美少女との邂逅。

 それから時が流れ、週末を迎えることになった比呂。


(……今日も学校に行こうと思ったら、正門も裏門も鍵がかかって中に入れなかったから、今日は市内でも見て回ることにしよう)


 身なりを整えては、キッチリとしたファッションで市内へ出て行く。

 鬱屈とまではいかなくても自己が強すぎる生徒会長、新見淳史の言い分を無視しつつ、生活を送ってる。


(しかし、一人で暮らすのは悪くない。実家では味わえない生活を送れてる)

「ああ、そうだった。“セイブル”のご飯や砂を切らしてたな。ついでに買いに行くとしよう」


 思ってることと口にしたことが異なってるけども、一人暮らしに充実してる人の言葉に相違なかった。

 実のところ、魁比呂は高校一年になったのときっかけに一人暮らしをしている。

 魁家は由緒ある名門であり、今でも財閥として政財界、医学界などに知己が多い中、一番に力を入れてるのが警察や自衛隊、軍隊などが訓練に取り入れる武術である。

 魁家は比呂、妹、兄、母、父の五人家族。だが、名家だけに執事や給仕が多く雇っている。

 比呂が一人暮らしをする際、父母共々に優しく、独り立ちを応援してくれたが、妹だけは思春期なのか兄離れができず、一人暮らしをさせたくない気持ちが前面に出していた。


(昔から、鬱陶しくて困ってたぐらいだ。さっさと独り立ちしてくれると嬉しいんだが)

 比呂も困り果てていた。住んでいる屋敷をあとにした。




「相変わらず、週末になると人が多いな」


 いつものデパートに向かう途中で、比呂は人ごみの多さに苦言を呈した。群れるのを嫌う比呂は溜息を漏らしながら、向かおうとするのは“裏ルート”。つまり、裏通りへと進もうとする。

 治安のいい表通りはともかく、治安の悪い裏通りを進むにはがいる。

 入場料と聞こえはいいが、実際は犯罪まがいなことを第一にした通行料だ。

 比呂は足を止めることもなく、裏通りをスタスタと進んでいく。


(またトラブルに巻き込まれても、風紀を乱す連中は俺が咬み殺す)


 思い返すのは、ちょうど一週間前のこと。裏通りを見回っていたところ、ナンパされてる女の子を見つけてしまったこと。

 裏通りではナンパなんて日常茶飯事なので、彼は見回りを兼ねて、裏通りからデパートに向かおうとしていた。

 表通りの人の多さを気にせず、裏通りを歩いてる比呂だが、当然、裏通りで根城にしてる者が封鎖してくる。


「よぅ~、兄ちゃんよぅ~」

「ここを通るには入場料がいるんだぜ」


 不敵な笑いをしてるのは比呂と同じぐらいの高校生か年下の中学生の集団。しかも、ご丁寧に金属バットや釘入りバットを片手に道を塞いでいる。

 明らかに不良やヤンキーが屯にしてる。ヤンキー連中を前にしても、比呂は無表情かつクールさを保ってた。


「おいおい、スカしてるんじゃねぇよ」

「言ってるだろ? ここを通りたければ、入場料が必要だって、な!!」


 いちゃもんをつけてくるも、比呂は顔色を変えずに睥睨している。


「ねぇ、俺の前で群れるな。あと、ここの風紀を乱すな。最後、さっさと家に帰れ」


 難癖やらいちゃもんやら言われても、彼は屁でもない。うんともすんともしない。むしろ、軽い挑発を言い放つ。

 その挑発は間違えなく、ヤンキー連中に火を付けてしまった。


「おいおい、いい気になってるんじゃねぇよ!!」

「こっちはありがたく、裏通りを締めてるんだぜ? 感謝しろよ!! あぁ!!」

「潰したろーか!! ゴラァ!!」


 紋切りのいい挨拶を咬ましてくるヤンキー連中。言い方から見て、ヤクザとかマフィアの常套句にしか聞こえなかった。

 そんな常套句を前にしても、「ん?」と平然としていた。というより、首を傾げてた。


「ん? なんか言った? 群れに群れてる小動物を見てると吐き気を催すよ。さっさと消えろ」


 明らかに比呂の雰囲気も少しだけ冷たくなってる。


「あぁ~!! だったら、一生、吐き気を催してなぁ!!」


 ヤジを咬ます連中もついに、彼を痛めつけようと押し寄せようとした。だが、その拳も背後からパシッと押さえられた。


「テメェ!! なにするんだ!!」


 止めた奴にメンチを決め込む。


「おい、冷静になれ。こいつは魁比呂だ。へたに喧嘩に持ち込むとこっちが病院送りにされるぞ!!?」


 そいつの言葉が連中に広まったのか。動揺の空気に包まれるヤンキー連中。


「ヒィ!? こ、ここ、こいつが……あの、魁、比呂か」

「群れてる奴を見たら、半殺しにするっていうヤンキー界隈じゃあ有名の――」

「ん? 俺のことが、なんだって?」


 フフッと微笑む比呂だが、向こうからしたら、一斉に及び腰になる。自分らがとんでもない奴に喧嘩を売ってるのを今頃になって気づいた。


「す、すす、すいません! ちょ、調子にのりやした!?」


 全員が全員、一斉に頭を下げた。


「分かってるなら、さっさと消えてくれない? 群れてるのを見ると憂さ晴らしにボコボコにしたくなるから」

『へ、へい!?』


 彼らはへっぴり腰になりつつも背筋をピンと伸ばして、一目散に退散した。


「口ほどにもない」


 比呂は逃げ出した彼らを気にすることもなく、デパートへ向かいだした。

 裏通りを歩いたことで、周囲の建物に隠れていたが、デパートが大きく瞳に映り込んできた。

 大通りを見れば、人影は落ち着いているし。裏通りを見れば、治安がいい感じで落ち着いている。

 家を出てから、数十分。軽くもなく、重くもない足を運んだ末、ようやく、目的地へと辿り着いた比呂である。




 デパートに着いてからは比呂の足並みは早かった。慣れた足取りで人の流れに沿って三階へと向かっていく。

 比呂が向かう先はペットショップ。動物愛好家、動物好きの人がくる店に足を運んでは表情を少しだけ和らぎ、綻ぶ。


(……“セイブル”もブリーダーからもらって、もう二年近いからご飯やおやつもカロリー控えにしておかないと)


 目当ての商品を内心で唱え、猫コーナーを見て回ろうとしたところで――


「わ、わわっ――」


 比呂の視線の先で、たくさんの洋服を抱えた女の子がなにもない床につまずいて転んだのだ。

 見たところ、風貌はとても女の子らしく可愛らしいもの。白シャツに赤と黒のチェックスカート。背中には小さなリュックが背負われており、気品さが伺えた。

 しかも、自分の背後で転ばされたため、声をかけないわけにはいかず、比呂は転んだ女の子に声をかける。別に他意はない。


「大丈夫か?」


 膝を曲げ、優しい声音で問いかけると、ズンッと顔を見上げて、こちらを向いてくる。彼女の顔が上がったところで手を差し伸ばそうと考えたが、一瞬、固まってしまった。


「…………」

(こいつ――)


 彼でも見覚えのある顔だった。


(うーん。やはり、こいつは――)


 可憐な風貌を露わにした彼女の顔が瞳に映ると比呂は絶句する。比呂の脳裏に過ぎるのは一週間前、ナンパされてた女の子のこと。

 あの時とはファッションは異なっているが、つり目だが、あどけない顔立ちは見間違えないものだった。


(やはり、赤メッシュはトレードマークだね)

「キミは――」

「大丈夫です! って、あ、あの時の……!」


 どうやら驚いたのは比呂だけではなかったらしい。口をパクパクとさせ、は途端、顔を青ざめる。何やら、嫌なことでも思いだしたのか、若干、顔を青ざめた。フリーズし、固まる愛桜を前に比呂は戸惑うこともなく、床に落ち、散乱してしまった洋服をすぐさま回収していった。


(……どんな偶然だ)


 胸中で突っ込みながら、洋服を回収し終えると愛桜に比呂はそれらを手渡した。


「レジはあそこにある。早めに支払いを済ませた方がいい。足りなければ、近くにあるカゴにでも入れた方がいいよ」


 優しくフォローしてやり、比呂はその場から離れようとする。理由は単純で、面倒事には避けたいからだ。


「…………ま、待って。に、二度も助けてもらって、恩を返さないほど、私は薄情な人じゃない」


 黒曜石の瞳を潤ませながら、か細い声で嘆願してきた。


「俺はこれを貸しだと思ってないよ」


 すかさず返すも、彼女の方が一枚上手だった。澄んだ瞳で上目遣いをされ、こう言われてしまうのだ。


「だ、だったら、借りを返したい。わ、私を薄情な人にさせないで…………」


 気恥ずかしさのある声音が静かに頭に入り込んでくる。ウルウルと潤んでる瞳は有無を言わせない迫力があった。比呂は最初、断る気でいたが、愛桜に推し負けてしまった時点で恥だと思い、フゥーッと息を一つ吐いて、一度だけ首を縦に振った。


「いいよ」

「あ、ありがとう」

「ただし、先に会計を済ませてこい。俺も買い足しておきたいものがある。それが済んでからしよう」

「うん!」


 比呂からの打診を受け、愛桜は顔を明るくさせる。


(やけに彼女は顔を赤くしてる。ただ暑いから顔を赤くする理由はない)


 そう言い聞かせる比呂であるが、愛桜の火照った身体が冷めるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

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