第5話

「さて、今度は綾女の銃ね。張り切って改良したんだから」

 巧子が持ってきたのは、銃器ではなく三味線のケースであった。

 ケースのロックを外すと、そこには拳銃と小銃が収められていた。

「まずは拳銃から。

 アダムス・リボルバー7連発、英国製のダブルアクション。

 手を加えた部分は背を低くしたフロントサイトに白点を入れた、フレーム一体型のリアサイトのUノッチは少し広げてあるからより至近距離で取り回しやすくなってる。

 もともとスムースなダブルアクションが売りな銃だけど、可能な限りの研磨とトリガープルの軽量化に努めたからかなり連射が効くはず。バレルは3インチに切り詰めてあるよ」

 興奮しながら早口でまくし立てる巧子に苦笑いしつつ、綾女は銃を受け取った。

 銃を構えサイトを覗いて、一度頷く。ハンマーをコックし、シリンダーを回転させて音を聞くと、ハンマーに指を掛けながらトリガーを引き、ゆっくりとハンマーを戻す。

 トリガーの戻りを確認して、綾女は満足そうにもう一度頷いた。

「完璧ですわ、巧子」

「やった!」

 ハイタッチする二人。

「腕を上げましたわね。

 あなたのお父様に近づいた逸品ですわ」

「まだ親父越えはできてないって感じ?」

「えぇ、サイトの調整が課題点ですわね」

「ちぇー、悔しいけどまだまだお父さんがガンスミスとしては上ってことね」

 頬を膨らませた巧子は、気を取り直して小銃を取り上げた。

「こっちは銃身を短縮したシャスポー銃。800mまでは元の長さと全く遜色ない精度を保証するよ。

 銃剣の金具もより頑強なものに入れ替えてある。

 ……いっつも思うんだけど、変な戦い方だよね」

 綾女は肩を竦めると、銃剣を小銃に接続して構えた。

 空に向かって突き、切りを試した後小銃をくるりと一回転させる。

「これも問題ありませんわ。

 ……綾小路戦闘術を変というのはおやめなさいな」

 二人の会話に置いてけぼりにされていた花蓮は、ここぞとばかりに口をはさむ。

「変な戦い方なの?」

 巧子は激しく頷く。

「ホントに変だからね!この銃剣で戦いながら、相手が隙を見せた瞬間に発砲すんの。しかも戦いながら弾も込めなきゃなんない。

 一回だけ街でやりあってる所みたけどさ、もはや曲芸よ曲芸」

「妙技と言いなさい。失礼な人ですわね~」

 綾女がケースに銃を収めて担ぐと、今まで黙々と作業をしていた鋼太郎がふと顔を上げた。

「もう遅い時間だ、夕飯はうちで食べて行きなさい。

 そこのお嬢さんに君の飯は合わないのではないかね」

「まぁ!巧子の口の悪さは父親譲りというわけですわね?」

 流石に顔をしかめた綾女だったが、タイミング悪く彼女のお腹が派手に鳴った。

 ぐぅぅ~、という低い音に、皆が噴き出した。

「……確かに、今から帰っては遅いご飯になってしまいますわね。

 花蓮、ここでご飯を頂きましょう」

「うふふっ、お腹すいてたのね?」

「黙秘権を行使しましますわ」

 鋼太郎と花蓮が部屋から出て行く中、綾女はなぜかその場から動かない。

 二人が部屋から出て行ったあとには、綾女と、彼女の袖をそっと握る巧子がいた。

「巧子」

 綾女の声はあくまでも優しく、咎めるようなそぶりもない。

 しかし、巧子は叱られた子供の様にその身を震わせる。

「花蓮ちゃん、苗字が藤堂ってことは、市長選がらみなんでしょう……?

 お金もあるし、ヤクザとも関係があるって知ってるんだからっ。

 もうやめようよ、ほんとに死んじゃうって!」

「自分に背いては、どちらにせよ死んだようなものですわ」

 巧子は綾女の背中に抱き着いた。腰のあたりで結ばれた震える手に、綾女は手を重ねる。

「綾女には、私がどんな気持ちでいつも待ってるかわかんないんでしょ。

 いい銃を作ったって、流れ弾一発で死んじゃうのに。

 私の銃が綾女を守り切る保証なんかないのに、送り出さないといけない」

「貴女の銃がある限り、私は貴女の為にここに戻ってきますわ。

 ……私が嘘をついたことがありまして?」

 我ながらズルい詭弁だと綾女は思った、これまで生き延びてきた事と、これからの生の保証は同じではない。

 それでも、巧子は綾女の背中から体を引き離した。

「分かった、信じる。

 その、花蓮ちゃんの前でこんな顔見せらんないから、先に行ってて」

「えぇ……」

 綾女が仕掛け扉を作動させる。

「ズルいヒト」

仕掛け扉が閉まる音に紛れ込ませて、巧子は呟いた。


「楽しかったね」

「ええ、久しぶりにお腹いっぱい食べられましたし」

「やっぱりお金ないの……?」

 湯煙漂う銭湯で、花蓮と綾女は羽を伸ばしていた。

 山神家での食事は至って楽しく行われた。食事が始まってしばらくしてから現れた巧子は綾女と冗談を言い合い、そのたびに食卓は笑いに包まれた。

 食事の内容は豪勢とはいいがたかったが、花蓮にとって大人数で騒ぎながら囲む食卓というものは何よりも新鮮な体験だった。

「私、お父様と黙ってご飯を食べてばかりだったから。

 本当に楽しかった」

「それは何より。これが終わったら巧子とも仲良くしてあげてくださいな。

 あの子、あれでなかなか寂しがり屋ですから」

 綾女の言葉に何か含みがあったような気がして、花蓮は綾女の顔を覗き込んだ。

「うげ、気が付きましたか」

「気が付いた?何に?」

「私があなたの胸をガン見していたことにですわ。

 それだけ大きいとどうなるのか気になっていましたが。

 巨乳は水に浮くのですね、世界の謎を解き明かしてしまいました……!」

 噛みしめる様に語る綾女に、花蓮は引きつった笑みを浮かべた。

「でも、綾女も結構大きいと思うけど?」

「持たざる者には分からぬ痛みよ!このこの!」

「きゃっ!ちょっと、どこ触ってるのよ!」

「胸ですわ」

「揉みながら開き直るな!」

 チョップが綺麗に綾女の頭を撃ち落とした。

 頭を摩る綾女に、怒るそぶりを見せながらもどこか嬉しそうな花蓮。

 上流階級との交流に終始し、父の政治的立ち位置の為に利用されてきた花蓮にプライベートな時間などなく、今日の一日は彼女にとって初めての経験ばかりであった。

 それが殺人から始まった1日であったとしても、今日は花蓮にとって久しぶりのまともな一日だった。

「明日の話をしても構わないかしら」

「うん、お願い」

 少し早い時間帯だからか、銭湯には2人以外に誰もおらず、湯煙が二人を覆い隠している。

「明日は宝石店に行って、大木氏のネックレスの購入名簿を手に入れること、警察への圧力をかけることの二点を行いますわ。

 当然妨害してくると思いますし、敵も銃器を躊躇なく使用してくるでしょう。

 明日も二人で行動したほうが捉えられるリスクは抑えられますが、身の危険を避けたいというなら、別行動を取っても構いませんのよ」

「私が捕まったらそこで終わりでしょ。

 あなたが守れる範囲にいるべきだと思う」

「では、明日も共に行きましょう。

 ……戦闘の際、もし私が逃げろと言った場合はきちんと逃げてくださいな。

 情けのない話ですが、今回は一人で多くの敵を相手にすることになるでしょう。

 貴女をかばいながら戦うというのは難しいかもしれませんわ」

 神妙な顔で頷く花蓮は、自身が銃を抜くことになる可能性に思いを馳せていた。

 父にこの手で逆らうことができるのか、彼女はまだ結論を出せていない。

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