第4話

とんだ災難⑴


「どう、どう……」



 國久達を乗せた箱馬車は、とある商会の簡易厩舎にて、見習いらしい商人の先導のもと停車した。

 すると間もなく、國久は降り、続いて外套のフードを目深に被ったクロエも降りてきた。


 見習商人は、"御者無しで正確に動く馬車"から降りてきた二人を──特に、一張羅を纏う國久の姿は、下っ端商人の目にも特別に映った。



「よ、ようこそ!本日はどう言ったご用件でありましょうか?」


「……これからこの街を出立するため、旅支度を整えるのと、この馬と馬車を売却に来た。こちらで取引ができればこのまま、できなければ他を当たるから紹介してほしい」


「は、あ、はい!弊社で取引をさせていただきたく思います。しゅ、主人を呼んできますので少々お待ちください」



 そう断って、見習商人は店の中へ入って行ってしまった。

 その様子を見て、國久はポツンと「入る店を間違えたかもな」と呟いた。



「國久さん、間違えちゃったの?」


「別に本当の意味じゃない。いくら小僧とはいえ、客を店先に放っておくようじゃ、高が知れているということだ」


「ふうん……よくわからないわ。ん、ふわあ……。眠い……」


「少し我慢しろ」


「ん。國久さんのご用が終わったら、ご飯が食べたい。……お腹すいた」


「眠かったり腹が空いたり大変だな。……良い飯が食べたいのなら自分で、これからくる旦那に強請るんだな」


「國久さんじゃなくて?」


「ああ。その方が効果……」



 突然、店の方から「馬鹿者!!」という怒声が響いた。それから、バタバタと騒がしくなる。

 どうやら、見習商人が國久という客を店前に置き去りしにしたことについて叱ったらしい。


 間もなく、店の中からこれまたいかにもな、恰幅の良い男が現れて、ちょこちょことした歩みで國久の元へと駆け寄ってきた。



「ようこそ、お越しくださいました!うちの小僧が申し訳ありません。経験が浅く、このように店前でお待ちいただくようなこと……」


「いいや、構わない。私たちもあの馬車の中に下の子を待たせているから、店の中までは離れられない。きっと小僧さんも、それを配慮してくださったことだろう」


「は、あ、左様でしたか!はは、小僧には、言ってよく聞かせます。……して、本日は旅支度と、馬と馬車の売却にいらしたと伺っております。予算や売却の希望価格などはお決まりでしょうか?」


「実のところ、私とこの子の支度は整っているのだが、もう一人の男の支度だけが済んでいなくてね。つまり、旅支度は一人分。予算は旦那自身が旅をするのに最低限必要なものと言うことで、お任せしたい」


「はは、なるほど。とすると、支度にいらしたわけではない、と言うことですね?」


「本題は馬と馬車の売却だ。旦那ならば、それなりに値段をつけてくれると思っている」


「……かしこまりました。ではお急ぎでしょうから早めに査定を済ませ、男性一人の支度については商会のつてで早々にご用意します。30……いえ、20分ほどお待ちいただけますか」


「ああ。……そうだ。クロエ、もうこの馬車ともお馬ともお別れになるから、次の人に大事にしてもらえるように、旦那にお願いしておきなさい」



 そうクロエに言うと、國久はクロエの頭を軽く撫でる振りをして、クロエが深く被っているフードをサッと取った。



「おぉ……」



 クロエの顔を見た商店主人は、思いがけず感嘆の声を上げる。

 一方クロエは、フードが取れてしまったことに気がついて、國久の言いつけを守るためにもう一度目深にフードを被り直した。



「あ、そうよね!お馬さんも新しいお家へ行くのなら優しい人のところに行くのが嬉しいと思うわ。"旦那のおじさま"、きっと、きっとお馬さんを良いところに連れて行ってあげてね!……あ、あと、少しお腹が空いた、わ?」



 クロエは早速國久に言われたように、よくわからずも自らの空腹を商店主人に訴えた。

 そんなクロエの無邪気さに、商人らしく固くなっていた商店主人の顔が綻んだ。



「ははは、お嬢ちゃん。このお馬が好きなのかい?」


「うん!お空も飛べるのよ!それにそれに、すっごく速いの!」


「おお、そいつはすごいなあ!よし来た、お嬢ちゃんに免じて、お嬢ちゃんの大事なお馬と馬車には良い値をつけよう。上乗せした分は、きっと君の"パパ"がお嬢ちゃんにおいしい物を食べさせてくれるに違いない!ですよね!?」


「贅沢は極力させないつもりだが、本当に良い値がついたら、な」



 國久が答えると、商人主人は「しばしお待ちを!」と大きな声で言って、國久を店前に先導した小僧を含めた若い商人達にあれこれ指示を出し始めた。

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