とんだ災難⑵



「……と、まあ。私はクロエの父親では無いのだが、こうして、貴公の馬車と馬は良い値段で売れた」


「いやいやいやいや、超展開すぎでしょ!?」



 銀を抱く姿がすっかり様になっている元御者は、テーブルの上に広がる馳走を前にしながら、嘆きをあげた。

 その嘆きはレストラン全体に広がり、國久一行に視線が集まる。その視線をひと睨みで蹴散らすと、國久はジャンボマッシュルームのステーキにナイフを入れ、フォークで口に運ぶ前に、クロエが國久の皿に避けた甘くない人参をクロエの皿に戻した。



「あら、國久さん、好き嫌いはよくないわ?」


「そうだな」



 簡単な受け答えであった。

 しかし、しばらくは甘くない人参が二人の皿を行き来したが、とうとう國久が強引にクロエの口元へ人参を突き出して、攻防戦は國久の勝利に終わった。



「って、なんで二人で優雅に飯食ってんだ!僕の人生が終わろうとしてるのに!?馬も、馬車も、全部売却されて、僕、仕事が……ああ……」


「いや、"ネルロさん"。それは違う」



 國久は改めて御者の名前を呼び直し、言葉を続けた。



「先に話した。貴公には今回の交渉が上手く行ったら仕事を頼みたい、と。つまり、ぜひ私とクロエと共に働いてほしい」


「そ、そんな、強引な……。ここで仮に僕が断ったとしたらどうするつもりだったんだ。第一、僕のような街の嫌われ者じゃなくて、もっと良い奴がいっぱいいるでしょうに!」


「そうだろうな。しかし、私が出会ったのは貴公だ。正直なところ、足さえ有れば貴公でなくてもいい。誰でも構わない。だから貴公を選んだとも言える」


「……それは、そうだけんども!何か一言、話があっても良かったんじゃないか?」


「話をしようとしたが既に貴公は狂っていたし、私自身も後戻りはできなくなったと言うわけだ。能力者と非能力者で、影響に差が出るのかもしれない。いや、能力者でも防御や耐性がなければ──」


「ああ、もう。頭の良い人の言っていることはよくわからないよ」


「いや、私もこの件に関しては研究段階で、今も色々試しているところ……」


「ああ、はいはい……、もういいよ……」



 元御者ネルロは國久との会話がつながらないことを悟るとがっくりと項垂れた。

 それから、目を覚ました時、唐突に「貴公の荷物だ」と言われて渡された上等な旅行鞄が足元に置いてあるのを見つめた。



「馬車じゃないおじさま、ネルロさん?大丈夫?具合悪いの?お料理食べないと冷めちゃうわ?」


「ああ、うん。……育ち盛りのクロエちゃんにあげる」


「ほんと!?じゃあ、お肉……」


「クロエ。遠慮しろ」



 國久はクロエがお皿を差し出すのをやめさせながら、また、クロエが被っていたフードをさっと取った。



「あ、國久さん!どうしてお帽子取っちゃうの?私、魔法使いだから帽子は被っていなきゃダメなの!」



 それに帽子被っていなさいって言ったのは國久さんなのに──と、クロエが文句を言うと、國久は戯けた様子で軽く肩をすくめた。

 その間、横目でネルロを見つめていると、ネルロはフードを被り直しているクロエの姿に釘付けになっており、相変わらず"毒気"にやられている様子が窺えた。

 クロエがフードを被り終えてから、もう一度ネルロに料理を強請ると、ネルロは深く深くため息をついて、「こんな小さな子を想い煩うなんて、良くない。ああ、僕は病気だ……」と悲しそうに言って、また項垂れた。しかし、それからすぐに、ぐわっと顔を上げて……



「……やっぱりお腹が空いてきた!!クロエちゃん、ごめん!!」



 と、言ってからガツガツと目の前の料理を食べ始めた。



「ええ、ええ!ネルロさんが元気になってよかったわ!いっぱい食べて!あ、ほら、にんじんもあげるわ!」



 クロエは嫌いな甘く無い人参をフォークに刺して、目の前に座るネルロの口元へ差し出した。

 ネルロはその人参を、大口開けてバクリと口に入れると、何故だか國久に対して誇らしげな笑みを見せつけた。


 そんなネルロに対しては、國久は特に顔色などを変えることなく、またマッシュルームのステーキを口に入れた。



「で、どうする?……貴公がいれば、クロエも寂しくは無いだろう。なあ、クロエ?」



 マッシュルームステーキと付け合わせのポテトフライを食べ終えてから、國久は改めて問うた。



「ん?え?ネルロさんも一緒に来てくれるの?本当っ?わあ、嬉しい!國久さんのお家に着くまで、一緒にしりとりしましょ?なぞなぞでも良いわ!私、いっぱい知ってるの!」


「……ああ。うん、はい……」



 再びクロエの無邪気さに骨抜きにされたのか、ネルロは特に抵抗することなく頷いた。



「……なんだ、少しは文句を言うと思ったが。ではネルロさん。それとクロエ。これからどうぞ宜しく。食事を済ませたら、次は飛行機に乗って……、恐らくどこかで一泊する。ギルディアに戻るのは明日の夕方頃。……何事もなければな」



 そう言って、國久は席を立った。

 それから、一服してくるから銀を頼むと言い残し、マーキュリーからもらった銀色のアタッシュケースを持って店の外へ出た。



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