第5話(END)

始動⑴



 こうして、ネルロは國久やクロエの推薦によって王家の御者となった。


 一方、國久、クロエ、銀の3名──『アザレア』はというと、魔物の調査に行くには到底人手不足であるから、ひとまずは人員確保のため各国を訪ねた。尤も、求心力を持つクロエを連れて行くことは、森を抜けることが困難であると判断したため、クロエには銀の世話と留守番を頼んだ。


 その事情を知ったネルロは、王家の御者を続けつつも、國久が不在にしている間はこっそりとクロエの様子を時折見るようになっていた。



 國久がまず向かったのは、自らの故郷である日本。

 そこでは亡領主の末妹リタとその家族が住んでいた。


 國久の来訪を知ったリタは迷わず、國久と再会することを決めた。

 領主の長弟エルフレムと長妹パトリシアが身を結ぶことなった後、リタは國久の提案を聞き日本を訪れ、そのまま居住することを決めた。



「こんにちは。ギルディアの英雄、そしてとっても"こわい人"──ふふ、お名前は國久さん、でしたね?」


「ええ、リタ様。ご無沙汰しております。英雄などとは、程遠いのですが……」


「またお会いできてうれしいです。ぜひ、國久さんにお礼を申し上げようと思っておりました。……この国はとても良い国です。特に、この辺は美味しいものが多くて、街に出ては色々なものを食べ歩いてしまって……ですから、そんな国を紹介してくださった貴方様に感謝を──」


「とんでもない。私は、何も……ん?」



 國久はふと、今自分が座っているクッション付きの上等な椅子の足元に、何か影のようなものを見た。

 なんだか嫌なモノのような気がしたから、リタの目を憚らず椅子の下を覗き込むと、何やら両手で包み込めるくらいの黒い毛玉のようなものがいた。



「……あら。そのお方は"貴女"を殺してしまうかもしれないから、早くお戻りなさい」


「え?」



 椅子の下を覗き込んでいた國久であったが、リタの言葉を聞き、思わず顔を上げた。

 リタはというと、國久の椅子の下にいる毛玉を"貴女"と呼び、視線を向けている。


 間も無く、黒い毛玉はリタの視線から逃げるように、椅子の後ろ──つまり國久の背後から、応接間の出入り口の扉まで一目散に移動し、扉と床の間の薄い隙間から出て行ってしまった。



「……な、なんですか。あれ。それに、私が殺してしまうというのは──もしかして魔物、では?」


「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。……本当はよく見てもらった方が良いのかもしれませんけれど、でも、私達が捕まえようとすると逃げてしまって。息子には、よく懐いているのですけれど……」


「え、む、息子?あ……、申し訳ない。ご結婚なされ、子供もいらっしゃるとは、存じ上げず……」


「いいえ、気にしないでください。きっとご存知でないと、わかっておりましたから。……本家への報告の際、私も國久さんのことを聞いたのですけれど、エルフレムお兄さまから、関わるなと言われてしまって……」


「……」


「それで、この様子だとおそらくは、王家と『アザレア』の繋がりはないのだなあと思いまして……。それから、心臓の病でエルフレムお兄さまが亡くなって、その後無事にお世継ぎが生まれて、けれどパトリシアお姉さまがお世継ぎを残したままいなくなって……ミシェルお兄さまに至っては、私を含む王家の人も知らない」


「──きっと、そのせいで、國久さんや村の皆さんもたくさんご苦労されましたよね。……ですから、一度はお会いしたいと思っていたのですけれど、身重と子育てを理由に、長らくそのままにしてしまって。今、こうして國久さんに再会できましたこと、本当に喜ばしく思います」



 リタは、深く礼をした。

 國久はすぐさま顔を上げるように促した。



「リタ様が考えていらっしゃるような、それこそ英雄と崇められるようなことは、していない。今日こちらにお伺いしたのも、大変不躾な話のためです」


「なんでしょうか?私にできること……、貴方様やギルディアの民のためにできることなら、ぜひ協力をしたいと思います」



 國久は、その言葉に少し驚いていた。

 リタとの関係は悪くないと思い、今回協力を仰ぎに来たわけであるが、リタの口から"協力したい"なんて言葉が出るとは、思わなかったのである。


 未だ、リタに対しては"交渉の奥の手"を使っていない。

 "奥の手"とは、クロエの求心力を利用するということであり、依頼の手紙の仕上げをクロエにやらせたり、手土産──とは言っても、クロエに用意できたのは紙を折って星型を作ることである──を相手に渡すことである。

 そうすることで、クロエがそばにいない場においても多少は人の心を惹きやすくなる。現にギルディアの掲示板に『アザレア』の職員を募集する旨の掲示をクロエと協力して行ったところ、『アザレア』に良い印象を持っていないはずのギルディアの民から、"協力したい"という言葉を放つ者が何人か出てきたのである。

 まさか、これほどにも早く効果が出ると思っていなかった國久は、リタの元に向かう準備を先にしてしまっていた。そのため、その者達とは、リタとの交渉を終えた後に面接を行うこととしている。


 この、梃子でも動かなかったギルディアの民を動かしたこの"奥の手"を使えば、ほとんど間違いなく状況は好転するだろう。


 だが、今は使っていない。

 これは、自分達に運が回ってきたということではないかと、そんな気がして──國久は、顔を上げたのである。



「協力をしてくださる……のですか?」


「え?ええ、迷惑でなければ──」


「……ならば、学校を作りたいのです!」


「ええ、それは良い考えですね!」



 國久は立ち上がりそうなほどの勢いで申し出た。

 リタはそんな國久に特に驚くことなく、即答した。



「え、え?……リタ様、それは?」


「え?私、何かおかしなこと言いましたか?」



 リタの即答っぷりに困惑する國久。

 それを見たリタはこてんと首を傾げ、「私は良いと思ったのですけど、なにか変でしたか?」と困ったように言う。

 変ではない、ここで國久がリタの答えを否定すればそれこそ、國久の当初の目的と矛盾するため、変になる。



「いや、少しは悩まれるかとおもって……。第一、まだどんな計画であるかも申し上げていないのに……」


「ああ、いけない!早とちりでしたか?……『アザレア』の学校を作って、みんなで能力を究めようとか、そういうことだと思っていたのですが」


「──ほら、ギルディアでは対して能力の扱い方を教えるのは殆どが親ですから。親と同系統の能力を引き継いでいれば良いですが、全てがそういうわけではなくて、全く違った能力を賜ることもあるでしょう?」


「──そういう場合は限られていて、独学か、あるいは"能力を使うことを最初から禁止する"しかなかったのです。だから、さまざまな能力者が一堂に会して知恵を合わせれば、きっと良くなると思うのです!」


「え、ええ……そうですね。その通りだと思います」



 國久はリタの勢いに流されるように相槌を打った。

 リタは國久が肯定すると、嬉しそうに笑った。


 実際、國久はそこまで考えていなかった。学校を作ろうと思い立った理由は、クロエのためである。本来ならクロエは、いわゆる小学校受験までして良い学校に入って学ぶことを予定していたところ、國久が『アザレア』に招待したことにより、それの権利を放棄した。

 その罪滅ぼし──とまでは考えないが、いつまでも勉強しないまま常識知らずであるのは、『アザレア』の業務上も"不便"だと、國久は思っていた。


 そうこう考えているうちに、リタの話がどんどんと進んでいく。

 長らく王家の末妹であったリタにとっては、これまでの生活においては兄や姉の決めたことが全てであったから、自分の意見がこれから反映されると思って、嬉しくなっていた。


 建物はどこに建てるかとか、教師はどうするかとか、資金援助はするだとか──とんとん拍子で話が進んだ。


 こうして、おおよそ1、2年後には、学校が完成するように話が進むこととなった。

 流石の國久も、この調子の良さが少し不気味に思えたが、これからやるべきことの多さに愕然として気味悪がっている場合ではない、と気合を入れたのだった。


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