可憐な美少女との食事

 愛桜がいっぱいに持っていた服の会計を済ませている間に比呂も比呂で自分が買い足しておきたい商品の会計を済ませてきた。


 比呂がデパートで買い足してきたのは“セイブル”のご飯とおやつ。そして、猫じゃらしや猫砂などを買い足した。

 猫砂もご飯も袋詰めなので、重いが比呂からすれば、筋力トレーニングでもなるので、さほど苦ではなかった。


 なお、愛桜の頼みを断っておけばよかったと後悔することになったのは、近くのファミレスに寄ってからのことだった。


(気分が悪い……人が多すぎて、蕁麻疹が出そう……)


 愛桜と比呂がやってきたのは大手のファミレスチェーン店、“デミッズ”。

 リーズナブルな値段で提供される料理は多岐にわたり、老若男女問わず、こよなく愛されているファミレス店だ。

 それはさておき、比呂の眼前にはチキン、ピザ、ポテトなどが並べられており、気まずい空気が辺りを支配していた。

 端から見れば、初々しいカップルに思えるだろう。


「あ、ありがとう……先週といい、今日といい、助けてくれてありがとう」


 背筋をピンと伸ばし、強張った顔のまま愛桜は堅苦しい言葉で頭を下げてくる。

 気まずい沈黙の空気を破ったのは彼女の方からだった。艶やかで薄ピンクの唇がキュッと結ばれてる辺り、緊張してるのが伝わってくる。


(そこまで改めると、こっちが、気が滅入る)


 やる気が削がれる顔を悟らせないように、普段のトーンで比呂は口を開いた。


「気にすることないよ。俺は当たり前のことをしただけだ」


 淡々とした自分に平然と愛桜は仰々しく振る舞ってきた。


「…………その、今日はお礼がしたい。だから、いくらでも食べていいよ! わ、私なりに感謝したい、から……」

「いいよ。そこまでのことをされると――」

「恩を返せなさいといけない、って……お母さんから教えられてるから」

「随分と、いいお母さんだね」

「う、うん。だから、たくさん食べて」

「…………」


 可憐ににこやかさを前面に出せば、断るのは逆に申し訳なくなる比呂。

 愛桜は並べられてる数々の料理を比呂が口に運ぶのを待ってるのだろう。

 ジーッと見つめてくる彼女の期待に応えざるを得ず、比呂はまず、チキンから口に運んだ。


「……いいね」

「そうですか! よかった」

「…………」


 チキンの香ばしさとほどよい食感が舌によく馴染む。

 ただ、少し顔を赤らめ、ジーッと黒曜石の瞳を向け続けてくる愛桜を確認すると、ついストレスを感じてしまう比呂。


「あんまり見続けられると気が散る。食べるなら食べた方がいい」

(余計にストレス)


 比呂自身、女性への耐性があるわけではない。加えて、愛桜が可憐な美少女であるため、見続けられると逆にストレスになる。

 比呂の胸中を愛桜が悟る余地はないが、彼女は赤メッシュした黒髪を揺らしながら、瞳を輝かせるのだ。


「いいの? でも……」

「そこまで遠慮されると逆にストレスだ」

「そ、そう……? だ、だったら……」


 愛桜はポテトに手を伸ばして、口に運ぶと途端、顔を真っ赤にさせた。


「……うぅ、恥ずかしい」

「だったら、相手の気持ちを考えないとな。

 どっちみち、ジーッと見つめられると食欲が失せることもあるから」

「配慮がたらなくてごめん」


 シュンと縮こまる愛桜だが、比呂はそこまで気にしていなかった。


「畏まるな。そもそも、可憐なキミが畏まると、せっかくの可憐さが台無しになる。

 とりあえず、食べよう」

「…………うん」


 比呂は気づいていないが、遠回しに口説き、愛桜は自分が口説かれてると思い、頭から湯気が出るくらいに顔を真っ赤にしていた。

 でも、先ほどまで蔓延していた緊張感から抜け出していた。




 食後、そろそろ会計に向かおうと考えていると彼女がメニュー表とにらめっこしているのが目に映った。

 黒曜石の瞳をムムッと細めながら、ジーッとテーブルに広げられたメニュー表を凝視していた。


(……まだ食べ――なるほど)


 彼女の視線の先を辿ると、どうやら、チョコケーキかショートケーキかで悩んでる様子に見えた。


(独断と偏見だが、女の子はスイーツ好きなのは定番のようだな)


 偏見だが、愛桜がスイーツ好きであるため、比呂のことが頭からすっぽ抜けている様子。比呂もまだお腹が空いてるので、気を利かせてあげた。


「せっかくだけど、チョコケーキを食べてもいいかな?」

「え、う、うん。なら、私はショートケーキにする」


 比呂が声をかけると戸惑いだし、そう言い放つ愛桜。あまりにもわかりやすすぎる反応だった。


「じゃあ、頼もうか」

「うん!」


 元気よく愛桜は返事をする。それから注文して数分後、すぐさまケーキは届いた。

 ケーキを見つめる彼女はまるでプレゼントをもらった小さな子供のように瞳を輝かせてても淡々と見つめてた。

 パクリとケーキを一口運ぶと比呂は口を開いた。


「ごめん。少しお手洗いに行ってくる。時間がかかってたら、俺の分、食べてもらえないか?」

「え……」


 固まる愛桜を前に無表情を貫く。わざとやっていることに気づいてるのか、と。

 だが、愛桜は唇を尖らせ、視線を逸らしてきたため、胸中で安堵する。


「……お。お手洗いなら、し、しし、仕方ないね……」

「うん。待たせて、席に着いたときと同じになると俺も困るからさ」

「そ、そそ、そうよね」

「……?」


 やけに遠慮がちに顔を赤らめる愛桜を見て、小首を傾げる比呂。


(ん? どうして、戸惑う? せっかくの可憐さは増してるけど、目を輝かせてもおかしくない)


 不思議に思ってる比呂だが、一つだけ失念していた。いや、気づいてすらいなかった。

 それは、自分が口にしたケーキを与えてしまったことを――。

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