第11話
所長室に付いた高橋は、扉を閉めるや否や自己紹介を始めた。
「所長の高橋正義です。
今回の事件では、捜査が後手に回ってしまい、善良な市民であるあなたを危険にさらしてしまい申し訳ない」
深く頭を下げた高橋に、花蓮は慌てて首を振った。
「そんな……顔を上げてください」
しかし、綾女はそんな高橋に野次を飛ばす。
「高橋さんの頭の固さはいつも一歩捜査を遅らせますものね」
綾女に負けじと高橋も言い返す。
「万全を期していると言え、我々公権力は誤認逮捕や万が一の過ちがあってはいかんのだ」
「じゃあ私が勝手に捜査することに文句言わないでくださる?
わ、た、く、し、善良なる一般市民であって公権力ではありませんのよ~?」
「なんの権限も持たないお前が勝手に現場を引っ掻き回すから事件がややこしくなるというのがわからんのか?」
「……あぁん?」
「なんだ?事実だろうが」
火花を散らす二人。
二人の様子に、花蓮は思わず噴き出した。
「お二人とも、信頼し合っているのですね」
「「してない!」」
息ぴったりに同じ言葉を叫び、高橋と綾女はそっぽを向いた。
気を取り直すように咳ばらいをして、高橋は強引に話を元に戻す。
「話を戻そう。
現在の署内の状況だが、今朝の警察の公式発表で察する通り藤堂に先手を打たれた状況だ。
買収された奴が捜査本部に何名もいる。情けないやつらだ」
「しかし動くのが早すぎますわね。
藤堂も荒事を予想してあらかじめ唾を付けていた警官がいたのかもしれませんわ」
「あぁ、だが今回の事件、やはり藤堂が演出した現場の状況に無理がある。
家の前で自殺する奇行の説明は難しい。
藤堂にとっても事件は突発的なものだったと考えるほうが自然だろう」
そこで言葉を切り、高橋は花蓮に申し訳なさそうな表情を見せた。
「貴女の目の前で実の父親の悪事を暴く手立てを話し合うのは申し訳ないが……」
花蓮は笑って首を振った。
「いえ、綾女さんに父の悪事を暴いてほしいとお願いしたのはこの私ですから」
「なんと!」
「こちらの事情の説明もしなければなりませんわね」
綾女はこれまでの顛末を高橋に話し始めた。
高橋は事件の顛末を聞き、険しい顔で考え込んでいた。
大抵の事は躾として済まされてしまう世相であるから、高橋は花蓮の身の上について軽々しく同情することはできない。
だから、高橋は花蓮に態度で答えるしかないのだ。
「貴女の父親に買収されたものがいるとは言いましたが、我々警察も腐ったものばかりではない。
今回の捜査本部の方針に不満を持つものは多いですから、私が音頭を取り、捜査本部を切り崩しましょう」
「ありがとうございます」
花蓮は高橋にどこか綾女に似た部分を感じた。
綾女はその優しさ故に軽々しい助けを差し伸べられず、高橋はその信念故に感情からの行動を強く縛っている。
「ふん、傷付いている女の子を慰めることもできませんの?」
「結局私を頼っているお前が言えた口か?」
「はぁぁあ?」
「貴様……」
お互いに図星らしい。
隙があればじゃれ合うようにいがみ合う二人のこのやり取りは、自身に似た相手への信頼の裏返しなのかもしれないと花蓮は思った。
「……ごほん、止めましょう。花蓮が見ている前で恥ずかしいと思いません?」
「……あぁ、そうだな。お前から煽ったんだがな。
ここに来たという事は、証拠はそろっているのか?」
「えぇ、フットワークの重いあなたでは手に入らないような証拠ですが」
「警官が非正規な手段で証拠を集められるか!
証拠があるなら日和見を決め込んでいる連中もこちら側に付くだろう。
証拠の保管場所としても、警察所より安全な場所はないはずだ」
この言葉には綾女の皮肉は飛ばなかった。
花蓮は頷くと、購入証書を渡し、ネックレスを外した。
大木との最後の形見を、少しためらった後に花蓮は渡す。
このネックレスから始まった反撃が、警察すらも動かそうとしている。
「では、藤堂さんを裁判の日までお守りしてくれ。
選挙への影響を恐れて裁判までの期間は極めて短いはずだ」
「あなたも可能な限り急いで工作を仕掛けてくださいな。
では、失礼します」
必要事項だけを確認して、綾女は花蓮の手を引いて所長室を退出する。
多くを語らずとも、二人はお互いが出来ることを理解し合っているようだった。
「やっぱり、仲いいんじゃないかなぁ」
「花蓮、貴女変わってるって言われない……?」
本気で嫌そうな表情を浮かべる綾女に、花蓮はからかうように笑ったのであった。
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