第3話

「以上が、私の目撃してきたことです。

 ……余計な話も混ざってしまいましたね、ごめんなさい」

 深いため息とともに花蓮は話し終えた。

「では……そのネックレスは形見になりますわね。

 ひょっとすると、証拠にもなるかもしれませんわ」

「そうしそうなら、ありがたいのですが」

 花蓮はネックレスを握りしめた後、丁寧に首にネックレスをかけた。

 彼女の身の上や父親の狂気、今まで誰にも話せなかったであろうことを話すことができた彼女の顔は、憑き物が落ちたようにも見える。

 綾女は言葉を探した。

 いつだって魔法のように相手の心を支える言葉を見つけることができるわけではない。安い同情は時に人を傷つけるのだから、尚更だった。

「この依頼、必ず成し遂げて見せますわ」

 結局言葉を見つけられず、綾女は己の含蓄のなさに腹立たしくなる。

 尻すぼみになりそうな自分の声を明るく張ると、綾女は花蓮の両手を取って立ち上がった。

「さて、これから大変ですわよ。まずは武器をそろえなくっちゃ!」

 首をかしげる花蓮。

 幕府が倒れてから明治政府になった際、その予算不足から警察組織は十分な働きを見せることが出来ず、国民は銃で自衛することが一般的となっている。

「あれ?綾女さんって銃を家に置いてないんですか?」

「無論、置いてますわ」

 机の裏に張り付けられていたらしいホルスターから、黒光りする銃を取り出した綾女にギョッとした目を向ける花蓮。

「……じゃあ、誰の銃を?」

「……あなたの銃ですわよ?」

 花蓮の血の気が引いてゆく。

 有無を言わさず、綾女はがっしりと彼女の腕を掴んだ。

「ほら、行きますわよぉ!」

「ままま待って待って待って!!無理無理!心の準備が出来てない!

 外に出たら襲われちゃう!」

「ぶっちゃけ私がいない場所はそれだけで危険ですし!観念なさい!」

「い~や~!」

 想像以上の剛力に全く抵抗できず、花蓮は外へ連れ出されるのであった。


 石畳の街の中を、二人の女が歩いていた。

 一人はモダンな洋服を纏う、小さな背丈に比べて色気のある顔立ちをした女で、連れの女に涙目でしがみついている。

 もう一人の女は、黒のブラウスとスカートを着こなした、アメリカ風のファッション・スタイルの女だった。女性にしては目につくほどの長身で、輝かんばかりの瞳は自信たっぷりに周囲を見据えている。

 長身の女、綾小路綾女はすっかりあきれた様子だった。

「花蓮……、貴方少しビビり過ぎじゃありませんの」

「貴方はお父様を知らないからそんなことが言えるのよ……!」

「あら、敬語が抜けてきましたわね。その調子ですわ」

「ふん!」

 どこか拗ねたような花蓮の反応に綾女は笑う。

 街には飛脚や馬車が行きかい、活気にあふれている。

 まるで今までの陰鬱な毎日がなかったかの様な午後に、花蓮の気が緩み始めた瞬間だった。

 背後を歩いていた馬車から、4人の男が彼女たちに躍りかかった。

 綾女は花蓮を背後に投げるように引っ張りながら、花蓮とすれ違う。その勢いのまま、花蓮に掴みかかった男の顎に飛び膝を叩き込んだ。脳が揺れるように足の角度は45度。

 男は糸が切れたように頭から地面に突っ込む。

 驚愕を振り払うような大ぶりのパンチが綾女の顔目がけて飛んだ。その腕を避けながら懐に踏み込み、綾女はその男の頭に片手を置く。残った腕が折りたたまれ、全力の肘打ちが男の顎に叩き込まれる。顎の骨が折れ、男の口から血が流れ落ちた。

 真後ろに男が倒れる。

 掛け声を挙げながらもう一人が蹴りを繰り出してくる。

 この男は武道の心得があると判断し、綾女は攻め手を変えた。

 中段蹴りを片足の脛で止め、男の服の襟に腕を伸ばす。男の態勢を崩しながら、その体を足に載せて前へ投げ飛ばした。

 石畳に頭を打ち付けながらも、男は慌てて立ち上がろうとする。

 これが命取りだった。

 目の前には、男の頭目がけて振りぬかれた綾女の靴があったのだから。

 嫌な音と主に、その男も意識を失った。

 一瞬の攻防で、場面は一対一にまで整理されてしまった。花蓮は唖然と綾女を見つめる。

「まっ、楽勝ですの」

 背後の花蓮に向けて、肩越しにびしっとピースサインを決める綾女。


 唐突に、気の抜けた拍手が鳴り響いた。


 音の主は、四人組最後の一人の男。

綾女ですらも少女に見えてしまうほどの体躯の持ち主だった。

「やるねぇ、嬢ちゃん。女の身でよくぞそこまで鍛え上げた」

「そういう貴方も、中々のやり手とお見受けしますわ」

 その男は大きな体を揺らして笑った。

「技術で言えばあんたに負けるだろうな。だが、俺にはこの体格がある。

 俺と嬢ちゃんにこれを覆せるほどの差があるとは思えんなぁ」

「格闘戦において、体重と体格が最も重要であることは認めます」

 花蓮は、この会話の成り行きを見守ることしかできない。

「では、なぜ私が未だここに突っ立っているのか考えたほうがよろしいのではなくて?」

 綾女は既に言外に示していたのだ「お前には勝てる」と。

「てめぇ!」

 男の顔色が変わった。

 しかし、男の綾女に向けた初撃は至って冷静であった。

 オーソドックスな構えからの左ジャブ、綾女も右ジャブを差し返す。

 腕の長さによって、男の一撃のみが当たる。

 男はニヤリと笑った。そのまま二回ジャブを出すと、右ストレートを出す。

 綾女は体を後ろに倒しながらスウェーでそれを避ける、見事なボクシングテクニック。そして二人は円を描くようにして体の位置を入れ替える。

 今度は綾女がジャブを放った、しかし、男は自分の攻撃範囲が長いことを今回は理解していた。綾女の一撃をほんの少し下がって避けると、全力で踏み込もうとする。

 そこに綾女の右ストレートが飛んだ、綺麗なワンツー。

 しかし男は止まらない、それほどまでの体重差があった。綾女の一撃で視界がはっきりしていないが、拳を放ったからには彼女も至近距離にいることは明白。

 男は拳を振りぬこうとした。

 次の瞬間、右ストレートで塞がれた男の視界の外から、右ハイキックが男のこめかみに突き刺さった。男の首が真横に曲がり、男の体が首を追うようにして飛ぶ。

 見えない一撃。スカートが足に沿ってふわりと回った。

「意識外からの攻撃が最も有効ですの。覚えておくといいですわ」

 男は脳震盪を起こした様で、手足が震えて立つことが出来ずに倒れこむ。

 綾女は口をあけて放心している花蓮を引きずって馬車に向かう。

「山神時計店まで乗せて行ってくださいな。

 料金はあそこで伸びてる男達が払うそうです」

 花蓮と同じような顔で放心している騎手に、綾女は微笑んでそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る