可憐な美少女との散歩

「あっ、そういえば、ペットショップに寄っていたけど、動物でも飼ってるの?」

「それを知って、なんになる?」


 食後、会計を終えた比呂は愛桜と解散しようと思ったのだが、愛桜に封殺されてしまった。

 奢ってもらった手前、彼女の言い出しから逃れると後々、痼りが残りそうだと思ったけども、関係ないと思い、比呂は突き放す言葉を投げる。


「…………その、ペットと触れあえる広場とか、ペットショップに立ち寄ってもいいかな?」

「…………勝手にすれば」


 チェックスカートを揺らすと、愛桜はニッコリと微笑んでくる。

 まだ比呂と一緒にいられるのが嬉しい。彼女の心境は、おそらく、そんなところだろ。


「じゃあ、行こっ」

「分かった。あと、さっきのはごちそうさま」

「いい。これくらいしないと私の気が済まなかっただけ」


 表情を赤らめる。どうやら、お礼をされたり、褒められたりするのはなれていないようだ。彼女の気恥ずかしげな雰囲気は微笑ましく思い、比呂は微かに口角を緩ませた。


「あっ……笑った。魁くんでも笑うんだ」

「キミ……俺をなんだと思ってる」


 胡乱げな眼差しで見つめれば、愛桜はアワアワと慌て始める。


「べ、べべ、別に、た、たた、たいしたこと、じゃ、じゃないよ。た、ただ、気になっただけで」

「慌てすぎ。呂律が回ってないよ」

「――――」


 的確すぎる指摘に耳まで赤らめる愛桜。彼女は顔を隠すように下を向いてた。

 比呂はハアと息を一つ漏らす。


(全く、余計に気まずいだろ)


 胸中で不満を漏らした。ひとまず、謝ろうとする比呂だが、それは杞憂に終わる。


「……じゃ、じゃあ行こっか」

「……そうだね」


 なにげに気まずい空気が漂いだしたと比呂は不思議がるが、愛桜の口数が少なくなったのは確かだった。




 なんだかんだあり、気まずい空気のまま、先ほど寄ったペットショップに戻ってくると愛桜は瞳を輝きながら、店内を見て回っている。

 その様子を見て、子供のようだな、と胸中で思う比呂。同時に妙な安心感が胸に渦巻く。


(あのまま、気まずかったら、余計にストレスに感じてしまう)


 ペットショップに向かう道中、僅か数分とはいえ、あの空気感は地獄に思えた。比呂にとっての地獄は気まずい空気の中、顔を赤らめる愛桜と一緒に歩いてることが苦痛であり、ストレスであった。

 そのため、彼女の調子が元に戻ってくれたことに対して、比呂は淡々としてるけど、心の底でホッとしてる。彼は落ち着いた声音で気兼ねなく言い放つ。


「ペットとか飼ってないの?」

(やけに物欲しそうに見つめてるな)

「ううん。飼ってないよ。お父さんもお母さんは犬アレルギーで、猫を飼おうにも入っちゃいけない部屋が多いから」

「ふーん。そう」


 愛桜はケージにいる猫をジーッと見つめたまま動かないでいた。


(どうやら、猫好きのようだな)


 彼は彼女を見て、勝手にそう思い込んでしまった。


 猫を見ること三十分近くが経過した。

 比呂は一人、猫グッズとか見続けていたが、愛桜は未だにジーッとケージにいる猫を眺め続けていた。


「…………」

(長くない?)


 さすがの彼も猫を見続けるだけで三十分以上にその場に座り続けるとは思わなかった。


「じぃー」


 お地蔵参加の如く、固まってる愛桜が比呂の瞳に映った。彼女の隣には、昼食前に買い出したのであろう洋服が詰め込まれたエコバッグが置かれている。

 綺麗に整えて詰め込んではいるものの、明らかに重そうだった。


(小動物のくせに猫好きとは思わなかった。これは予想だにしなかった。

 でも、昼食を奢ってもらった身の上、荷物持ちをしておかないと俺が薄情な人だ)


 床に置かれてるエコバッグ、いや、たくさんの荷物を持っていて、尚且つ、その人が赤の他人ではない。

 手伝わないという選択肢は比呂の頭の中にはなかった。


「……そろそろ、帰ろうか。そこでジッとしてたら、逆にキミが目立っちゃうよ」

「えっ!? あっ、そうだね」


 彼女はハッとなり、立ち上がる。周りに見られてたと思ったのか、林檎のように顔を赤く染めた。


「ついでに持つよ」


 訊ねた比呂に愛桜は黒曜石の瞳を見開かせる。


「だ、だだ、大丈夫! そ、それくらい」


 強がってはいるものの、明らかに女の子が持てる量じゃない。現に、ここに来る間、両腕が見事なまでにプルプルと震えていたし、足の動きはぎこちなかった。


「昼のこともある」

「で、でも……これ以上、貸しを作ったら……」


 どうやら、彼女には罪悪感があるようだった。

 誰かに助けてもらったり、手を差し伸べられたりすることに抵抗があるようだ。愛桜がツンツンになるのも、それに起因するんだろう。

 それで比呂の気が収まることはない。


「安心しろ。俺も貸し借りは嫌な質だ。俺はただ借りを返すだけ。それでも嫌なら、いつか、キミが俺に借りを返せばいい」


 比呂は社会においての決まりを言ってるようだが、本音を言えば、ただ持ちたかっただけだ。


「だけど、今日は俺がやりたいからやる。今回は大人しく受け持っておけ。昼にキミはキミがやりたいからやった。なら、俺がやっても文句は言えないはずだ」

「むぅ~、ちょっと横暴……」

「横暴で、けっこう……」


 どんなことを言われようが筋は通そうとする姿勢に愛桜は余計なお節介を受けられてる気分を味わう。ムゥ~ッと頬を膨らませたまま、言ってくる。


「…………じゃあ、お願い」

「ああ」


 恥ずかしそうに口を結ぶ愛桜から荷物を預けた比呂は自分の荷物と一緒に手にする。


「…………い、一応、車を呼ぶから外までで大丈夫」

「ふーん。そう、分かった」


 ちなみに、彼女の買った荷物は確かに、女性が手にするなら、それなりに重く感じられたが、比呂としては気にもならない程度だった。

 彼女が呼び出すという車が、どこの出口から近いのか分からないため、彼女に従って歩いていくと、裏通りに面してる出口へと出ることになった。


「じゃ、じゃあ……ここで大丈夫だから。そ、その、ありがとう」


 ペコリと律儀に頭を下げてくる愛桜に比呂は忠告する。


「裏通りや裏道は通るなよ。市内の裏道は危なっかしいから」

「え?」

「忠告した。じゃあね」


 彼はそう言って、手を振る。

 それが、二人の別れ。

 今度こそ、関わることもないと思う比呂だが……現実はそうではないと知るのは先のこととなる。




 ある車の中では『フフンフフン』と楽しげに鼻歌を歌う愛桜の姿があった。

 彼女の乗る車は黒色の高級車。運転手でもあり、且つ使用人である者は機嫌のいい彼女に問いかける。


「お嬢様、今日はご機嫌ですね。いい買い物でもできたのですか?」

「いい買い物より、“良い出会い”ができた」

「え、お、男ですか!?」

「う、うん。荷物は持ってくれたし。義理堅かった人」

「はぁ……お嬢様。素敵な出会いもいいですが……最近、危ない目に遭ったと父君から聞きましたのに、大丈夫なんですか?」


 使用人が心配に思うのは、先週、厄介なナンパに愛桜が遭ってしまったこと。それが気がかりなだけに、彼女の父親は心配でしょうがなかった。


「お父さんは関係ない。でも、助けてくれた人が今、話してる人……」

「そ、そんなことがあるのですか!?」


 使用人はあんぐりと開けては唖然としていた。それは、もう普通では考えられないことだからだ。

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