんなに焦らないで。孫の作ったろうそくを大切にしたいのよ


と。

新しい持ち主がこちらを見ながら言いました。


魔力のある者しか、自分たちの声を聞くことができないという事を知っていたミモザは、ドキリと心臓が跳ね上がりました。

この人は一体……


ミモザがそう思ったとたん、ふわりと暖かい風が吹いて、自分の頭に火が灯ったのです。


「なんて心地のいい炎なんだろう」


ミモザと周りにいる花たちは、うっとりと頭の上に灯る小さなあかりを見上げます。


そうだろう、上手にできているね。

それじゃぁ少し、昔ばなしでもしてあげようか。

あんたが会いたがっていた、北の魔女の話をしてやろうかね。昔はもっと美しい、高飛車な女だったのさ…




ろうそくの灯りに照らされた新しい持ち主の顔は、その口調とは真逆でとても優しく微笑んでいました。

白髪で、背中が少し丸くなった小柄な女性はなぜかとても幸せそうに話し始めたのでした。






end

その夜は、ミモザにとって忘れられない夜になりました。


目の前にいる人物は、自分を作ってくれたろうそく屋のおばあちゃんだという事。

自分たちを木の枝から切り取り、美しく仕立ててくれた北の魔女の大親友であるという事。

どうして彼女が、人間の世界で生きているのかという事。


「あの子には教えられないよ。これを知っているのはこの世界ではあんたらと私だけなんだからね」


そう言って、おばあちゃんが大切そうにろうそくに閉じ込められた花たちを指で撫でると、それまで灯っていた炎がそっと消えました。


そうして、水色のボタニカルキャンドルは、おばあちゃんの家で暮らすことになったのでした。




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非日常の物語。ろうそくの物語【短編集】 サトウアイ @iaadonust

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