第2話 理想の花嫁

 翌朝、宿の入り口で俺は見知らぬ男に声をかけられた。


「薄い金髪の優男……兄ちゃんが昨日からいる野良王子かい?」


「何だよ、見物なら見世物料をとるぞ」


「いやいや、耳寄りな話だよ」


 こうやって野良王子をやっていると、いろんな人間が寄ってくる。何かと集ろうとする奴、余計なものを買わせようとする奴、「理想の花嫁」を探さなくても国へ帰る方法を教えるとか言う奴、つまりはろくな奴がいない。


「その手の話には乗らないことにしてるんだ」


「それは残念だな、せっかくドラゴンにさらわれた王女の話でもしようかと思ったんだけどな」


「ど、ドラゴンだって!?」


「そうだよ。ドラゴンが認めるお姫様だ、これはいい花嫁になるんじゃないかと思ったんだが……興味がないならやめておこうか」


「その話、詳しく聞かせてもらおうか!?」


 ドラゴンがさらう姫というのは「理想の花嫁」としてかなり価値が高いとされる。どうせガセネタを掴まされたとしても、少し俺の懐が痛むくらいだ。どうせなら有力な情報である方に俺は賭ける。


「いいけど……高くつくぞ?」


 男が提示した額は、情報料としてはなかなか値の張るものだった。


「うーん、そうだな……」


「早くしないと、他の王子に売っちまうぞ」


 俺は懐から王族証明書を出した。


「2割引でいい、これで負けてくれ」


「……そんな風に値切る王子は初めて見たよ」


 男はやれやれと肩をすくめて、俺の言い値で情報を売ってくれた。持つべき者は王家の血筋だな、うん。


***


 男から買った情報を元に、俺は愛馬ソルとドラゴンがいるとされる西の山岳地帯を目指した。


「いいか、ソル。ドラゴンが姫をさらうのは何故だか知ってるか?」


 ソルは俺が10歳の誕生日に与えられた白馬だった。別に俺が特別だというわけではなく、俺の国では王子は10歳に自分の馬を貰えるというだけだったのだが。このあてのない孤独な旅に同行者がいるだけで俺は心強かった。


「ドラゴンが女をさらうには、それだけその女に魔力があるってことだ。ついでに魔力って言うのは上流階級の女が特に強いとされる。魔力が高い女、つまりこれは理想の花嫁候補と言っても間違いない!」


 理想の花嫁とは、要は魔力を持った女のことだ。この世界で魔力を持っているのは一部の女だけだった。勿論各国の王様は自分の国に多くの魔力を集めることを望むが、他国の女性を無理矢理自分の国に連れて行くわけにもいかない。そこで合法的に女を連れ去る手段として生み出されたのが「王子との婚姻」だった。


 そりゃ「魔力が欲しいから女を連れて行くぞ」なんて言えないもんな。各国共に「理想の花嫁を探す王子」という名目で魔力の高い女の奪い合いになっている。そんなガツガツとした目的で女を捜す王族の男どもを人々は畏怖と憐れみを込めて「野良王子」と呼んでいる。全く不名誉なこと限りない。


「これでなかなかの魔力の女が手に入ったら、後は俺がどうにか口説いて国まで連れて帰ればいい。婚姻証明書さえ書けばこっちのもん、ってことだ」


 ずっと一人で旅をしているせいか、すっかりソルに話しかけることが多くなってしまった。これも孤独な野良王子の境遇のせいだ。俺ははやく根無し草なんかやめて、さっさと国に帰って美しい魔力の高い女と懇ろになりたいと思っているのだが、現実はなかなかうまくいかない。


「どうやって口説くのかって? それはほら、俺が華麗にドラゴンを倒してだな、あなたは命の恩人です、ってなってだな、いえいえ、それほどの者ではないのですが、あなたは美しい、よければ僕と生涯を共に……はい、貴方に一生ついていきます……ってだな! 参ったな! 心の準備が出来てないよ! 貴方となら準備なんてそんなものは、いやいやいやって……ふぅ」


 ダメだダメだ、自分で虚しくなってきた。取らぬ花嫁のドレス算用じゃないか。そもそもドラゴン討伐から頑張らなきゃいけないんだけどな。はあ、王族になんて生まれるもんじゃないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る