出発⑵



 そうこうして、会話と道なかばアイスクリーム店への寄り道をしながら歩いていると、遠くに見えていた白い壁に青緑の屋根が映える美しい城の近くまで来て、選別落ち軍馬を求める人々の流れが目立つようになってきた。

 その人々は口々にシエントの馬は良い馬だからと話しており、ネルロその会話の端々からどの血筋が良い馬か、ある程度見当をつけていた。


 城が近くに見え始めてから、何度か門を潜り抜けたが、兵舎までしばらくネルロ達は歩いた。

 クロエが疲れていないか確認しつつ、馬の情報にも耳を傾けつつ歩いていると、城門の兵士に対して声を荒げている女がいた。



「この子を、この子を捧げるから、あの男に復讐を……ねえ、お願い、どうかどうか!あの男を殺したいの。私とこの子を捨てた、男を……!!ああ、星の天罰を!」



 復讐とか殺すとか、そんな物騒なことを言う女を、ネルロ含め道行く人々は冷たい目で見つめていた。

 その女は、長い黒髪に赤目で、よく見ると相当の美人であった。しかし、美人であることが相俟ってか、"悪魔"のようにすら見えた。



「頗る美人なのに、残念だなあ」



 ネルロが思わず口にすると、クロエがぎゅっとネルロの腕をつねった。それからこそこそと小さな声で言った。



「ネルロさん、女の人にシツレーよ?」


「う……、ご、ごめん」


「あの女の人、きっと辛いことがあったのよ。私のママも、弟が死んじゃったってわかってから、あんなふうに、怒ったりしたことあったの」


「そ、そうなんだ。なんかごめん」


「そう言う時は、パパみたいにね、ママの頭を撫でてあげると落ち着くんだって。パパもママも頑張ったおかげでママは少し元気になったの。だからあの女の人もきっと元気になれるわ!」


「そっか。そうだね。そうなれると……、いやきっと元気になる」


「うん!ネルロさんその調子だわ!」


「あれ、今僕が慰められてたっけ?」


「あ!お馬さん見えてきたわ!走ってる!」



 クロエの言う通り、女が番兵に向かって声を荒げていた城門から少し歩くと、まもなく兵舎の臨時放牧場に到着した。

 馬を見にきたらしい人の数は多かったが、放牧されている馬の数も多く、且つ馬の値段を見て「高すぎて手が出ない」と諦めていく人も少なくなかった。



「あ!ネルロさん!白いお馬さんも居るわ!すっごいキレイ!すっごーーい!」



 クロエは柵の前でぴょんぴょんと跳ねながら走る馬を見て喜んでいた。

 クロエが馬を見て楽しんでいる様子から、ネルロは自分だけが馬の商談に行こうかと思ったが、ふと國久の鋭い睨みが思い出されて、また目を離している隙にクロエに何かあっては大変だと思って、楽しんでいるクロエに申し訳ないと断ってから、二人で商談の待列に並んだ。

 思いの外列は早く進み、ネルロ達の順番となる。

 貴族の従者ばかり相手にしていた兵士達は、唐突に子連れの一般人が現れたことに驚き、嘲笑した。



「アンタら、ここがどう言う場所かわかっているのか?娘のお遊戯会で使う馬とはわけが違うんだぞ」


「……ぎ、ギルディアというところに向かうための馬が欲しい」


「ああ?ギルディアだって?アンタ、能力者か?」


「"能力"?僕にはなんのことだかよくわからない。とにかく、金なら用意してある。あとはこちらで可能なら、大人と子供2人ずつが乗れる4人用の馬車も一緒に融通していただきたい」


「へえ……。能力者でもないのに、あの森を抜けて、ギルディアねえ。あんな田舎の何が良いんだか知らないが、俺もその子と同じくらいの子供がいる。だから悪いことは言わないから、やめておいた方がいい」


「いや、でも……」


「金の問題とかではない。今は森に近づかない方がいい。聞けば森向こうで、結構な人が魔物に襲われて死んだって」


「……魔物?でも、あれでしょう?ギルディアの何とかって組織が魔物を退治してくれるって……」


「我々でも魔物相手に手を焼くのに?第一、ギルディアにそんな組織があるなんて聞いたことがない。アンタら、誰かに騙されてんじゃないのか?」


「……だ、騙されている?」



 ネルロは顔を硬らせた。

 兵士が嘘を言っているとも思えないし、よほどのことがない限り嘘を吐く理由もない。


 すると、押し黙ったネルロに変わって、ひょこりとクロエが顔を出した。



「國久さんは悪くないわ!どうしてそんなひどいこと言うの?」


「ちょ、ちょっと、クロエちゃん……」


「國久さん、私のこと助けてくれたし、私のお願いも聞いて、ここに連れてきてくれたの!騙すなんて、悪い人じゃないわ!」



 クロエは被っていたフードが煩わしくなったのか取り去って、必死に兵士に向かって抗議した。



「……まあ、我々の知ったことではない、か。金があるなら取引はする。ただし、一つアドバイスすると、森を抜けるには馬車は向かない。馬車を買うくらいなら、馬を2頭、荷物運び用に1頭の方がいい。アンタ、馬には乗れるんだろう?」


「え、あ、ああ。僕は乗れるけど、あの人はどうかな……。馬車に拘っていたから、多分乗ったことがないのかもしれない。……僕を雇ったのは、そう言う理由かも……」


「はあ、馬にも乗れない奴がいるのか。だったら、温厚なのを1頭融通してやるから、それでいいか。聞いているこちらが心配になってくるから、アンタ、それにその娘さんも、自分のためだと思ってきちんと契約の内容は確認することだな」


「……あとで、確認してみます」



 ネルロは不安になりながらも、兵士の提案の通り、馬を3頭、そして必要な馬具を購入した。

 それでも國久に預かった金は想定よりも余りが発生したため、余りは國久に返すこととした。


 3頭のうち1頭にネルロはクロエと一緒に跨り、残り2頭は馬具を繋いで後ろに引き連れる。

 不安によってか、ネルロは観光まで行う気にはならず、さらにクロエも自分が選んだ馬を買ったことを國久に早く伝えたいのか、早々に、國久が待つ東の国境門に向かった。


 出国の手続きを済ませ、国境門を出る。

 國久の姿は無かったが、国境門の番兵に、目付きの鋭い男が出て行かなかったかを問うたときに、国境門から少し進んだ先にある、3本の木と大岩の近くで待っていると言付けがあることを聞いた。

 言付けの通り進むと、3本の木と大岩が見え、大岩の下に荷物と、銀が置き去りになっていた。



「あ、銀だ!」


「……いや、社長ってば。子供置きっ放しか」



 クロエは呼び声とともに馬を飛び降りて、銀に近づくと銀はキャッキャと笑う。

 それから、「お姉ちゃんがきましたよ〜」と言いながら、当然のように銀を背負った。



「國久さん、どこに行っちゃったのかしら。また煙が出る棒を吸ってるのかしら?」


「少し、みてくるよ。二人で待ってる?それとも、乗ってく?」


「ううん!大丈夫。ネルロさんが探している間に國久さんが帰ってきたらいれちがいになっちゃう、だからここで待ってるわ?」


「本当?大丈夫?じゃあ……すぐ戻ってくるからここでじっとしててね」


「うん!何かあったら叫ぶから大丈夫!」



 いってらっしゃーい、とクロエはネルロに向かって手を振った。実のところ、クロエが待つと言った理由は國久を待つためとかではなくて、単にネルロが馬に乗って走っている様子を遠くから見たかったがためである。

 その証拠に、ネルロが馬に乗ってかけている最中は、「すごーいかっこいー!」と、またぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。


 一方馬に乗って駆け出したネルロは、まもなく國久の姿を発見した。

 國久は、大岩から少し離れたところに一人ポツンと立っていて、視線をまっすぐ遠くに見える森の方に向けていた。

 やがて馬が駆ける音を聞いたのか、ネルロの方を向いて、ふうっと煙を吐いた。



「社長!ったく、大事な子供置きっ放しで、何一服してんだ!」


「……嗚呼、ネルロさん。馬は調達できたみたいで何より。ご苦労だった。……早速で悪いが、見ていたところ状況があまり芳しくない。森の木々がざわついているから、もしかしたら大物に出くわすかもな」


「……大物って。社長、あの森って魔物がいるんだよな?でも、社長の何とかって組織が倒してるんだろう?」


「人員には限りがある、手に負えない奴もいるからな。森の中全部っていうわけにはいかない」


「……そ、そうか。あ、社長って、乗馬の経験はあるかい?」


「無いから今ここに貴公が居るのだが?」


「……やっぱり、ですよね。いやあ、シエント兵隊さんに選別落ちの軍馬を買わせてもらったんだけど、その時に、馬車は森の中の道に合わないってアドバイスをもらってさ。結局、僕と社長が乗る馬と、荷物持ちの馬、合計で3頭買ったんだ。勝手なことしてすんません。でも社長が乗る馬は温厚な馬にしてもらったから……」


「まあ、構わん。……乗り方は貴公にご教授願うことになるが」


「はい、その辺は任せてくれ!あ、じゃあせっかくだ、あの大岩までこの馬を使って練習しよう!」



 ネルロは馬を降り、國久に対して馬の乗り方のあれこれを簡単に教えた。

 その後、習うより慣れろということで早速走らせたが……結果、國久には馬に乗る才がないことが見事に証明された。その度合いは、この短い時間でネルロが「だめだこりゃ!!」と叫びまくるほどだった。

 その頃、クロエはというと、暴れ馬に跨る國久を見て「國久さんすっごーーーーい!」と歓声をあげていた。


 それからさらに30分ほど時間をかけ、國久は馬に跨ってバランスを取るくらいまで成長を遂げた。尤も、跨るだけであって、指示はおろか、きちんとした乗り降りだってできるようにはならなかった。



「……、疲れた」


「僕も疲れた……」


「でも國久さん、かっこよかったわ!」


「……しかし、社長。クロエちゃんに会いに来る時だって、ギルディアからシエントまでは移動する必要があったんだろ?馬にも乗れずに、どうやってきたんだ?まさか、歩いてきたとか言う?」


「……そのまさか、だが?」


「まじ?荷物持って、子供背負って?」


「ああ。私にとってはその方が安全だ。馬に振り落とされて腰を打つ心配もないし、銀は背負っていれば、たとえ魔物に襲われても私の身体の一部として守ってやることができる。しかし、今はクロエが居る。そこまで面倒は見切れない。だから貴公に馬の繰り手を頼み、これから森を突っ切ろうとしている」


「……なんつーか相変わらず規格外ってか、常識外れてんだな。社長って」


「いや、常識的だと思うが。銀だけなら守れる。クロエが加わると手に負えないというだけだ。私の能力はそんな万能じゃない」


「……はいはい」


「國久さん、私、おじゃまなの?」


「邪魔ではない、むしろ必要だ。が、ここだけは何があっても私の言うことを聞け。ネルロさんも」



 國久はネルロに温厚な馬の上に乗せてもらいながら言う。

 ネルロは國久を馬に乗せた後、1頭に荷物を括り付け、残りの1頭に跨ろうとした。


 すると、國久がネルロに向かって言った。



「順番は、ネルロさん、クロエ、銀の馬が1番先頭、2番目に荷物、3番目に私の馬になるよう、繋げてほしい」


「え!?1番乗れない人が!?最後!?」


「この中で1番戦える人間は私しかいないのだがな?貴公がやってくれるなら喜んで先を行かせてもらうが?」


「いや、いや、なんでもありません、社長!」


「……森の中は全力で駆け抜ける。途中何があっても止まるな。森を抜けたら平原がしばらく続くが、村まではまっすぐ走り抜けろ。最悪、ギルディアの国境を突き抜けてブッ壊して侵入したって構わん。全部魔物のせいにすれば、村の連中も文句は言わない。私には何か言いつけてくると思うが、な」


「國久さん、一人で大丈夫なの?私、何か手伝う?」


「いいや。お前の髪飾りがあればと思ったが、今回はネルロと一緒に走り抜けて欲しい。そうじゃないと、お前に引き寄せられる魔物も出てくるだろう?」


「あ、そっか!」


「え!?そうなの!?社長、まさか僕たち囮じゃ……」


「囮に使うならもう少し価値のないものを選ぶね。例えば、私とか。……ともかく、ここがこの旅の一番の山場だ。気を引き締めていけ」


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