第30話
かつてこの町を牛耳っていたのは大蔵商会ではなく鞍馬組である。
大蔵商会が風車と手を組んでからというもの、その圧倒的な武力に打ち勝つことが出来ず街の中心部からは締め出されてはいるが、未だに確かな影響力を持っている。
鞍馬組幹部の多田は自分の担当地域からケツ持ち代を回収し、その金額を見て目じりを下げた。
「また金額増えてきてるじゃないの」
部下は多田の様子に元気な声を返す。
「地道に地域の揉め事を解決してきた甲斐がありましたねぇ兄貴!」
「あぁ、大蔵商会との抗争に負けてからしばらくは舐められっぱなしだったからな。
この地域で話を通すべきはウチだってようやく認められたっちゅーことや。
長かったのう」
多田は自分に従っている5人の部下を振り返った。
「おい、今日は俺の奢りじゃ。
これから歓楽街に行こうや」
「ホントですかい兄貴!」
「俺達ずっとあんたについていきますぜ!」
浮足立つ部下たちに苦笑いしながらも、多田はいい部下を持ったことを嬉しく思った。
唐突に、部下たちの騒ぎ声が止まる。
多田は息を飲む。
多田達の歩く大通りの中心を塞ぐように、一組の男女が立っていた。
先の抗争で名を上げた大蔵商会の一番槍、その剛腕と見た目に似合わぬ戦闘思考力から恐れられた山崎幸弥と、彼の背中を常に守っていた風車の少女が今目の前にいる。
抗争で散々煮え湯を飲まされた多田は彼らの強さを既に知っていた。
しかし、ようやく取り戻しつつあった日常をここで失うわけにはいかなかった。
「山崎ぃ、あんたが何の用や。
ここはうちらの縄張りや、いくらあんたでもここでデカい顔してたらどうなるか分かったもんやないで」
多田にも幹部としての意地がある。
しかし、幸弥は雑談でも交わすかのように、残酷な宣言を行う。
「分かってんだろ、今日からここは大蔵商会のシマになるのよ」
部下たちが血相を変えた。
「山崎ィ!生きて帰れると思ってんのかコラ!」
「ぶち殺す!」
殺気立つ部下たちを、多田は一括する。
「黙らんかい!」
部下たちが悔しそうに唇を噛んでこの場を飲み込む。
「悪いな」
多田は部下たちに聞こえるよう囁いた。
やはり自分は部下に恵まれていると感じながら、多田はこの場を収めようと声を張り上げる。
「山崎、前の抗争であんたらが勝ったのは事実だが、極道の世界にも仁義っちゅう法があるんや。あんたのとこの親分とうちの親分で新しい縄張りの範囲を決めた事を忘れたとは言わんやろな。
あんたんとこの親分はこんな横柄を許すんかいな、あぁ?」
幸弥は喉を鳴らして笑った。
「独逸のお偉いさんは弱い国ほど法を守りたがると言ってたらしいが、どうも本当らしいな。まるで今のあんたらだ。
あんたの耄碌した親分との約束なんて下らないってのがウチの総意だよ」
「なっ……」
幸弥の隣で佇んでいた少女が、懐から銃を取り出した。
「兄貴っ!」
部下の一人が多田を突き飛ばした。
直後に発砲音、部下の苦悶の声が響く。
地面を転がり、慌てて立ち上がった多田に彼を庇った部下は叫んだ。
「オヤジにこのことを伝えてください!あんたはこんなとこで死んじゃいけねぇ!」
次の瞬間、部下の頭が撃ち抜かれる。
「お前ら!兄貴を守れ!」
「行ってください兄貴ィ!俺らが食い止めます!」
多田は悔しさに涙を滲ませながら部下たちに背を向けた。
この事態を組長に伝えるまでは、多田は死ぬわけにはいかなかった。
多田の部下たちが銃を抜いた瞬間、幸弥と葉子は彼らに肉薄した。
銃を蹴り上げて弾き飛ばした幸弥は、隣の男が引き金を引くよりも早くこめかみを拳で打ち抜く。脳が揺れ、膝を折った男の肝臓にボディーブローを叩き込むと、乾いた音が鳴る。
拳銃を失った男が小刀で切りかかった。それを闘牛士の様にひらりとかわし、幸弥はすれ違いざまに左フックで顎を叩き割る。
方や顎を割られた痛みで気絶、方や肝臓を叩き潰されたことにより呼吸困難でのたうち回る仲間を見て、他の部下は幸弥に銃を向ける。
その腕は葉子の太刀によって切り落とされた。
絶叫する部下の一人の心臓を突き刺して殺し、その脇をすり抜けてもう一人の部下に葉子は接近する。
「うわぁぁぁ!!来るなぁっ!」
半狂乱で乱射する銃が葉子に当たるはずもなく、僅かに態勢を変えるだけの動作で銃弾は獲物を見失う。
男の首が切り落とされる。
葉子は刀にへばりつく血を振り払うと、噴き出す血を浴びながら刀を鞘に収めた。
「……この人たち、どうする?」
葉子は痛みに気絶する男と、肝臓を破壊され、未だ立ち上がることが出来ずに張ってその場から遠ざかろうとしている男を見て、葉子は幸弥を振り返った。
「ことを大きくするためだ、殺さなければならん」
幸弥の言葉に、葉子は沈痛の面持ちで目を伏せた。
幸弥達が組を抜けた事が周知されていない今なら、幸弥達の行いは大蔵商会公認の動きだと誤認させることが出来る。
幸弥が大蔵商会を名乗り、多田の部下を無残に殺すことこそが、大蔵商会と鞍馬組をもう一度全面戦争に陥らせる重要な要素なのだ。
大蔵商会、風車、鞍馬組が三つ巴で争う状況こそが魅音の企みである。
幸弥は懐から銃を抜き、地面に転がる二人に弾倉の弾全てを叩き込んだ。
地面を広がる血液と鼻を突くような血の香りに、葉子は後退りする。
「……私達も、いつかこうやって死ぬの?」
夜に怯える子供の様な頼りなさで、葉子は幸弥に尋ねる。
「かもな」
幸弥は否定しない。
するだけの材料を彼は持ち合わせていない。
「死ぬ時は一緒だ」
幸弥が約束できるのは、その程度の事だった。
そして、葉子にはそれで十分だった。
手を握ってくる葉子に何も言わず、幸弥は歩き続けた。
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