第10話

 刺客たちを撃退した綾女と花蓮は、綾女の提案でとあるレストランに来ていた。

 店の名前はレストラン「黒船」、店の看板は船の半身を模したオブジェクトが設置されており、道行く人々の注目を集めている。

 元士族には反感を抱かれる可能性もある外観だが、この店に来るのは平民の裕福でない人々が殆どであるから、その配慮も必要ないのであった。

 綾女は店主から出された料理に目を輝かせる。

「まぁ!これが最近噂のコロッケですの?」

「あぁ、嬢ちゃんが好きかと思ってな。

 しっかし洋食が好きだねぇ」

「お嬢様と言えば洋食ですわ!」

「はいはい」

 店主は慣れたやり取りで綾女をあしらうと、厨房へと戻っていった。

 お昼時の店内は非常に騒がしく、先ほどの裏路地の攻防で衣服が汚れた綾女たちを気にするものは誰もいなかった。

 揚げたてのコロッケに綾女はかぶりつく。

 サクッと小気味のいい音を鳴らしながら、ホロホロと口の中でジャガイモが溶けた。

 程よい甘さと油のパンチが口の中で調和する様子に綾女は舌鼓を打つ。

「ホント美味いですわぁ……!」

 お嬢様は「うまい」なんて言わないのではないだろうか。花蓮は綾女のお嬢様とは程遠い言葉遣いに気が付いたが、食事中に出た感嘆の言葉に水を差すようなことはしない。

「ジャガイモを揚げるとこんなに美味しくなるんだ……」

 感動を綾女と分かち合いながら、すきっ腹に任せてご飯を平らげてゆく。

 味噌汁を掻き込んでいる綾女の隣に、ふらりと一人の男が腰掛けた。

「お嬢様はそんなはしたない食い方しないんだぜ」

 男は昼間から酒に酔っている様子で、アルコールの鼻を衝く匂いをほのかに漂わせていた。

 警戒の色を強めた花蓮に、綾女は弓を口に当てる。

「いい男はレディの荒探しをしないものですわよ」

「おっと、それじゃあさっきのは聞かなかったことにしてくれ」

 ケタケタと笑う男の口から漂う強烈な匂いに、花蓮は鼻をつまんだ。

 男は厨房に向かって酒を注文すると、隣にいる綾女たちにしか聞こえないようなかすかな声量で囁いた。

「今回の事件、突発的なものだったのか警察への根回しが不十分だ。

 サツの中には捜査本部の不自然な動きに反発してるやつらもいる。

 今ならまだ切り崩せるぜ」

「ありがとう」

 男のあまりの豹変に花蓮が唖然としている間に、ひそかな密会は終わっていた。

 男は店主が出してきた酒を飲み始め、何が面白いのか口笛を吹いて上機嫌にふるまっている。

「あら、花蓮、コロッケを残すなら私がいただきますわよ?」

 箸を伸ばしてきた綾女のおでこにチョップを振り下ろし、花蓮はコロッケを口に押し込んだ。


 満腹のお腹を摩りながら店を出た綾女に、続く花蓮はさっと密接する。

「それで、さっきの人は何だったの?そろそろ説明してよ」

「彼はとある事件で知り合った男で、警察にちょっとしたツテがあるらしいのですわ。

 昼間っから飲んでばかりいる謎多き方ですけど、彼がくれる警察内部の情報は常に正確ですし……ひょっとすると、警察の偉い方なのかもしれませんわね」

「えぇ~……?あれでぇ?」

 花蓮は男の酒臭い口臭を思い出し、げんなりとした表情を浮かべた。

 綾女はそんな花蓮に笑いつつ、話を進める。

「それで、先ほどの彼の話ですけど。

 今から警察署に向かいますわ。

 私も警察とはそれなりに付き合いがありますの。一枚板になっていない今なら、上手く警察を味方に付けることができるかもしれません」

「……お父様に買収された警官もいるんでしょう?

 私たちが捕まる可能性も考えられないかしら」

「その時はプランBですわ」

「プランBって?」

 花蓮の怪訝な声に綾女は胸を張る。

「その場で臨機応変に対応!」

 花蓮は天を仰いだ。


 警察署は街の中心部にあった。

 西洋建築を取り入れた近代的な外見と、これまた近代化した軍隊に合わせた制服は見てくれは立派であるが、ヤクザが気兼ねなく行動できている街の現状からして、外身に中身が追いついていないことは明白である。

 堂々と門を潜って警察署内に入っていく綾女に、警官たちは視線を向けるもののその顔を見て納得したように去って行く。

 綾女が警察にコネがあるという事は確かであるようだった。

「よく警察署には来るの?」

「えぇ、とは言っても、容疑者として問い詰められたり、捜査の邪魔をするなとくぎを刺されたりするのが主な付き合いですけれども」

「……本当はコネがなくても今なら許すけど」

「ちょっと!そこは信じてくださいな!」

 じゃれ合う二人に、まるで氷水を浴びせるような声が降り注いだ。

「自分が厄介者であると自覚しているのなら、ここに足を踏み入れるのは我々警察の邪魔であるという事も理解しているはずだが」

 二人が振り返ると、そこには見下すような視線を隠す様子も見せない、髪を七三分けに固めた几帳面そうな男が立っていた。

「あら、高橋さん。

 前回の事件以来ですわね、お元気ですか」

「貴様のせいで我々のメンツが丸つぶれであったことを忘れたのか?」

「少なくとも機嫌は悪そうですわね」

 うへぇ、と声を漏らした綾女。

 高橋と呼ばれた男は、周囲の警官の視線が集まっていることに気が付くと、忌々しそうにため息をついた。

「貴様は無駄に目立つから嫌なのだ。

 所長室に行くぞ、今署内はごたついている。あまり私たちが言葉を交わしている様子を見られたくはない」

「えぇ、こちらもあまり周囲には見せられない特ダネがありましてよ」

「藤堂花蓮さんですね、貴方の話も詳しく聞かせていただきたい」

 ふいに名前を呼ばれた花蓮は驚き、高橋の顔を見つめた。

「私をご存じなのですか?」

「えぇ、この事件のカギを握るのは貴女ですから」

 花蓮は息を飲む。

 警察は花蓮が思っていたよりも真相に近い位置にいるようであった。

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