始動⑷
「で、あるからして!魔物っていうのはとーっても怖い生き物なのでした!でも、この子達みたいに仲良くなれる方法もきっとあると思うわっ!國久さんは、きっと魔物と仲良くなる方法を一生懸命に調査しているの!」
「おー……」
「ということで、今日のクロエお姉さんの授業はおしまい!明日は字の練習!目標は魔物とお話しすること!」
「……魔物とは、おはなしできないって、きのうクロエさん言ってた」
「あら、銀ったらだめよ!目標は高く持った方がいいんだから」
「そうかな?」
「ふふっ、きっとそうよ!それじゃあ、授業も終わったし、おにごっこしましょ!最初は銀が鬼!シャンドレットも!ほら、お掃除なんかやめてったら!」
少し燻んだ白色の建物の前で、深い緑の羽織を被った少女と、赤い目の少年、それから薄水色の髪とミントグリーンの瞳の少年が、笑い声をあげ、鬼ごっこを始めた。
羽織を被った少女クロエが異国の地からこのギルディアへやってきて、早3年。
この3年で、『アザレア』も、クロエも、赤子だった銀も大きく成長した。特に『アザレア』の成長はめざましく、閑古鳥の声よりも人の足音が聞こえるになっていた。
『アザレア』は1年で人を集め、2年で魔物の調査を開始し、この3年目でかつての魔物暴走の原因がギルディア南方に聳える塔に住み着いた魔物が原因であることをつきとめた。
来年にその魔物を討伐する計画を進めると同時に、"『アザレア』附属能力者養成学校"を本格的に始動させ、さらなる人員確保に努めていた。
「あっ!!居た!!……このぅ、やっぱりクロエちゃんか!!」
「あら、ネルロさん?はっ……、ぎ、銀!シャンドレットを隠さないと、またネルロさんに連れていかれちゃうわ!……いいえ、銀!練習の成果を見せるときだわ!」
「う、うん!」
そんな中──
鬼ごっこをしながらはしゃいでいた3人のもとに現れたのは、クロエと同時期にギルディアにやってきたネルロである。
『アザレア』で働くことはしないものの、だからといって、一人で危険な魔物の森を抜けられず帰郷もできないからやむを得ず、ギルディア王家で住み込みで働くこととなった。
王家から疎まれていた『アザレア』からの紹介で職についたネルロであったが、いつのまにか、まだ幼い王の世話係となっていた。
そして、その幼い王というが、クロエと銀以外のもう一人。先まで箒を持って落ち葉掃除をしていたミントグリーンの瞳の少年、シャンドレットである。
シャンドレットはネルロに見つかると困ったように笑った。
そして、そんなシャンドレットを庇うかのように銀が立ち塞がり、両手をネルロに向けた。
「いいわ、銀!やぁっておしまいなさい!」
「ぼ、僕たち、遊びたいから、ごめんなさーいっ!」
「う、うおおおーーー!!」
シャンドレットに向かってきたネルロを、銀は手を触れずに停止させた。
「なんだこれ?か、身体動かない!?また能力か!!く……、非能力者相手に卑怯だぞ『アザレア』ぁ!?」
「クロエさん、早く、王様を!……あと10秒もできないよっ……」
「あ、そうだったわ!シャンドレット!中で遊びましょっ?シャンドレット?」
シャンドレットは能力を使ってネルロの行動を阻む銀と、クロエの提案を避けて、箒を持ってトコトコとネルロの方に近づいていった。
すると同時に、力尽きたのか、銀が「だは……」と声をあげて、その場にどんと尻餅をついた。
「へ、陛下ぁ……。どうしてこんなところで、箒なんか……」
「皆でお掃除をしていました。それと、クロエさんから魔物のことを教えてもらって。つい、夢中になってしまいました。ええと、何か予定がありましたか?」
「いや。予定はないですけど、多分今日は……」
ネルロはキョロキョロと辺りを見渡した。
すると、『アザレア』の建物の中から、スーツ姿の一人の男が現れて、クロエ達に言った。
「ああ君たち!もうすぐ社長がお戻りになるから、片付け片付け!」
「ほんとう!?國久さん帰ってくるのね!えへへ、私迎えに行くわ!お土産なにかなー!」
國久の迎えに行こうと駆け出そうとしたクロエの襟首を『アザレア』の職員が掴んで止める。
尤も、襟首を掴まれながらもバタバタと暴れているのだが……
「クロエ?君は何度言われたら社長のお着物を勝手に持ち出すのをやめるんだ。社長が何も言わないからって……」
「國久さん良いって言ったもの!それに新しいお着物も持っているんでしょう?なら、一つ無くったって大丈夫!」
「大丈夫かどうかは君が決めるんじゃない!まったく……。で、ここにいるということは部屋の掃除は終わったのか?あと、"また"資料室を私物化している件は、社長に報告する」
「えーーー離してーーー銀ーーーたーすーけーてー!」
そんな様子を、銀は心配そうに見つめていた。
職員の男に睨まれていたから、能力を使って助け出すようなことはしなかった。
「……やっぱり。あの陛下、確かに予定は無いのですが、ほら、ここにいると、その……もうすぐ帰ってくるって……」
「『アザレア』の社長様がお戻りになられるなら、きちんと挨拶をしなくてはいけませんね。ネルロさん、僕はここでお帰りを待つことにします」
「い、いや〜〜〜それはちょっと困るな〜〜〜?あの人苦手なんですよ」
「なら、ネルロさんはお先にお戻りを。僕がわがままを言ったと、全部僕のせいにしてくれれば良いですよ」
「んなことできるわけ……」
ネルロは一度ガックリと項垂れたが、ハッと何かに気がついたように顔を上げた。
ネルロが誰よりも先に気がついたのは遠くから聞こえる馬の蹄の音。頭数は2頭以上で、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
その音を聞いたネルロは、建物前の道の中央にいたシャンドレットの手を引いて、道の端へと移動し、蹄の音がする方を見やった。
それから、ネルロ以外の者たちが馬の足音に気がつき始め、クロエは「おかえりなさーい!」と両手を振りながら声をあげ、銀はクロエの後ろでその姿を見つめ、『アザレア』の職員はスーツの襟などを正して"社長"を迎える姿勢を見せた。
まもなくして、2頭の馬が走り寄ってくるのが見えた。そのうちの1頭は雪のように白い馬であった。
その白馬を先導するように黒馬が駆け、白馬には國久、黒馬にはスーツ姿の女が乗っていた。
「……あー、あの人。結局馬に乗れてないのかぁ」
2頭の馬を見て、ネルロがポツリと呟く。
それから、集められた落ち葉を蹴散らして、タッカタッカと軽快に『アザレア』の前に馬が到着すると、「社長、おかえりなさいませ」と職員の男がどうどうと白馬を宥めた。
その間、國久は白馬の上から『アザレア』に集まる面々を見下ろした。
それから、シャンドレットとネルロに気がつくとはっとして、馬から滑り落ちるように降りた。
「……社長、危ないですよ」
黒馬に乗る女職員が冷静に言うが、國久がはっとした方向──つまりシャンドレットの存在に気がつくと、納得したように目を伏せ、自分も馬から降り、國久に続いた。
國久は馬から降りると、クロエが「おかえりなさい!おみやげは?」と言いながら國久の腰にしがみつくのを一先ず無視して、真っ先にシャンドレットの元へ歩み寄り、シャンドレットの目の前で傅き、頭を下げた。
それを見たシャンドレットは困ったように笑いながら言う。
「お帰りなさい。ご苦労様でした。このたびの報告については、また書類をまとめていただければ目を通したいと思います。僕に協力できることがあれば遠慮なく言ってくださいね。それと──」
シャンドレットは、持っていた箒を一度地面に置いて、自分の右手を自分の額に当て、左手を國久の額に当てて、ゆっくりと目を閉じた。
「風邪は万病のもとです。報告書を作るのは明日にして、今日はゆっくりとお休みください」
このシャンドレットの行動と言葉の意味を國久はよく分かっていたし、自分には相応しく無い行為だとも理解していた。
実際、シャンドレットの世話役であり且つ國久にはあまり良い印象を抱いていないネルロが、國久がシャンドレットから"余りある慈悲"を受けながらも平然としているその現状を見て、内心では國久を罵倒し、態度では國久をキッと睨みつけていた。
……尤も、國久が平然と"慈悲"を受けていたのは、傅く自分にクロエがのしかかっていたからであり、拒もうにも拒めなかったのが実際である。
そうして、シャンドレットは「それでは、失礼します。あ、また遊びに誘ってくださいね」と軽く挨拶をすると、箒を持ち、ネルロと共に立ち去った。
途中、ネルロが「あの人に陛下の能力は必要ないですよ。自分で解決できるはずですから」と話すと、「とんでもない、掃除も治癒も王の務め。魔物と戦えない僕にできることはこのくらいです」と、返していた。
シャンドレットがその場を立ち去ったことを確認すると、國久はしがみ付いているクロエを引き剥がしながらゆっくりと立ち上がった。それから、自分の額に手を当てる。
出張先で風邪を拗らせ、頭痛と眩暈、寒気に悩まされていた身体は、嘘のように楽になっていた。
「……嗚呼、あれが呪いとはな」
「呪い?……いや社長、そんなことよりあの王の従者はどうかと思いますが。王はともかく、非能力者にあんな敵意を向けられる筋合いは無いかと。少なくとも、"俺"は納得いきませんね」
國久が呟くと、黒馬に乗っていた女職員が言う。
「あら、ネルロさんはいい人よ?悪い人じゃないわ?確かにちょっと怖かったけど……」
突然物申したクロエに対し、女職員は無表情のままクロエに軽いゲンコツを食らわせた。「い、いったあい!」とクロエが叫ぶと、女職員は、國久に代わって、王と遊んでいたことや掃除が済んでいないこと、社長への態度がなっていないことをクドクドと叱っていた。
その間、國久はぼうっとシャンドレットが歩いて行った方向を見つめていた。かつて、シャンドレットの父親であろう領主の弟に呪いをかけられたことをぼんやりと思い出していた。
「あの、父上」
すると、声を掛けられた。
声の方──國久の正面から視線を落として見ると銀が立っていた。
「あの、お帰りなさい」
「嗚呼、ただいま。銀、私が不在にしている間、何か困ったことはあったか?」
「ううん、何も」
「そうか」
國久は微笑み、銀の頭を撫でた。
銀がそれを喜びニコニコと笑うと、その笑顔に応えるかのように銀を抱き上げた。
「──おい、危ないだろうが!」
そんな穏やかな時間の直後、誰かの怒声と馬の嘶きが聞こえた。
何かと思い声のした方向を見ると、特に何もない。
或いは、國久達から見えないところで何かが起こったらしい。その声からしばらくすると、また馬が嘶き、タッカタッカと蹄の音がする。
「……今の声、どうやら遅れていた荷馬のようですね。さて、住人でも轢いたのか。面倒だな」
女職員がそう言うと、間も無く荷物を積んだ馬と、それに跨った『アザレア』の男職員がやってきた。
「……あぶねえ。まじで轢いたかと思った」
「何事だ」
「ああ、社長。すみません、遅くなりました。あの魔物、しつこくてやむをえず殺しました。報復が無いと良いですが……」
「構わない。いずれ塔に向かうのに障害になるかもしれないからな。……で、轢いたとは?民との厄介ごとは……、正直勘弁して欲しいのだが」
「でも、ほんとに突然飛び出してきたんですよ。それに、謝りもしないで……。まあ、子供だったからかもしれませんけど」
「……子供?」
「ええ、ちょうど銀と同じくらいの。きっと、銀達が遊んでいたのを聞きつけて迷い込んだ村の子供でしょうよ。シャンドレット王が声かけてましたし」
「クロエ、銀、その子供と知り合いか?」
「いいえ?私たちいっつも3人よ?でも、シャンドレットが話しかけたなら次は一緒に遊べるかもしれないわ!えへへ、どんな子かしら!男の子?女の子?どっちどっち?」
「ええ……?ぱっと見じゃよくわかんなかったよ。服装は男の子っぽかったけど、顔は、綺麗だった。まあ、綺麗でもきちんと謝れないようじゃ、将来ろくな大人になれないな。……あ、社長。この馬は王家に返してきますね」
「ああ、わかった。さて、クロエと銀。今回の土産は荷物を運んでくれた者への報酬としよう」
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