第33話

 翌日、足見は風車の拠点である寺院跡地を目指していた。

6人の手練の部下を引き連れて歩く様子は、大藏商会が風車を警戒しているという事の裏返しである。

 足見は、敵対する可能性のある組織の本拠地に乗り込まねばならない自信の運の悪さを呪った。

この重要な場面で選定されたという事は、信頼されているとも捉えることも出来るのだが、ヤクザ業を金のためと割り切っている足見に取っては嬉しくない展開である。

「あん?」

足見は自身に近づいてくる異様な風貌の男に気がついた。

仮面を被ったその男は全身に包帯を巻き、仮面から覗く目は赤く血走り、体からは甘い匂いが漂っている。足見はこの臭いを知っていた、巷に流通している幻覚作用のある薬草の香りである。

 特徴的な仮面は彼が風車の所属であることを示していたが、普段から話が通じる気配のない風車の構成員と比べても、目の前の男は言葉が通じるかも怪しい風体であった。

 しかし、風車の使者である可能性を無視できず足見は嫌々ながら話しかける。

「おい、あんた風車だろ。大丈夫か?」

 男は足見の問いに答えない。

 ぶつぶつと何かを呟く男は、腰の刀を抜いた。

「クソっ、何だよ!?」

 足見とその部下は慌てて銃を抜き、躊躇なく発砲した。

 しかし、男は止まらない。

 集団から弾幕を受けているのにもかかわらず、男の凶刃はヤクザの一人を横一文字に切り裂いた。臓物がぼとぼとと零れる。

 ヤクザたちが恐怖に竦む中、足見は薬物漬けになった薬の盗人が穴だらけになっても動いていたという兄貴分の話を思い出していた。

「怯んでんじゃねぇ!そいつはヤクでぶっ飛んでるだけだ、死ぬまで撃ち続けろ!」

 半狂乱になりながら、ヤクザ達は男に銃口を向ける。

 しかし、男は俊敏に集団の隙間に入り込んだ。

「あっ」

 一人のヤクザは首を撥ねられる。

「え」

 一人のヤクザは腕と足を落とされすてんと転ぶ。

「ひっ」

 味方を射線に入れることを躊躇したヤクザは顔を横一閃に切り裂かれた。

 綺麗な断面を残し、顔の上半分が後ろに落下する。

 このままでは死ぬ、足見はとっさに腰の左右に吊るされた拳銃を抜き、細切れにされる味方に構わず2丁拳銃を乱射した。

 味方の体にも襲撃者の男の体にも穴が開く、それでも男は止まらない。

 刀を引きずりながら犬歯をむき出しにして足見に切りかかる。

「うおぉぉおおおおおお!!!!!!」

 足見の銃弾が尽きるのが先か、男がくたばるのが先か。

 男が上段に刀を構えた瞬間、足見の突き付けた銃口が男の脳天を吹き飛ばした。

 上段で構えたまま、男は静止する。

 足見の荒い息以外に全てが静まった世界がそこにあった。


 男が刀を取り落し倒れる様子を見て、足見は震える手で銃を腰に収める。


 ベルギー製のルフォーショー・リボルバーのダブルアクションが理性なしの連射を助けてくれた。

 足見は武器に高い金を払った過去の自分に最大限の感謝を送る。

「何だって風車が裏切るんだよ!?

 クソ、この揉め事が終わったらヤクザなんて絶対に辞めてやる……!」

 組長の猿田に聞かれたらケジメを取らされかねないことを叫びながら、足見は元来た道を走って引き返す。

 風車の構成員に攻撃された理由は不明だが、本当に風車が大蔵商会を裏切ったのなら足見にはどうしようもない。

 混乱しながら状況を整理しようとする足見を、さらなる混乱が襲う。

 弟分のヤクザ、三木が足見の所に駆け寄って来たのである。

「良かった!兄貴は無事だったんですね!」

「いや、こっちも非常事態だ。

 それより今度は何だ!」

「そ、それが、奴らです、鞍馬組の連中が手当たり次第にこっちの拠点を潰して回ってます、あいつら全面戦争する気ですよ!」

 足見は絶句した。

「……俺も今風車の奴らに襲撃されたところだ。

 風車の奴ら、鞍馬組と手を組んで攻めてきやがったんじゃねぇか?」

「本当ですかい!?え、えらいこっちゃ!早く親分に知らせねぇと!」

 焦る彼らの付近を銃弾が抉り取った。

「いたぞ!大蔵商会の連中だ!」

「幹部の足見まで居やがる、逃がすなよ!」

 足見は走りながら素早くロッドを押し込み排莢、足元に空薬莢をばら撒きゲートから銃弾を押し込む。

 ルフォーショーはピンファイアー式の拳銃であり、金属薬莢を使用することから装弾速度はパーカッション式とは格別の速さを誇る。

 足見を背後から撃とうとしたヤクザを撃ち殺し、更に道を塞ぐ男達を連射でなぎ倒す。

「事務所まで戻るぞ!生き残るんだよ、走れ!」

「は、はいぃ!」

 三木を狙う男を撃ち殺しながら、足見は必死に街を走り抜けた。


 足見が頭を吹き飛ばした男、カシワは頭に穴が開いているにも関わらず未だに動いていたが、脳神経を断絶された今まともに立つことはできず、芋虫の様に地面を這う事しかできない。

 カシワの這う理由は一つ、魅音の元に戻り、彼女の立場を守るためであった。

 カシワにとって、魅音は打算抜きの好意を示してくれた数少ない人だったから、彼はその恩義に報いたかったのである。

 彼は、魅音との約束を守るために暫く地面を這い続けたが、長い長い赤い線は魅音の元に届くことはなく、遂にこと切れた。

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