第35話
復讐の蜜は何よりも甘い。
鞍馬組の構成員は甘美に酔い痴れ、逃げ惑う敵を狩り尽くしていた。
しかし、暴力に酔うものは得てして自分だけが暴力を振るえる立場にいると思い込むものである。鞍馬組の面々の周囲への警戒は無いに等しい。
狩るものが狩られる獲物に入れ替わるまでに時間はかからなかった。
人間狩りを楽しむ鞍馬組の構成員達の背後から、銃弾の嵐が吹きつける。
狂喜の会場は一転して悲鳴と絶叫に包まれた。
遅れてやって来た騎兵隊、馬を駆る足見達の反撃が始まったのだ。
背面をついた射撃によって勝負は一瞬で蹴りがついた。
「足見の兄貴ィ!かたじけねぇ!」
「よく持ち堪えたなお前ら!動ける奴らは負傷者を病院まで運べ!
……おい、鞍馬組の主力が何処にいるかわかるか?」
足見は負傷していない者を捕まえ、情報を集めて回る。
「主力ですか?
そういや、最初は凄い数で襲われました。こっちが追い込まれてから、大方の奴らはどこか他の場所に去って行きましたぜ」
「方角は?」
「南です」
「わかった、よく休むんだぞ」
鞍馬組は足見の想定通りに大蔵商会の本拠地である屋敷を目指している。
それを避けるために足見は大きく迂回してここまで馬を走らせていた。
このまま馬で追走すれば、屋敷に展開している仲間達と背後を取った足見達で挟み撃ちの形を作ることが出来る。
足見は正面からやり合うつもりは無かった。
「お前らぁ!このまま鞍馬組本隊の背後を突くぞ!
奴らに調子に乗ったツケを払わせてやれ!」
ヤクザ達の歓声が鳴り響いた。
大蔵商会の屋敷に呼び出された風車の「親方様」である佐久間と、大蔵商会の組長である猿田は応接間の中心で向かい合って座っていた。二人の背後には、それぞれ風車の主力と大蔵商会のヤクザたちがずらりと整列している。
「さて、時間がないので単刀直入に行かせてもらう。
鞍馬組がこちらに大規模な攻勢を仕掛けてきている。鞍馬組の規模から考えても、これは奴らが全面戦争に出たと考えていいだろう。
今日お前を読んだのは他でもない、お前たち風車が鞍馬組と手を組んでいるのではないかという疑惑が出てきていることについて話し合いたい」
若年層が多い風車の面々は明らかな動揺を見せた。彼らにとっては事実無根の言いがかりで、嫌疑がかけられるという心構えすらできていなかった。
「意外ですね、貴方ほどの人間がその程度のデマ情報に踊らされるとは」
しかし、風車の動揺も佐久間の毅然とした声ですぐに静まる。
「うちの構成員が風車の一人に手痛くやられてな、惨い殺され方だったよ」
「お悔やみ申し上げます。
何があったのか存じ上げませんが、私達を仲違いさせるための鞍馬組の罠でしょう。我々も全力で敵を討つ助力をさせていただきます」
猿田と佐久間の様子は普段と変わらず、その言葉だけがお互いの腹を探っている。
2人の背後に立つ両陣営の部下たちが焦れてきた頃、猿田はようやく折れた。
「分かった。風車が我々を裏切ったというのは事実無根だという事だな?
それなら、これから始まる鞍馬組への反撃で大いに実力を発揮して疑いを晴らしてくれ」
「当然です、風車は今まで通り貴方に勝利を提供しますよ」
猿田は鷹揚に頷くと立ち上がった。
「少しここで待っていてくれ、外にいる部下に包囲を解くように伝えてくる。
裏切り者だった場合ここで始末するつもりだったのでな」
「貴方も人が悪い」
「組織の長として最善の判断を取っただけだ」
猿田が部屋を去った後、佐久間は違和感を感じた。
目の前にずらりと並ぶヤクザたちは、話し合いが平和的解決を終えたにも拘らず一切の気を緩めていない、全員の肩に力が入っている。
佐久間は細い目を見開いた。
ヤクザたちが一斉に銃を抜く。
「裏切ったか!」
佐久間の声は銃声に掻き消される。
勝利を確信するヤクザ達は、黒色火薬の煙を掻き分けながら迫る複数の陰に恐怖の表情を浮かべた。
腕が飛ぶ、首が落ちる、心臓が串刺しにされる。
猫のような機敏さで銃口から逃れた風車の双子、サキとサチは刀を振り続ける。その絶え間ない2人の連携は回り続ける風車の様であった。
風車と言う組織名は、二人一組の連携技を得意とする彼らの技術体系に準えて周囲が自然と呼び始めたものである。
サキとサチは跳ね回り、ヤクザ達に狙いを絞らせない。その肌に返り血を浴びながら、どこか楽しそうに双子は肉を断つ。
姉であるサキが腕を切り落とし、妹のサチが首を撥ねる。
サキを狙っている敵の腹をサチが掻っ捌き、サキがその腹に刀を素早く突き刺した。二人が刀を収めた時、肉体を欠損せずに死んだ敵は一人として居なかった。
顔面にべっとりと付いた血液を、双子の少女はお互いに嘗めとる。
「偉いじゃない、沢山殺せたわね。血もこんなに浴びられたわ」
「えへへ~、ねぇさまも凄かったよ!」
二人がお互いの世界に籠っている中、刺殺したヤクザの体から刀を引き抜いた佐久間の顔からは笑みは消えている。
裏切りの弾丸を避けることが出来たものは風車にも多くなかった。風車の面々が幼少のころから暗殺の訓練を受けたプロだとしても、一発の銃弾で死ぬ人間であることに変わりはない。
「……こうなってしまっては仕方ありません。
動けるものは負傷者を背負ってください、私が先導します。
ひとまずこの屋敷から脱出するのです」
大蔵商会がここまで台頭したのは風車の武力によるところが大きい。
佐久間は大蔵商会が風車の力に依存している状態を利用して組織を盤石なものにしていったが、大蔵商会も力を付けて風車を切り捨てる準備を刻々と進めていたのだ。佐久間は自身の判断ミスを呪ったが、組織の長として非常時に動揺するわけにはいかない。
佐久間は扉の外に飛び出すと、外から室内の様子をうかがっていたヤクザ達の脳天にナイフを投擲する。額に吸い込まれたナイフがヤクザたちの脳を切り裂いた。
「後に続いてください!」
佐久間は廊下に展開していたヤクザ達の銃弾をすり抜け、たった一人で屋敷内の敵を切り伏せ続ける。屋敷の出口に辿り着いたころには、佐久間はその着物を返り血で真っ赤に染めて荒い息を吐いていたが、それでも彼自身に負傷はなかった。
佐久間は錠の掛かっている扉を蹴破るようにして開く。
外に広がっていたのは、足見の引き連れた大蔵商会の騎兵隊が鞍馬組を背後から追撃している光景であった。
「おい!扉が開いたぞ!」
屋敷の扉が開いた事に気が付いた鞍馬組の集団が発砲と共に屋敷内に雪崩れ込む。
佐久間は怒りと絶望が入り混じった咆哮を上げた。
「ねぇ、今からでも戻ったほうがいいんじゃない?」
「ダメダメ、親方さま落ち込んでたでしょ?
私達で裏切り者の猿田を殺して親方様に元気出してもらおうよ!」
サキとサチは、こっそりと仲間の元から抜け出していた。
サチが猿田の殺害を提案したのである。
「皆の敵も取れるし一石二鳥だよね!」
「……そうね、やっぱり私達で敵を取りましょう」
「ありがとうねぇさま!」
命が軽い世界に身を置いていたとしても、彼女達は年頃の少女である。麻痺した心にも仲間たちの死は見えない動揺を引き起こしていた。
二人はそこに何が待つのかも知らず、屋敷の奥へと飲み込まれていった。
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