第13話
日が沈んだ街の合間を、花蓮はゆっくりと歩いていた。
胸の下に二丁拳銃を前に突き出し、周囲を警戒する。
夜を迎えたばかりの街には仕事を終えた人々が溢れているものの、夜闇に紛れて花蓮の構える銃には気が付かない。
彼女の近くを通り過ぎた男が、ギョッとした顔で慌てて走り去った
人込みから飛び出した男二人が撃鉄を上げる合間に、花蓮は二丁の拳銃で二つの足を吹き飛ばした。
この距離であれば狙いが付けにくい2丁拳銃の難点はないに等しい。
銃声に周囲の人々が悲鳴を上げた。恐怖が伝播し、雑踏が方々に逃げようとするも、どこに逃げていいのかもわからず右往左往するしかない人の群れが広がる。
これを開戦の合図とでもするかの如く、花蓮に気が付いた男達が人込みに紛れながら花蓮に向かい始めた。
花蓮はその低い身長を生かし、人込みに潜る。
必死に人込みを掻き分けて花蓮に掴みかかった男の腹に銃を押し付け、マズルフラッシュが周囲に見えないように発砲する。
崩れ落ちる男の傍を走り抜けながら、花蓮は視界の端に何か引っかかるような感覚を感じた。
とっさに顔を上げると、屋台の二階によじ登った男がライフルで狙いをつけていた。
距離は花蓮の目算で20メートルほど、拳銃では狙いが難しい距離である。
花蓮は右手の銃のみをしっかりと構え、躊躇なく引き金を引き抜いた。
男は引き金を引く暇もなく屋台から転げ落ちる。
流れる汗を拭いもせず、花蓮は周囲に銃声を響かせながら人込みを泳ぐ。
人の流れからなんとか体を引き抜いた花蓮を、左右から男が目を血走らせ、体を人の波に圧迫されながら追う。
そのまま近くの扉に飛び込んだ花蓮を追って、男四人が室内になだれ込んだ。
そこには二つの銃口を突き出して仁王立ちをしている花蓮が待ち構えていた。
恐怖に顔をゆがめた男達を、二丁拳銃が薙ぎ払う。
「綾女……綾女っ!」
悲壮な声を上げながら、男達が取り落とした拳銃を拾い上げて花蓮は走りだす。
今までの順調な道のりが、嵐の前の静けさであるかの様で花蓮の心は掻き乱れていた。
零士と綾女の格闘戦は一方的な展開が続いていた。
綾女の眼の上は零士の拳で既に切られており、その半面を血が滴っている。
血を拭いながら綾女は零士からステップで距離を取る。それを追う零士の踏み込みながらのジャブが簡単に綾女の顔面を捉えた。
呻きながら、綾女は追撃の右ストレートをガードで受け止めるが、その質量に踏みとどまれず数歩よろめいた。
綾女は思わず舌打ちした。
この零士という男は武道の腕前のみでも綾女と近い領域にある。その上にこの身長差によるリーチの長さはどうしようもない攻撃機会の差を生んでいた。
綾女が絶対に当たらない距離から零士は打撃を当てることが出来る。
打撃勝負では分が悪いと判断した綾女が零士にタックルを仕掛けた刹那、零士は腰を落とし組みかかって来た綾女の両脇に腕をさして壁に押し付けた。
そのままレスリングで綾女を壁に押し付けながらアッパーを数発綾女に叩き込む零士の拳に苦しい表情を浮かべながらも、綾女は零士の体を半ば持ち上げるような形で壁に叩きつけて態勢を入れ替える。零士から距離を取りつつ、綾女は上段蹴りを放った。
攻撃を上下に振られた零士は反応が遅れ、その蹴りをまともに顔面で受ける。
「……やるな」
顎の位置を赤色に腫らしながらも、零士の意識を断つことはできない。
体重差が大きいという事は、攻撃力に差が出るという事である。綾女が何時発も当てなければ致命傷にはできない攻撃を、零士は一発で有効打にできるのだ。
綾女は零士に勝てる唯一の作戦にかけることに決めた。
零士の体は細い、打撃でも差があるとすれば顔面に有効打を入れるよりも胴体を責めた方が勝てる可能性がある。
綾女は鋭く息を吐いた。
零士が踏み込んでジャブを放り込んできた瞬間に、それを避けながらカウンターの中段蹴りを胴体の肝臓部分に叩き込む。
当然一撃では効かない、綾女の体にもダメージが蓄積している。零士の攻撃が次にクリーンヒットしてしまえば、綾女には致命傷になる。
綾女が勝つにはノーミスでの打撃戦が必要になった。
零士のハイキックをスウェーで避けて、零士の体に三日月蹴りを叩き込んだ綾女に零士は顔色を変えた。
パンチの当たる位置に零士は距離を詰めようとステップの為に踏み込むが、彼女の前蹴りがその全身を止めた。次の瞬間には零士の肝臓の位置に中段蹴りが叩き込まれる。
苦悶の表情を浮かべた零士が腰を落とす瞬間に、綾女は零士の懐に飛びこんでその首を抱えながら膝の連打を叩き込んだ。零士は綾女のボディ攻めから逃れようと綾女を突き放そうとするが、綾女が零士の首を抱えながら足を引っかけてバランスを崩す。よろめいた零士は踏ん張ることに気を取られ、またもや綾女の膝の連打を叩き込まれる。
零士は綾女の手と体の間に腕を入れるようにして無理やり隙間を作ると。そこにアッパーをねじり込んだ。綾女は思わず手を離し、零士はその間に距離を取る。
首相撲と呼ばれるムエタイの技術である。零士は綾女の技術の多彩さに舌を巻いた。
「俺よりマジシャンに向いてるぜ」
そう呟くと、零士は間髪入れずに綾女に背を向けて走り出した。
呆気にとられた綾女が零士を慌てて追いかける。
次の瞬間、綾女は自分の視界が回転していくのを感じた。
「えっ……」
綾女が零士に接近した瞬間、零士が後ろ足で踏み込みながらスピニングバックエルボーを綾女の顎に叩き込んだという事を、綾女は知覚できないまま地面に転がった。
零士は苦々しい顔を表情に浮かべながら、綾女を肩に担ぐ。
深いダメージを受けたわき腹が響き、零士は苦悶の声を上げた。
「化け物が」
綾女への称賛とも取れる言葉を吐き捨て、零士は近くに待機させていた馬車に綾女を放り込むと、騎手に発進を命じた。
その遥か後方から追跡している1騎の馬に気が付くことがないまま、馬車は夜闇に溶けて行った。
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