可憐な美少女との邂逅。

 学校が放課後になろうと、休日になろうと魁比呂からすれば、毎日が平日であり、休日登校も平気でする。

 特に、ストレスを抱えると気持ちをリラックスするために愛猫“セイブル”とじゃれ合うのが日課だ。

 比呂が住んでる屋敷から高校は徒歩圏内ではあるものの、遠目ではあるため、比呂は平然としていた。

 むしろ、車で送迎させようという父親の計らいにウンザリしている気持ちでいっぱいだった。

 高校一年の入学式の日だけ車で送迎され、周りの目を向けられたことがあるのを今でも覚えている。

 車での送迎がダメとは校則に書かれていない。書かれていないが、悪目立ちする気がしたので、送迎を任された執事に「明日からは送迎もいらない」と突きつけた。

 執事からは父親から送り届けるように言われてるけど、「学校ぐらい、俺の自由にさせてくれ」と突っぱねて、口を噤ませたことも覚えている。


(父さんも父さんで過保護だな。あの過保護さは妹が受け継いぢゃったんだろう)


 普段から家族のことは気にかけない性分だが、入学式のときだけは過保護さが出てしまったのだと思われる比呂。


(学校は基本、終日、教室はオープンだが、記念日とか振替休日だけは学校を開かない校則がある。今日は休日で、部活動をしてる生徒がいるから。

 なんら、不思議がることもない)


 比呂は制服を着たまま、高校へ登校する。




 比呂の住んでいる屋敷から高校に向かう道中には、こぢんまりとした公園が一つある。設置された遊具の数はそこまで多くないが、バスケのゴールがあることが数少ない利点がある。

 比呂も見回りの際はバスケ部の者たちが休日に利用していたり、夜に不良やヤンキー連中のたまり場として利用されてることが多いのだが――この日だけは違った。


 小さな子供やバスケ経験者、不良がバスケのゴールを利用してるのではなく、なんと愛桜が利用していたのだ。


「……つ、次こそは」


 真剣な黒曜石の瞳をバスケのゴールに見据え、バスケットボールを輪の中にめがけて投げている。投球されたボールはリングに当たって跳ね返り、愛桜の頭めがけて落ちてきた。


「わ、――」


 避けることが出来ず、バランスを崩し、その場に足腰ついてしまう愛桜。見事にバスケボールのヘッドショットである。よーくよく見てみれば、既にボロボロの状態。


(どうやら、一回こっきりじゃないようだ。かれこれ一時間ぐらいはやってるかな)


 練習してる時間を憶測だけど、予想した。


「い、痛い……また、やっちゃった」

「大丈夫?」


 あまりの愛桜の不器用さに比呂は看過できなかったようだ。高校へ登校している途中に彼女を見かけた彼は良心から愛桜に声をかける。


「……え、う、うん。大丈夫……って、あなたは!」

「――――」


 瞬間。比呂、そして、愛桜の瞳が互いに大きく見開かれる。比呂もこのタイミングで気づいたようだ。声をかけた子がナンパから助けた女の子であると。

 比呂がすぐに気づかなかったのは一つ。彼女の髪型が違ってたことに他ならない。

 普段は肩まで下ろして靡かせる黒髪赤メッシュの愛桜だが、この時は髪が邪魔にならないように結わえる髪型をしていた。


(――まさか、数日、空いての出会いとは……)


 運命の巡り合わせかと呪いたくなる比呂。互いに瞳を見つめ合わせていたが、比呂は目を閉じる。


「言っておくけど、偶然だよ」

「う、うん。分かってる」


 ここまで鉢合わせることがあれば、もはや、ストーカーに変わりないのでは、比呂は危惧した。

 だが、愛桜は先んじて、“当然”と言わんばかりにうんうんと頷いている。


「それより、大丈夫?」


 焦るに焦ることもなく、平然としている比呂が問うた。


「うん……だ、大丈夫」

「バスケの練習かい? 熱心だね」

「ッ……授業で次、バスケをするみたいだから。私、運動音痴だから、練習してた」

「そっか」

「でも、シュートが入らなくて…………おまけに、頭ばかりにボールが落ちてきて」

「…………そっか」

(ある意味、凄いな)


 普通に考えて、頭上になんどもボールが落ちてくるなんて、運要素が強すぎる気がした。だけど、それを本人に言うのも気が引けるので取り繕う。


「運動音痴なのに、そこまで熱中するのはすごいと思うよ」

「…………そんなこと、ない」


 愛桜は顔を赤くして下を俯く。だが、表情はどこか嬉しそうで口角を緩めていた。


「じゃあ、頑張りな」

「う、うん……って、学校に行くの?」


 比呂が学校へ登校することに驚いている。確かに驚くのも正しい。今日は休日だ。学校は開いていても登校する物好きなんてそうそういない。


「ん? そうだけど?」


 言外に「悪い?」と言えば、愛桜は信じられなさそうに吐露する。


「今日、休日だよ」

「そうだね」

「部活でもしてるの?」

「ああ、しているけど、今は休んでいる」

「…………じゃあ、どうして?」


 愛桜はつい、彼が学校へ登校する理由を尋ねる。


「委員会の仕事が残ってるからね。休日を返上して、終わらせておこうと思っただけ」


 淡々と答えを述べられて、彼女は二の句が継げず、絶句する。


「話は終わり? じゃあ、頑張りな」

「あ、ありがとう」


 ペコリと頭を下げ、律儀に振る舞ってくる愛桜を認めると、比呂は高校へと向かおうとしたが――


「――わっ」


 再度、自分の後ろでボールを頭にぶつけたであろう彼女の声が聞こえるとなんだか、放っておけなかった。


(校内、校外の風紀を乱す連中は許さないけど、他人の努力を無下にするほど、俺の非道ではない。でも、あそこまでへたくそだと、ちょっと――)

「……少しだけ、それを貸して」


 翻って、バスケボールを指さし、足腰をその場について、彼女に言ってみた。

 運動はできる方だが、人に教える気もない。身体も鍛えてることも頑なに教える気もない。

 おそらく、愛桜より運動はできると自負があった。


(ここまでくると、見過ごせないな)


 愛桜にバスケの特訓に付き合ってあげた。いや、ご享受してあげた。




 バスケをしている中、愛桜の心はトクン、トクンと高鳴っていた。

 黒曜石の瞳が示すのは、袖をまくったシャツを着ている比呂である。

 制服を着ている彼の姿がかっこよく見えてしまう。


(休日なのに、学校へ登校する奴なんて初めて見たけど…………私に、ここまで時間を割いてくれた。やっぱり、かっこいい人。いつか、絶対にお礼をする)


 夢見がちな愛桜は、キラキラと瞳を輝かし、比呂のバスケ特訓を受けていた。

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