始動⑸




『塔の魔物討伐計画書』


【目的】

 ギルディア南方に位置する塔に住まう魔物の討伐


【計画動機】

 此度行われたギルディア特殊能力研究機構『アザレア』の最終調査により、××年に発生した魔物暴走は、ギルディア南方にに位置する塔の魔物(以下、塔の魔物と略す)の存在が原因であると明らかになった。

 塔の魔物は、ギルディア周辺、塔周辺及び魔物の森に住まう魔物に影響※を与える。その結果、魔物の攻撃性が増し、ギルディアの人民に被害※が及んでいる。

 ついては、これ以上の蹂躙を防ぐべく、『アザレア』は当該魔物の討伐を計画した。


 ──────

 ※影響:現時点では縄張意識の増強を観測済。

 詳細は別途報告書を参照


 ※被害:現時点ではギルディアの民のうち13人の死傷者が発生。10年前の魔物暴走討伐に参加した35人のうち34人が死亡。

 被害状況の詳細は別途報告書を参照

 ──────


【計画内容】


 日時:

 ××月××日


 人員:

『アザレア』職員 計15名

 内訳(別添名簿参照)

 ・現場指揮 『アザレア』社長 笹野國久

 ・戦闘部 10名(うち非能力者1名) 

 ・医療部 5名(うち非能力者4名)


 ※『アザレア』附属能力者養成学校の生徒5名及び教師1名はギルディアに待機し、支援を行う。


 使用武器等:

 制限なし

 ただし、必要に応じて王家に支援頂く


 緊急時対応:

 当日現場指揮が塔の魔物の討伐不可と判断した場合は即時撤退。必ず死傷者は最小限にとどめる。

 また、塔の魔物が今後についても人の手に負えないと判断された場合は、『アザレア』社長による封印(別添資料参照)を執行する。



 ……………………



 ……ああ、どうしてこんなことに。


 準備には抜かりはない。

 状況だってあの時よりずっといいはずだ。

 決して、素人を集めたわけじゃない。

 能力に理解がある者を優先して組織に取り込んだ。


 しかし、しかし──

 私の前に広がるのはうんざりするほど赤い景色だ。

 もう見飽きている。なにせ、"園"の中はいつもこんなふうに、赤く、残酷に、アザレアの花が咲き散らかされているのだから。



「□□□、□□□□□──!!」



 相変わらず、何を言っているのかわからない。

 目の前の魔物は、最初は私達を見て嘲笑った。

 そして、魔法かあるいは何かの術で私以外の"仲間"を混乱させた。


 混乱した仲間の大半は戦意を喪失していた。

 初対面の私に腕試しを挑んできた雷の女秘書は、錯乱の末、私に向かって攻撃をし、私により殺された。

 秘書の他にも、私に攻撃する者は何人かいて、私は、それらを一人ずつ丁寧に、結界に捕らえて殺した。


 ──そうだ。私は、私のことしか守れない。

 仲間が妙な術に苦しめられていても、それを取り除いてやることはできない。


 魔物は仲間を嬲り、そして私が仲間を殺すのを見た後、また嫌らしく「ウヒャヒャ」と笑った。


 何もせず、何もできず、ただ呆然と景色が赤く染まるのを見ていると、ふと魔物と目があった。


 その時、魔物は何故か驚いた顔をしていた。

 ありえないものを見るような目──尤も奴の目はただの発光する二つの丸で、それを時折細めたりすることを"笑う"と表現しているから、その表情が真に"驚いていた"と言えるか否かはわからないのだが。


 しかし確かに、私のことを見て、私と目を合わせて「怖くないのか?」と人の言葉で言った。


 恐怖なんて──

 思えば、今までに感じたことがなかった。


 "人集めに不向き"と、ネルロさんとの一件で学んだから抑えるようになったが、相変わらず、死へ希望はある。死は希望、だから怖くない。


 人と話すことも別に……ただ、嫌になることはあるが怖くはない。


 傷つくこと、それも結界で眠れば治る。

 自分の身に降りかかることであれば、大抵は何とかなるから、足が震えるほどの恐怖心なんて感じたことがない。



 ──嗚呼、怖くない。


 馬鹿馬鹿しくも、魔物の問いに答えた。

 すると、魔物は猛り狂い、醜い顔をさらに歪ませてギャアギャアと騒ぎ始めた。人の言葉を使える高等種だというのに、理性はなく、その辺に散らばった仲間達の死体を蹴散らして、塔のてっぺんから落としている。


 赤く、赤く、仲間達が引き摺り回される度に血色の絨毯が広がっていく。

 そうしながら、魔物は時折、私の顔色を窺う。怖がらせているつもりなのだろう。


 人間の顔色を窺う魔物があるものか。

 私は馬鹿馬鹿しくて、大いに笑った。声をあげて笑った。


 そうして、魔物の気持ちを煽ってしまった。

 が、仕方ない。本当に可笑しかったのだから。よくよく、笑いどころがおかしいと言われる。やっぱり、私もそう思う。


 怒った魔物は私を殺そうとした。

 園を展開したが、紙切れの如く簡単に破られた。

 結界が強引に切り開かれるとともに、自分の身体に痛みが走る。口から、血が出てきた。


 ──これは、手に負えない。

 皆ならともかく、私一人では、できない。

 なにより、私の存在自体が魔物の煽りになってしまった。



 何もできず、また死者を出しておいて──大変不本意であるが、"現時点で討伐不可能"と、この戦いに結論づける。



「この魔物に節制の花──アザレアの呪いあれ」

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