第31話
鞍馬組事務所にすべての組員が終結したのは、多田が組長に大蔵商会襲撃の一報を知らせてからわずか3時間の事であった。
鞍馬組組長、鞍馬幹はその温和な顔を鬼の形相に歪ませており、下っ端のヤクザたちは驚きを隠せずにいる。
「全員揃ったな」
鞍馬のしわがれた声が、事務所内に行き届いた。小さくともよく通る声である。
「今日、多田の部下が大蔵商会の奴らに弾かれた。
奴ら、鞍馬組を潰すつもりらしい。これは宣戦布告と捉えてもいいだろう」
鞍馬は目を見開くと、構成員一人一人の顔を見渡す。
「これから、ワシと多田は大蔵商会への全面戦争を始める。
これ以上縄張りを荒らされてしまっては、お前らは食わせられない。生存をかけて争う必要がある。
……だが、お前たちが付き合う必要はない。
指を詰める必要もないから、組を抜けて静かに暮らしなさい」
鞍馬は口を閉じ、事務所を後にするものを待つ。
10分経っても、部屋から出るものは一人として現れなかった。
「馬鹿な奴らじゃのぉ」
半ば呆れたような鞍馬に、事務所のやくざたちがどっと笑い声を挙げた。
その様子を見て、鞍馬は多田に頷く。
「お前ら、カチコミは明日の朝だ。
大蔵商会の連中に地獄を見せてやろうぜ!」
多田の叫びに呼応して、鬨の声が事務所を包んだ。
大藏商会の事務所は普段通りの落ち着きを取り戻している様に見えるものの、その組長室は未だ剣呑な空気を漂わせていた。
「情報漏洩からの駆け落ちに、風車の連中が鞍馬組と繋がっている可能性の示唆か。
鞍馬組の情報を持ってきた部下は信頼できるヤツなんだろうな?」
組長の猿田から問われたのは、大蔵商会幹部の足見である。
眼鏡を掛け、髪をバックに流した足見は知的な雰囲気を纏っていた。
「はい、行動が軽率なところはありますが、仕事には真摯なヤツですよ。
……どうします。
風車の連中をヤるなら奇襲にしないと、こちらにも少なく無い被害が出ますが」
「風車の連中は最近増長が目立つ様になってきたからな、いずれは切るつもりだった。しかし、それは今では無い。
明日お前が連中の所に行って真相を探って来い。護衛も忘れるなよ」
「親分の仰る通りに」
足見が部屋を後にし、残された猿田は顎を撫でながら考え込む。
風車の本拠地、本来の住人が誰もいなくなった寺院の跡地では、風車の首領、親方さまと呼ばれる佐久間が剣を振るっていた。
彼と打ち合うのは、酷似した見た目の双子の少女である。長髪を靡かせて目紛しく入れ替わりながら波状攻撃を続ける姿は、黒いドレスを纏ったダンスの様でもある。
佐久間は寸分の隙間もない斬撃の連打を涼しい顔で受け流すと、1人の剣を弾き飛ばし、首元に迫るもう一つの剣を体を逸らして避ける。
「そこまで」
ばね仕掛けの機械のような速さで体を引き戻し、佐久間は少女の首に剣を突きつけた。
少女達はガックリと肩を落とす。
命のやり取りを行なっていたにも関わらず、彼女達にはそれが遊戯の様に映るらしかった。
「また負けちゃった!」
「ねぇさまごめんなさい」
「良いのよ、次は殺せる様に頑張りましょう」
「そうね、私頑張る!」
2人で盛り上がる少女達に、佐久間は変わらぬ笑顔で話す。
「連携は良くなってますが、相手の動きを読んで先手を打つ段階まではまだまだですね」
「「はーい!親方さま!」」
「サキはこの前の戦闘で10人殺したと聞きました。
とても偉いですよ。
殺せば殺すほど生活は良くなりますからね、今までもそうだったでしょう?」
佐久間はねぇさまと呼ばれた方の少女の頭を撫でる。
サキはくすぐったそうに声を漏らした。
「親方様!サチは~?」
「サチは5人しか殺していませんしねぇ」
「えぇ~!ヤダヤダ!」
「冗談ですよ、次はもっと殺しましょうね」
「はーい」
嬉しそうに頭を差し出したサチの頭を撫でる佐久間のまなざしは、穏やかなものだった。
度を越えた悪ふざけにすら見えるこのやり取りも、彼らにとっては日常である。
佐久間はかつて、孤児院を運営していた士族の男だった。
乱世が終わり、人々が穏やかに暮らせることを願っていた佐久間の心は、道路建設による孤児院の立ち退きと、路頭に迷い大人の食い物にされていく子供たちの姿に打ち壊された。
残った子供達だけでも救うために、佐久間は剣を取った。
どんな汚い殺しでも行う佐久間の元には金が舞い込むようになり、佐久間だけに無茶をさせまいと子供たちも剣を取るようになった。
血肉を浴び続けるうちに、佐久間の目的と手段は入れ替わる。
子供たちの幸せのために行っていたはずの殺しは、殺しこそが幸せを生むという教義にすり替わり、それを誰も覚えてはいない。
少しでも多くの子供に殺しを教え、血を流すことで幸せを生む。
彼が作った風車には、壊れた彼の楽園が確かにあった。
穏やかに、佐久間と子供たちは笑う。
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