まさくんはお菓子をクレーンですくうゲームの前をうろついている。もう一人の僕はというと、一人でクレーンゲームをはじめ、アニモンを狙っている。


 僕は新幹線の乗り物に小銭を投入し、勝手にゲームが始まったように見せかける。


 まさくんは新幹線の発車音につられてやってきた。驚いてはいるが、それでも好奇心から恐る恐る近づいてくる。ここで、僕が飛び出して捕まえればそれで一人片づく……これと似たような状況が前にもあったな。あのときは仮面の不審者はエスカレーターにいた。


 まさくんが新幹線の乗り物に乗り込む。


 今しかない。僕はレインコートがはためかないように手で押さえながら、素早く近づいた。


 本当にやるのか? 僕は人を殺せるはずだ。屋上から突き落とすことなんて平気だ。本当にそうか。


 落下して潰れた遺体を見ていないからこんなに楽観的なんだ。最初の仮面の不審者だった僕の顔すら見ていないのだ。どうしてまさくんを殺せると思ったのか。


 ここで怖気づいてどうする。僕だとばれるわけもない。子供だと思うから殺せないんだ。このまさくんはさっきとは別のまさくんだ。面識もないのと同じだ。


 まさくんははじめこそ緊張した顔で新幹線の乗り物に途中乗車したが、次第に頬をほころばせる。突然、無表情になったが、辺りを見回したりはせず黙って乗り物に揺られている。


「不意打ちって知ってる?」


 まさくんに急に声を駆けられたので、僕はまさくんからは死角になるモグラたたきの遊具の後ろに隠れた。足音は立てなかったはずだ。


 自分の胸が上下している。息が荒かったのかもしれない。


「カメレオンは長い舌で不意打ちするんだ」


 まさか、姿も見ていないのに僕の接近に気づいたのか。どうする。ここは明らかに不審者な衣装をすべて脱ぎ捨てて、僕は何も企んでいないと明かしてみるか?


 僕は息を殺す。


 まさくんは想像以上に利発な子だ。洞察力も優れている。もしかすると、最初の標的にするのは間違いなのではないだろうか。例え選べなかったとしても。でも、ここで頓挫するわけにはいかない。


 新幹線の乗り物で正面の一点を見据えているまさくんは、僕が隠れている斜め後ろ方向には気づいていないし、無防備だ。ただの八歳なら問題はないのだろうが、僕が迫っていることを知っているのにこの無頓着さ。見た目はそう見えるが、草食動物のように十分な警戒を怠っていない。


 足では逃げられるわけがない。まさくんも走って逃げられる距離にいないことを分かっているのか。子供でもそれぐらい理解できるか。何故一刻も早く距離を離さない?


 まさくんの目線の先に、もう一人の僕がクレーンゲームにかじりついているのが見える。くそ、まさか僕が二人いることで僕の身動きが取りづらいことを利用しているのか?


 ここでまさくんを襲えば、もう一人の僕は必ず僕を敵視する。仮にも偽りの正義感を持っているもう一人の僕は、子供を襲うチョコレート仮面を見れば、即座に打って出てくるだろう。


 まさくんはもう一人の僕に助けを求めるのか。


 くそ、僕に子供なんて殺せるのか?


 まさくんは瞬きもしない。クレーンゲームの目まぐるしい音楽が陽気に聞こえる。

 もう一人の僕に目撃されたとしても、やるなら今しかない。ここで逃がすと余計に警戒され対策を打たれる。


 僕はまさくん目がけて走り、ものの数秒で新幹線の乗り物から引きずり下ろした。驚いたことにまさくんは悲鳴を上げない。あれほど迷子のときには泣き叫んでいたのにだ。その代わり、両手両足を突っ張り、僕が抱きかかえられないように力を込めている。


 もう一人の僕がこちらの動きに気づいた。はっきりと僕の偽りの姿を目に焼きつける。不審者たる僕を見つめて心底驚いている。僕の右手にリボンで巻いた四本の包丁がちらと見えたことだろう。白のスニーカーも。今は気づかなくてもあとで自分の靴だと気づく――。どうして履き替えなかったのかは、自分でも疑問だ。ただ、走りやすいっていうのはあるが。


 僕はまさくんを背中に担ぐ。こうすれば速く走れる。もう一人の僕のやる気のエンジンがかかる前に逃走するのだ。


 仮面の不審者の行動を反芻はんすうする。あれと同じようにすれば一先ずは逃走できる。中央の吹き抜けまで全速力で走り、まさくんを重しにバレンタインのリボンで一階まで飛び降りてやる。途中まさくんの首にリボンを手荒に巻きつけたが、僕の姿に驚いていたもう一人の僕は追いかけてくるのに覇気がない。


 できるかどうかは分からないし、自信もあまりないが、できた事実だけはある。まさくんには悪いが今回は縊死になるだろう。


 僕より前の仮面の不審者は、まさくんに組みついて喉を包丁で切った。僕は今回そんな残酷なことはしない。ほとんど事務的に殺害する予定だ。


 追ってきたもう一人の僕に追いつかれることなく、三階から一階へリボンを使って飛び降りる。リボンの先にはまさくんの細い首。


 一階に飛び降りると、思いのほかスピードが出た。叫びそうになったときには足が着いた。衝撃はリボンをつかんだ腕にきた。びんと張った腕が痛み、三階の方でまさくんの首の骨が折れ、皮膚が伸びる音がした。

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