第34話

 組長室に転がり込んで来た足見の様子を見て、猿田はため息をついた。

「やはり、風車が裏切ったか」

「わかりませんが、道中襲撃を受けました。

 しかし組長、鞍馬組が攻めて来たとなるとタイミングが良すぎる気がします」

 やはりじゃねぇよ殺す気か、と内心で毒付きながら足見は猿田の様子を伺う。

「こちらを襲撃した風車のヤツ、恐らく薬漬けでした。

 風車の連中が裏切るメリットもイマイチ見えない。俺には、裏で糸を引いている人間がいる様な気がしてなりません」

 足見はメガネを上に引き上げた。

 猿田は机をゆっくりと中指で叩いている。

「足見、俺は問題の先送りが嫌いだ」

 猿田の指が止まった。

「使いをやれ、風車の連中に緊急事態だと伝えてここに呼び寄せろ。

 そこで風車の奴らを皆殺しにする」

「しかし……」

 納得が行かない様子の足見に、猿田はニヤリと笑う。

「珍しく仕事熱心じゃないか」

 見透かされている。足見は背筋に冷たいものを感じた。

「申し訳ありません、出過ぎた真似をしました。

 使いのものを送り、事務所内の下っ端共に不意打ちの準備をさせます」

 足早に組長室を去ろうとする足見を猿田は呼び止める。

「そんなに怯えるな。

 お前の言う事は確かに正しいが、風車への疑いが深まるような情報が多いのは確かだ。風車が万が一裏切っていた場合、鞍馬組との抗争に注力する中で背中を突かれる可能性がある。それは容易に致命傷になる一撃だ、受けるわけにはいかん」

「はっ、仰る通りです」

 可能性に気づいていないのではなく、可能性を理解した上でリスクを懸念した結論である。足見は猿田を侮っていたことを悟った。

「鞍馬組の連中もこの時の為に弾薬をたっぷり溜め込んでたらしい。

 各拠点からの伝令も好ましくない。

 足見、お前は部下を引き連れて鞍馬の連中を遊撃しろ。今なら警戒が疎かになっている奴らの不意を付けるはずだ」

「仰せのままに」

 足見が部屋から飛び出していく様子を猿田は楽しそうに見送った。

「あれぐらい骨がないとな」

 猿田は立ち上がると腰を伸ばした。細かい音を骨が鳴らす。

「俺も年か……」

 腰の痛みにしかめっ面を浮かべながら、猿田は掛軸と共に飾られていた刀を抜き、その文様に自分を映す。その刀身に照らされるのは、老いて尚暴力の世界に居座り続ける欲望の権化である。

 猿田は刀を構えると、その年に見合わぬ速度で抜刀、軽く空気を切り裂いて刀を収めた。刀を腰に差し、猿田は組長室を後にする。

 彼の背後で、3枚に卸された掛け軸がはらりと宙を舞う。


 零士は黙々とレミントン・リボルバーを磨いていた。

 彼の目の前には全弾装填された弾倉がずらりと並び、これからの戦闘に備えている。

 しかし、彼はむしろ周囲と対照的な存在であった。魅音は爪を磨きながら窓から外を眺めているし、幸弥は零士の真似をして刀を磨いてみたものの。誤って皮膚を切ってしまってから長らくおとなしくしている。

 気ままな様子な彼らが待ち望んでいた音が鳴った。

 扉を開けた葉子は口早に話始める。

「カシワが大蔵商会の集団と戦って死んだ。

 カシワと戦った生き残りが大蔵商会の本部に入っていった後、すぐに使いが出て行って親方さま達を連れて本部に戻るのを確認した。

 鞍馬組も大蔵商会の事務所を潰しながら本部に向かってる」

 偵察から戻った葉子が語った内容は、魅音の想定以上の結果であった。

 窓から鳩が舞い込み、手紙を魅音の足元に落とす。魅音はその鳩に餌をやりながら手紙を開いた。

「内通者によると、大蔵商会は風車を本部に誘い込んで会談中に不意打ちするつもりらしいわ。

 彼、相当頑張ってくれたみたいねぇ」

 魅音の発言に葉子は悲しげな表情を浮かべるが、直ぐに頬を叩いて素面に戻る。

「そんで、この後はどうするんだ。

 まさか三方がやり合うのを眺めるわけじゃあるまい」

 零士に視線が集まった。

「……本来依頼人であるお前たちを危険に晒すのは本末転倒だが、時間も戦力も足りない。

 混乱が最高潮に達している今猿田を弾く事が出来なければ、奴は俺達の即席のシナリオを暴くはずだ。そうなってしまえば、奴は何十年かけても俺達を殺すだろう。

 狙いは猿田ただ一人だ、俺達三人で大蔵商会の本拠地に潜入して奴を殺し、混乱に乗じて抜け出すぞ」

「気にすんな、ここまで好条件で戦えるのが奇跡さ」

「最初から戦うつもり、零士だけに任せるつもりはない」

 士気は十分、圧倒的不利から勝負が成立する盤面に再構成することはできた。後は運と実力でこのシナリオを完成させるのみ。

「山ほど夕食を用意して待っているわ。

 食事を無駄にしない為にも全員生きて帰ってくること、いいわね」

 魅音の言葉を背中に受け、3人は外へと飛び出していった。

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