23.悪夢
――
さぁ、これをお飲みなさい。『良薬口に苦し』ではありますが、楽になりますよ。
それを言われたのは、罰をこの身に受けてから三、四年ほどが経った時であったか。
権力者の一人である
多くの美しい反物と宝飾品、高級な薬や豪勢な食事などを持ち寄りながら、外でのお話をお聞かせしましょうと、寝台の前に座りながら自分が満足するまで勝手に話していくのだ。
事前に護衛や侍女たちにも豪勢なふるまいをし、酒なども提供していることから、誰も張の当主へと強く言い出せるものがいなかった。
その日、差し出されたのは、盃くらいの大きさの器に入った液体であった。
それまでにも色んな薬を持ってきているので、黎静はそれを何の疑いもなく受け取ってしまう。
「……これを、飲めばいいのですか?」
「えぇ、えぇ。そうしたらすぐにお身体も良くなりますよ」
白い液体だった。
それが何であるかは、外の世界の知識が薄かった黎静には、解らないままだ。
勧められるまま、黎静はその盃を口につけた。
すると、直後に張が手を差し出し、盃を離さぬように押し付けてくる。
「……ッ、張、さま……なにを……っ、!?」
「飲むんだ。……早く」
「んっ、いや、……やだ……っ!」
嫌な物だ、と直後に解った。
だが、黎静はもうそれから逃げられなかった。張に顎を掴まれ口を開かされ、流し込まれてしまったのだ。
(……こい、つ……!)
心でそう叫んでも、どうにもならなかった。
吐き出すことすら出来ずに、それを飲み込まされてしまう。
――盃の中身は、目の前の男の精そのものだったのだ。
「……っ、げほっ……はぁ、は、ぁ……ッ」
味に咽た黎静であったが、張はそれを目を細めて見てくるだけだった。
その数秒後、体が一気に回復していくのを感じて、黎静は青ざめる。
「……!」
「ほぉぅ、姫よ……やはり花丹が僅かに回復しましたな……?」
張はニヤニヤと笑みを浮かべつつ、そう言った。
欲に満ちた表情だった。
彼はそのまま黎静を抱き込み、隠しもせず体を触り始める。
「……っ、い、いやっ! やめてください……ッ! 誰か!!」
身の危険を察知した黎静が、叫び声を上げた。
普段は廊などに控えているはずの侍女たちが居ない。
庭を警備している護衛達はその場で寝落ちし、誰も黎静の声を聞く者はいなかった。
「さぁ、姫。花丹のためにも、私と褥を共にするのです」
「いやだ……っ、やめ……ぼくは姫なんかじゃない……ッ!」
「……良いのですよ姫。私にとってはどちらであっても……。あぁ、綺麗で美しい肌だ……」
寝台に押し倒された黎静は、ごつごつした手に衣をはぎとられて、肌をまさぐられた。
男であるということはこの時すでに相手にも知れたはずだが、張にとっては言葉通りにどうでも良い真実であった。
逆に、その真実に興奮しているのか、張は実に楽し気に汚い笑みを浮かべながら黎静を犯した。
「やだ、……やめて……っ、あぁ、っ、いやぁ……ッ!」
どんなに声を上げても抵抗しても、誰も助けには来てくれない。
そんな絶望の中で、黎静は張家の男に体を好きにされたのだ。
それから数年――そうして現在。
『黎華』となりきった姫は、男の精無しではいられない体となってしまう。
それらの情報を外に漏らしたのは当然張で、そういった理由から他の権力者たちもしきりに姫に通うようになり、今では張家と
「……ッ!!」
びくり、と体を震わせて黎華は目を覚ました。
荒い息と涙――過去の記憶が夢として現れ、彼の心を乱したのだ。
「……なんだよ、もぅ……」
苦い体験としては、あの時の出来事が何より最悪だったと黎華は思い返す。そうして両手を顔に当てて、肘を天井に向けつつ、大きなため息を吐いた。
浅はかだった自分。
無知は罪だと思い知ったあの夜。
どれだけ後悔しても、消し去ることは出来ない。
「……
長いため息のあと、一人の名を呟いた。
会いたくて、ずっと焦がれている相手の名だ。
今はまだ会えない。
それを分かっていながらも、早く会いたいという気持ちばかりが募っていく。
数日前、奇跡のようなことが起きて、尹馨と僅かに会った。彼の温もりを感じ、咄嗟に自分の気持ちをぶつけてしまった。
詳細は分からなかったが、おそらくは妹が何らかの術を使い、自分たちを会わせてくれたのだと思っている。
あの短い逢瀬で、さらに彼を恋しく思うようになった。
そうして、他の誰かに触れられることがとてつもなく嫌だと感じるようになった。
だから今は、誰も通わせてはいない。幸い、尹馨が贈ってくれた薬と夜明珠の玉佩のおかげで、体調も以前ほどは傾いてはいないのだ。
――何かありましたら、この文を池へ。
ふと、そんな事を思い出した。
以前に尹馨からもらった文に、そのような事が書いてあったはずと思い、ゆっくりと体を起こした。
今はまだ、寅の刻(※午前三時~五時)あたりだろうか。
当然、侍女たちも皆、寝静まっている。
音をたてぬように寝台から降りて、傍にある二階棚へと歩みを寄せた。その二段目に置いてある硯箱の中に、尹馨からの手紙を仕舞ってあったのだ。
「……池に浮かべたら、この文はどうなるんだろ……汚れるのは、嫌だな……」
興味はある。
だが、尹馨からの文はたったこれだけだ。
黎華とにっては大切なものであるこれを水に浮かべると言うのは、やはり少々気が引けた。
右手と言うと、尹馨と出会った場所にあった小さな池だ。
黎華はそろりと踵を返して、廊へと出た。
そうして、静けさの中一人きりで階から庭へと降りる。そろりそろりと歩みを進めると、件の池が姿を見せる。
真夜中であるのに、何故か池の周りは淡く光っていた。
「水蛇……?」
そう問いかけるが、返事はない。
彼の仕業かとも思ったが、どうやら違うようだ。
そうして黎華は、池の端でゆっくりと膝を折った。右手には尹馨の文が握られている。
「……あんまり、濡れないでね」
静かにそう言いながら、その文を池の水面へとそっと置いた。
直後、強い光がそこから放たれる。
驚いた黎華は声すら出せずに座り込み、瞼を伏せた。
「――よう、姫さん。やっと俺たちを呼んでくれたな」
降るような声が聞こえた。
当然、聞き覚えはない。
黎華は恐る恐る伏せていた瞼を開く。
「え……」
視界に飛び込んできたのは、見知らぬ黒と白の男二人であった。
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