24.二人の従者
「……あなた達は……」
信頼のおける人物を二人残していく、と書いてあったはずだ。
二人がどんな存在であるかは、やはり想像は出来てはいなかった。それでも、目の前のこの二人の事で間違いないのであろう、と黎華は確信する。
そして、何より二人は美丈夫であった。
それだけでも強烈な印象として心に残る。
「尹馨の
「はい。私たちは、彼の配下としてここにいます」
銀髪の白い服を着た男が、そう言いながら頭を下げてきた。
その声には、僅かに覚えがある。姿は憶えてはいなかったが、彼には会ったことがある気がするのだ。
「……もしかして、文を届けてくれたあの時の……?」
そう尋ねてみた。すると彼は嬉しそうに微笑みながら、こくりと頷いてくれる。
「熱を出されていたと言うのに、憶えていてくださったのですね。私は
「俺は
沈英雪に続いてそう言ってきたのは、黒髪の、後ろで大きな三つ編みをしている快活そうな男だった。
二人とも沈姓なので兄弟かとも思ったが、似ている要素は見受けられない。
「
「こちらではあまり浸透しておりませんが、剣と学問の流派ですよ。……姫、どうか手を」
黎華が地面に座ったままなので、気遣ってくれたのだろう。
「ありがとうございます、沈英雪さま」
「呼び捨ててくださって構いませんよ」
「!」
彼の手を取ると、あっという間に立たされてしまった。黎華の側には一切の負担なく、軽い感触でそうされてしまい、素直に驚いた。
「見た目に反するだろ? ほい、姫さん。これさっきの文な」
それに慌てて目をやれば、文はいっさい濡れてはいなかった。
「確かに、池に浮かべたのに……」
「……その文は元々特殊な料紙でな。水をはじく性質なんだ」
沈梓昊は見た目通りの、気さくそうな男であった。
黎華を『姫』とは呼ぶが、おそらく尹馨のみにしか畏まった態度は取らないのだろうと推測する。
「……沈梓昊さまは、剣を佩かないのですね」
「おっと、鋭いなぁ。……俺のこっちでの役目は諜報活動ってやつだからな。剣があると都合が悪いんだ」
さて、室にもどろうぜ。
そう言われて、黎華は一歩を踏み出した。
白と黒の美丈夫に挟まれて歩くのは、少々不思議だ。しかもこんな真夜中にだ。
「ところで、姫。このような時刻の夜歩きは感心しません。侍女を呼ばないのであれば、せめて燭台をお持ちになってください」
「あ、はい……」
手を取られたまま、沈英雪に静かに窘められた。
黎華はそれがまた不思議で、ぱちぱちと瞬きをしながら返事をする。
「……あの、心配して下さってるのですね。何も起こってはいないのに、呼びつけたことには怒らないのですか?」
「『何も』は、違うだろ姫さん」
「沈梓昊さま……」
「あんたはずっと、ギリギリのところを精一杯で生きてる。辛いだろうに泣き言一つ言わずに、一人きりで耐えてさ」
そんな彼の言葉が、黎華の胸に突き刺さった。
階を上っている最中であったので、思わず歩みが止まってしまう。
「……どっちかってぇと、もっと早くに呼んでもらいたかったですよ」
「それすら見越しての、尹馨の贈り物だったのですけどね」
立ち止まった黎華の左右の手を、二人がゆっくりと引いてやる。まずは上がりきれという事なのだろう。
「……、……っ」
黎華は目頭が熱くなった。
慌てて沈英雪の手を振り払って拭おうとするが、それは間に合わなかった。
涙が零れ落ちて、廊に染みを作る。
「……ど、して……わたくしは……俺は、なにも……」
黎華はそう言いながら、泣いた。
それでも声は最小限に、嗚咽すら漏らさない。
そんな姿を見て、沈英雪も沈梓昊も、表情を曇らせた。
「室へ入りましょう、姫」
「……、ん……」
少しの間を置いてから、そう言ってくれたのは
黎華には、何もわからなかった。
自分にとっては初めて対面する二人だが、彼らの口ぶりから前から知られていたのだろうとは思う。
だがそれでも、縁もないはずの自分に対して、何故ここまで優しく出来るのか。
そう思いつつ溢れる涙を拭っていると、あっという間に寝台の前までたどり着く。上掛けを皴だらけにしてそのままであったので、黎華は慌てて駆け寄りそれを直そうとした。
「……いいから、座れって姫さん」
「我々に気づかいは無用です。それにまだ寅の刻……あなたももう少し眠るべきです」
「でも、……」
そうして飛び込んでくるのは、美しい貌の沈英雪の少々厳しい表情だった。
こんな二人を目の前に、眠れと言うのだろうか。出来るはずが無いと思っていたところで、二人が言葉なくその場で膝を折り、両腕を前に会釈をした。
黎華はそれに驚き、瞠目する。
「これより先、私と沈梓昊は黎華姫にお仕えいたします」
「名前を呼んでくれれば、どこにいても駆けつけますんで」
彼らは尹馨の配下であると先ほど明確にしたばかりだ。
それなのに、自分に仕えるとはどういうことなのだろうか。
「……それが、尹馨の命なのですか」
思わず、そう零してしまった。
彼の配下であるならば、彼に仕えるべきなのだ。
その言葉を受け止め、小さく笑ったのは沈梓昊だ。
「あの人からは、何も言われてないんですよ。昔からそうなんだけどな、あの人もあの人の母君も、完全放置で自由に仕えろと難しい事を言ってくる」
「判断は己の自由……思ったように行動しろと言われております」
それぞれから、そんな説明を受けた。
どうやら絡み合った事情もあるようだが、とにかく今は、自分の傍にいてくれるらしい。
黎華はそう判断して、それを受け入れるしかなかった。
「では、今は有難く受け入れます……その、明日にでも改めて話して頂けますか?」
「それはもちろん」
「さぁ、眠りなさい。横になって、目を閉じるだけですよ」
――あとは私の役目ですから。
沈英雪の言葉が、遠くなっていった。
彼の言われるままに、黎華はいつもの場所に横たわった。
そうすると、沈梓昊が上掛けを掛けてくれる。
誰かにそうされることなど、体調不良の時以外は憶えの無いと黎華はゆるく思う。
それからほどなくして、黎華はゆったりと目を閉じて眠りへと落ちていった。
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