四
仮面の不審者はそれほど場数を踏んだ殺人鬼には思えなかったが、足だけは馬鹿みたいに速い。短距離走の有名選手かとも思ったが、感じた違和感はそれではない。また吐き気がする。
あいつはきっともっちーを探している。
もっちーはどこだ。あの子が一番冷静なんじゃないだろうかと思うと、自嘲気味に笑うしかない。
北東エスカレーターから二階に上がる。二階はスポーツ用品店や洋服店、高級ブランドのショップがひしめいている。もっちーは賢いから、子供が行かなさそうな場所に隠れたりするんじゃないだろうか?
洋服店だと背の低い子供ならいくらでも隠れられそうだ。もっちーの身長は百五十センチもないだろうから、洋服の裏に隠れていても気づけないだろう。
一店舗ずつローラー作戦で調べるか。仮面の不審者もいつまでも一階に留まっているとは考えられないから、また遭遇するかもしれないな。
僕の右手の指の感覚がなくなっている。血はまだ流れていた。これってこちらの位置が丸分かりってことじゃないか。慌てて近くの洋服で右手を縛る。服だと大きい。もっとハンカチほどの小さいものがないか。ああ、二階の北東には靴店が入っている。
血が滴り落ちないように左手で右手を抑えてそこへ駆け込む。自分の足音がやけに大きく聞こえた。改めて客のいないモールの
商品棚から運動靴を拝借して靴紐を抜き取り、それで右手を縛る。固定したとはいえないお粗末な応急処置だが、自分の無残な右手を見るのが恐ろしいのだから仕方がない。
筋繊維、脂肪分と思われる薄黄色の部分が赤い血に混じって露出しているし、一番酷い小指と薬指の間の傷口からは骨が剥き出しだ。
吐き気を覚えて蹲った。
ある程度止血できてから、ゆっくり右手指を一本ずつ動かしてみる。親指、正常。人差し指、ピンピンしている。中指、震えている。薬指、まったく無反応。小指、縛っても頼りなくふらついている。うわ、確認なんかするんじゃなかった。曖昧にしておいた方が希望を持てただろう。
そうだ、何ごとも曖昧が一番だ。必死になるから辛い目に遭う。うやむやにしている方が人間関係だって長続きする。彩との関係もそうだろう。
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