第4話
「それで、そろそろ説明してくれない?」
揺れる馬車の中で、何やら不満げに花蓮は話を切り出した。
「何をですの?」
「さっきの奴らをやっつけた時の事よ。いつもあんなことしてるの?
……あんなの、銃を使えばいいじゃない。どうしてあんな危ない事したの?」
「あぁ、そこが気になっていたのですね」
綾女は微笑んだ、答えは彼女の中に既にあるようだった。
「確かに、銃を出してしまえばあっさり追い払えたでしょう。
ですが、相手を殺してしまう可能性が跳ね上がってしまいます。
相手が銃を抜かないのであれば、それは私の信条に反しますの」
「うっかり、貴方が死んでも?」
「えぇ、それで高貴に生きられるのであれば」
「……貴方の事、よくわからないよ」
「信念がなければ、私はどう立ち上がればいいのかわかりませんから」
疲れた吐息を深く掃き出し、花蓮は椅子に背を沈めた。
「信念なんて私にはない」
そのままの態勢で、花蓮は視線だけを綾女に向ける。
あれだけの格闘戦をやってのけたというのに、彼女の顔には傷一つついていない。
「信念なんて大仰なものがなくてもいいのですわ。
大切なのは、貴方があなたを認められるかどうか、その一点にありますの」
そこまで語ると、綾女は苦笑いを浮かべた。
「説教臭くなってしまいましたわね、私の悪い癖ですわ」
「気にしないで、貴女の言う通りだと思うから……。
ところで、どうして時計店なんかに行くの?」
綾女はこの馬車に乗る前に「山神時計店まで」と言っていた。
花蓮も山神時計店には訪ねたことが何度かあるが、何の変哲もない時計屋であり、今の花蓮達に必要なものは置いてあるようには思えなかった。
綾女はその問いには答えずに、質問を返す。
「花蓮、銃の心得はあるかしら?」
「えっ?
えーと、狩猟は小さい頃からお父様の付き合いでやっていたから自信はあるけど。
……時計屋に行くんだよね、なんで銃の話を?」
「ついてからのお楽しみですわ」
いたずらな笑みを浮かべた綾女に、花蓮は首を傾げた。
馬車で10分ほど揺られた先に山神時計店はあった。
レンガ造りの比較的新しい建物で、店内には時計だけでなく宝石や眼鏡などの高級雑貨がずらりと並んでいる。
ひときわ目を引くのがカウンターにある大きな振り子時計で、その大きさは人二人が容易に中に入れるのではないかと思える程であった。
「ここの時計はいつ見ても凄いよねぇ」
感心している花蓮をよそに、綾女は真っすぐ店のカウンターに進んだ。
カウンターで時計を弄っていた店員は、綾女が近づいてからようやく顔を上げる。
「この時計を修理して頂けないかしら」
綾女はポケットから金細工の時計を取り出した。
店員は無言で時計を受け取ると、虫眼鏡でその時計を入念に調べた後ようやく口を開いた。
「見ない顔がいるようだが」
「彼女が今日の客ですわ」
「伝えておこう、面倒は起こすなよ」
店員は表からは見えないようになっている電信機を素早く叩き、彼らを店の裏側へと通す。時計の外装や歯車が散乱するバックヤードには人がおらず、沈黙が漂っている。
意図がわからず困惑している花蓮に、綾女はぱちりとウインクした。
「面白いものが見られますわよ」
綾女が壁の一部を押し込むと、その壁は後方へと沈む。
沈んだ壁から綾女は手を離すと、壁が沈んだことによって現れた窪みの側面に先ほどの店員に見せた金細工の時計をはめ込んだ。
カチリ、と何かが動き出す音がバックヤードに響く。
「わわわ……!?」
花蓮は素っ頓狂な声を上げた。
何の変哲もない壁が突如半回転し、隠れていた通路が現れる。
綾女に手を引かれながら通路を渡った綾女の目下に、壁一面の銃が飛び込んできた。
言葉を失う花蓮の背後で、扉が元の位置に戻り通路の痕跡を隠した。
「山神銃器店へようこそ、ですわ!」
得意げな顔で店に向かって手を広げる綾女に、ため息が向けられる。
「俺の台詞だ、俺の」
隠し通路の先にある開けた空間の中には、顎にひげを蓄えた白髪の老紳士が彼女達を待っていた。
「俺は山神鋼太郎、ここの店主だ」
「そして私が山神巧子!銃を買うなら私たちにお任せ!
あ、さっきの店員は兄の鉄司です」
老紳士の背後から、ポニーテールの快活な女性がひょっこりと顔を出した。
「えっと、藤堂花蓮です」
二人と握手した花蓮は、助けを求めるように綾女を振り返る。
「私たちのような荒事を生業にする人間には、銃の購入履歴が警察につつかれたり、いちゃもんを付けられての逮捕につながる危険性がありますわ。
こういった店では足跡を残さずに銃を手に入れられますのよ」
「とは言っても、ここは完全会員制の上、お父さんが気に入った人以外は入れないんだけどねー。商売あがったりだよっ」
肩を揺らして笑う巧子を追い払うように、鋼太郎は手を振るった。
「やかましい。
巧子、お客さんを案内しなさい」
「はいはい」
にひひと笑って、巧子は花蓮に手招きをした。
「さて、どんな銃がお好みかな?
拳銃から軍用の小銃までより取り見取りだよん。
今回の用途も聞いておきたいね」
「今回は彼女が自衛に仕える銃が欲しいですわ」
「なるほど、じゃあダブルアクションのでいいのがあるよ!」
花蓮をほったらかして盛り上がる女性人二人に、花蓮が遠慮がちな声を寄こした。
「あの~、この銃がいいんだけど」
花蓮の方を振り返った二人はギョッとした目を向ける。
花蓮が指さしていたのは巨大な拳銃だった。
コルト・ドラグーン、44口径6連発、シングルアクション。普段使いするにはいささか大きすぎることから、馬のサドルに下げることが多く「サドルガン」のあだ名で呼ばれることもある代物だった。
「そ、それはちょっと大きすぎませんこと?」
「いや~、エグいの選んだね花蓮ちゃん……」
突然のチョイスに驚いている二人に、花蓮は納得がいっていないようだった。
「使いやすいと思うんだけどなぁ」
「わ、分かった、一回試してみよっか!」
ガンスミスである巧子には納得しかねる選択だったらしい。頬を引きつらせながら花蓮を試射スペースへ連れて行く。
レバーで紙薬莢をシリンダーに6発押し込むと、花蓮は目標物である円と十字が描かれたターゲット用紙にドラグーンを構えた。
小柄な花蓮が構えると、もとより大きなドラグーンは更に巨大な銃に映る。
片手で銃を構え、親指でハンマーを上げる。花蓮は慣れた手つきでトリガーを引いた。
火薬の炸裂音と共に硝煙が噴き出す。
「すっご……」
初弾はターゲット用紙の中心部をしっかりと打ち抜いていた。
「とりあえず6発は試すね」
間髪入れずに片手で連射を続ける花蓮。
吹き上げた硝煙が晴れたとき、現れたターゲット用紙の中心部にはほとんど広がっていない銃痕が刻まれていた。
「うん、さすが完全会員制の銃器店だね。よく整備されたいい銃だよ!」
上機嫌で銃を下げた花蓮に、二人は顔を見合わせた。この小さな体でどうやって反動を操っているのだろうか。
「ははは、お眼鏡にかなったらしくて嬉しいね……」
銃の良し悪しというよりは花蓮の腕前の問題であるという突っ込みを、巧子は何とか堪える。
「これを2丁お願いね」
「2丁!?」
巧子はカルチャーショックを受けたようだった。
「スマートな銃じゃないのに……でもあんなの見せられたら何も言えないじゃん!」
がっくりと肩を落とす巧子に綾女は笑った。
「まぁまぁ……、私は貴女の銃への改良、好きですわよ」
「ホント?」
「ええ、この前頼んでいた銃をお願いしますわ」
「綾女ぇ~!」
大げさなリアクションで綾女に抱き着く巧子の頭をなでる綾女。
「むっ、また胸が育っている!」
「おバカ、抱き着き禁止にしますわよ」
「それはご勘弁、ちょっと待っててね」
綾女から飛びのくと、巧子は店の奥へと歩いて行った。
そんな二人のじゃれ合いをじっと見ていた花蓮の視線に綾女は振り返る。
「花蓮?」
花蓮は少し俯く。
「仲がいいの、羨ましいなって思って。
私、友達なんていなかったから……」
綾女は、呟くような花蓮の言葉に、彼女の手を取った。
「じゃあ、私が初めての友達ですわね」
呆気に取られていたような花蓮は、しばらくした後に噴き出した。
「えぇ!?なんですのその反応は」
「綾女、あなた人たらしね!
全員にそんな接し方してたら、いつか嫉妬で刺されるんじゃない?」
「そんな!じゃあ、花蓮は私と友達になりたくないの……?」
しょんぼりとしながら上目遣いの綾女に、花蓮は慌てて綾女の手を握る。
「あぁ~ごめんごめん!
……嬉しいに決まってるじゃない」
恥ずかしそうに囁く花蓮に、綾女は嬉しそうにほほ笑む。
暫く見つめ合った二人。しかし、花蓮は慌てて手を離した。
「あー、お邪魔したかな?」
「おバカ」
戻るや否やにやにやと笑う巧子のおでこにデコピンが飛んだ。
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