第2話
耽溺の少女⑴
ガタガタと箱馬車が揺れる。
車輪が小石を踏んだのか、一際大きな揺れのせいにより、窓に寄りかかって目を瞑っていた國久は、ゴツンと頭をぶつけた。
痛みにより微睡みから覚め、窓から外を眺めると、箱馬車に乗った時の景色と、今いる場所の景色はそれほど変わっていなかった。
建ち並ぶ綺麗に統一された家々、舗装された道、行き交う人々──何もかもが"発展途上の田舎村"とは異なっており、國久は少し目眩がしていた。
國久は、ここまで働き詰めであった。目的地に到着するまで時間があればもう少し仮眠を取ろうと思い、手綱を握る御者に到着時刻を尋ねると「5分」と答えが返ってくる。
5分では仮眠を取っても余計に疲れるだけだと感じた國久は、御者に「目的地まで眠らないように、なんでもいいから話をしてほしい」と頼んだ。
御者はまるでその提案を待ち望んでいたかのように、意気揚々と話を始めた。
「お客さん、どこの国から来たんだい?その格好はこの辺じゃ珍しいじゃないか?」
「ギルディアという小さな村から来た。この服は東洋にある私の故郷の物だ」
「へえ、ギルディア……。聞いたことあるよ!何でも魔物の森に囲まれた辺鄙な場所にあるっていう……ああ、気を悪くしたらごめんよ、一般認識としての評価だからさ」
「ああ、わかっている。その噂通りの村だ。……しかし、ここまで噂が届いているとは、驚いたな」
驚いた、という割には國久は無表情だった。
ただ、声音だけを驚いたように変えることで御者からの反応を誘っていた──他でもない、國久自身が噂を作り出した張本人だから、その評判を気にしていた。
「ええっ?ギルディアでは身近すぎて話題になっていないのかい?ギルディアの"なんとか研究所"通称『アザレア』ってのが、能力者を集めているんだと。ギルディアいちばんの研究機関が行うめちゃくちゃ重要ですごーい研究のために、いろんな能力者に声をかけているらしいんだ。僕の友達の友達も、そう言う手紙が届いたんだって」
確か、手紙に書いてあった名前の人も東洋人って言ってたかなあ──
御者の言葉を聞き流しながら、國久は、自分で蒔いた噂の種が多少の差異はあれどうまく広がっていることに安堵し、ふうっとため息を吐いた。
特に、何もすることがないから──
あの末妹には、直接そんなことは答えなかったが……ともあれ、國久が"王家"の長弟に"呪い"を受けてから、早5年が経過していた。
5年間の間に領主家には後継が生まれ、現在は王として、齢3つにして教育が始まったのだとか。
國久はあれから王家に入ることを控えているため、世継ぎの子に関する情報は得ていない。
一方國久は、呪いを受けた後の5年間は、とにかく、魔物の研究機関を作るために奔走した。
結成のための援助依頼をした王家からは、もちろん音沙汰なく、相変わらず民からの当たりも強かった。
あの日──、國久が領主家を後にし家に帰ってみれば、燃えてなくなっていた。
誰の仕業か、魔物の襲撃か……原因はわからないが、王家の従者に言った冗談が現実となり、焼け落ちた家の前で、一人で大笑いした。
笑って吹っ切れた國久は亡き領主が残した白い建物に戻り、その後の計画を練った。が、素人の國久には、魔物を研究するということ以外に特に思いつかなかった。
その日は眠り、翌日國久は魔物の調査を始めた。
しかしながら、國久だけでは手が回らないどころか、未だ暴走した魔物がギルディア周辺を彷徨いており、調査どころではなかった。
ギルディアの人々が生きるため、魔物暴走の原因調査とその対策又は根絶を宣言したが、とても一人でできることではない。
それに、直接命令は下されていないにしても、遺された4兄弟の前でそう宣ったからには、ギルディアの民を守る役目にも負っている。
曲がりなりにも、國久は"英雄"なのだ。
だから、今後、魔物に関する傷害事件が起こった暁には、國久の責任を問われても仕方のないことだった。
そこで、國久は一旦調査を保留し、人員を確保することを考えた。一番身近にいるのはギルディアの民であるが、魔物の調査に協力してくれと話を持ちかけても、協力するものは誰一人いなかった──魔物討伐に意欲的だった人々は、皆死んでいる。
すると、どんどん方法は限られるが、ふと"世継ぎ"のことを思い出した。自分が組織を立ち上げた後、なんらかの理由で自分が死ぬこととなった場合に、後を継ぐ者が必要──王家の世継ぎ争いや、リーダーがいなくなった後の集団の崩壊を、今回の魔物暴走事件で目の当たりにした。
せっかく組織を作り上げた後、現在のリーダーである自分が死ぬだけで、余計な争いを生み、効率が悪くなるのならば、跡目は最初から決めておくべきであった。
それも、誰から見ても異議を唱えられない人物で、且つ國久自身が信頼できる人物が、条件──國久が信頼できる者"いう条件の時点で、特別有名人ではなくただの自殺志願者だった國久を信じる者は誰もいない。
ならば、どうしたか──
答えは王家の世継ぎ争いの結果にあった。
信頼でき、跡目に相応しいものが存在しないのであれば──人間の生殖機能を使って"作ればいい"。
存外に、相手は早く見つかった。
ギルディアのような小さな村では見つからないから、一度村を出て、なんとか森を抜け、森向こうの大国──シエント帝国で相手を探しながら生活をしていた。
子供を作ることだけが目的の國久は、相手の容姿だとか財産、愛情の有無などは眼中にない。
だから、法外な報酬を求められない限り、子供を作れるものなら誰だろうと受け入れる気でいた。
その募集方法も雑で、軍警の目のつかない場所に、"組織の跡目を作る相手を募集"という簡単な貼り紙で済ませた。
シエント帝国はギルディアの何倍も広い大国ではあるが、流石に、この明らかに怪しい且つ倫理に反する貼り紙を見てやってくる者はいないと、1週間何事もなければ、真剣に交際相手を決めようと考えていた。──尤も、國久にとって、真剣に相手を決める方が困難を極めるから、貼り紙で済ませたわけだが。
四日目の晩のこと。
半ば諦めていた國久が泊まるホテルに来客があった。この時國久を訪ねてくるものといえば、倫理に反する貼り紙を発見した軍警か、國久の相手となる女である。
扉を開けると、後者であった。
黒く長い髪、赤い目、そして美女──
その女について國久の第一印象は、"悪魔"。
貼り紙を見て来た、と言う女は"宮藤 梓"と名乗った。奇しくも國久と同郷であった。
國久は梓に張り紙の内容をもう一度確認させ、そして、子供を産むという対価として何を望むかを問うた。
"婚約の破棄"、それに一役買ってほしい──
そんなことを、まっすぐ國久を見つめて言った。
聞けば、梓は天文学者を志す者だった。
しかし、両親や親族から反対され、一人の女として、想いもしない相手と婚約を結ばされたのだとか。自由に学問を修めたい彼女にとって、この婚約と両親含む親族等の束縛が不自由であるのだと。
だから、あからさまに。親族や婚約相手だけでなく他人から目に見えるように、不貞行為をしてほしい。それには、梓だけではなく國久自身も、親族類から恨まれることになるだろう、と。
國久には、この申出を断る理由はなかった。
彼女の親類や婚約者から恨まれようが、命の危険がない限りは、王家に呪いをかけられた身の上ということもあり、今更問題にはならなかった。
強いて言うなら、今後組織を結成する上で悪評が流れるかもしれないという点であったが、彼女の家はこのシエント帝国都市部から遠く外れたスラム街付近の家。身分は中の下であるため影響力は少ない。
一方で、梓の婚約者というのは、それなりの地位にある男であるらしいが、ただ彼女の悪魔的に美しい容姿に惹かれて婚約を決めたらしい。
いわゆる身分違いの婚約関係であるがために、誰よりも世間の目を気にする立場である。身分の低い梓が婚約者を差し置いて、素性の全く知れぬ他の男と通じているともなれば、噂が大きくなる前に相手の方から手を引くことは目に見えていた。
条件はよく整っていた。
そして断る理由もない。
國久は一日だけ日を置いたあと、梓と関係を結ぶことになった。ただ、跡継ぎを産む対価としては梓の要求があまりにも少なく感じたから、学問を治めるための自由も保証した。
婚約が破棄されてからも彼女の両親は、彼女の学問の道を閉ざそうとしたから、絶縁に協力した。
女が天文学者の道へ進むことを否定する者がいたから、彼女を推薦する高名な学者を演じ、それらを説き伏せた。
國久は、特に語学について堪能であり、また容姿も整っているから、ある程度知識を身につけて高名な学者を演じれば、梓に突っかかる大抵の人は國久を信じた。
……要は、優秀な学者が"女"であることを、世間は嫌っていたのだが、國久はそれを、梓と共に正していった。
一方、梓は男である國久をすこし羨んで愚痴をこぼすのだが、國久と出会う前よりもずっと楽に学問を収めることができ、助けられていた。
そして、いつしか、梓は國久を慕うようになった。
しかし、結局のところ二人の愛は実らなかった。
國久自身には、梓を想う気持ちがなかった。
梓に多く協力し、共に生活し、跡取りの子供にも恵まれた。他人からは夫婦にさえ見えるほどではあったが、國久にとって、梓は"契約相手"でしかなかった。
最初から、一つの目的──ギルディアに厄災をもたらした原因を調査する組織を作ることしか、頭になかった。
そのことを梓に伝えたのは、妊娠後期になってから。
幸か不幸か──二つの命をお腹に宿した梓に、國久は自分の真意を改めて伝えた。
それからは、二人は言葉を交わすことがなくなった。
まもなく出産の日を迎え、帝王切開で梓のお腹から取り出された跡取りの"兄"と共に、國久は、梓が麻酔から目覚める前に、梓の元を去った。
以来、國久と梓、そして梓に託した双子の弟とは顔を合わせていない。今後も、会うことはない。
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