白馬の王子だけど、国外追放されたので理想の花嫁を探す旅に出ます

秋犬

第1話 野良王子と呼ばないで

「ルーノニア・ガーランドル……ガーランドル王国第七王子、確かに」


 証明書に記載されている俺の人相書きを見ながら、宿屋の親父は定価より2割引の宿泊代金を要求してきた。


「ちっ、もっと負けろよ。王族証明書出してんだぞこっちは……」


「なんだなんだ? 野良王子のくせにケチつけんじゃないよ」


 こっちの呟きが聞こえたようで、宿屋の親父がガタガタ言い始めた。


「うるさいな、悔しかったら王族に転生してみやがれ」


「嫌だね、証明書出して追い払われる王子なんかごめんだ」


「ああ、全くだ……世の中狂ってやがる。そういうわけでせめて3割負けろ」


「全くごねやがって……好きにしろ」


「よし、5割引きとはなかなか太っ腹だな!」


「わかったわかった、3割引にしてやるからさっさと部屋に行け!」


 この世界には王子があぶれていた。国を継いで王国を治めるなんて一部のエリート王子にしか許されない特権であった。そうでない王子は野良王子として王族証明書を持たされて放逐される。国に帰れる条件はただ一つ。


 「理想の花嫁」を手に入れること。


 もちろん国内で「理想の花嫁」と運良く結ばれてそのまま国でのほほんと生きていく奴らもいる。しかし俺のようにぼーっと生きてきた奴には「理想の花嫁」なんて残っちゃいない。


「畜生、好き好んで野良王子やってねーんだよこっちは」


 宿屋の親父に宿泊代を叩きつけて、俺は部屋へ上がった。上等な部屋ではないが、3割引だと思えば大して気にならない。放浪の末に旅衣装もくたびれて、俺が王子だと外見でわかるものはほとんどなくなっていた。野良王子も長くやっていれば、どう見てもただの流れ者だ。そんなときに重宝するのが各国が俺のようなかわいそうな野良王子向けに発行している「王族証明書」だった。


 これさえあれば、余所の国でも簡単に入れて様々なサービスに割引が適用された。また必要とあれば幾らか融資もしてくれるし仕事も斡旋してくれる。それならそれを国にいるときにやってくれと思うけれど、各国が「理想の花嫁」を手に入れることに躍起になっている昨今は少しでも他の国の「理想の花嫁」を奪い取ろうとしているのだと俺は思っていた。


 俺は荷物をベッドに放り投げて、その隣に寝転んだ。久しぶりのベッドに心が軽くなるようだった。


「あとでソルにもたっぷり食べさせてやらないとな……」


 旅の供の愛馬ソルのことを考えながら、俺は荷物の中から雑誌を取り出した。


「どうせろくなことが書いてないだろうが……」


 最近は野良王子向けに「理想の花嫁」情報が書かれている雑誌をよく見かける。飛龍の谷でドラゴンを手懐けている美女がいるらしいだの、無人の塔のてっぺんに幽閉されている深窓の聖女がいるだの、どこまでが本当で嘘かわからないことばかり書かれている。


「えーと、なに? 森の中でドワーフが作ったガラスの棺に入った美女が目撃される? こっちは魔女の呪いで100年眠ってる王女がいるだって? どうせガセに決まってるっての」


 俺は雑誌を放り出した。やはりろくなことが書いていない。結局は自分の足で「理想の花嫁」を探すしかないのである。


「あーあ、はやく見つかんないかなあ。いつまでこんなことしてるんだよ」


 国を追い出されて早くも2年。俺の「理想の花嫁」探しは間違いなく難航していた。

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