ボツ

ミステリーっぽいやつ

 意識が醒め、そっと目を開ける。その瞳に無遠慮に射し込んでくる朝日などは存在せず、遂に自らの目は機能を失ったのではと勘違いするほどの暗闇が眼前に広がっていた。

 眼鏡を持ち上げ目を擦る。光は見えない。幼い頃から視力の低かった神崎かんざき正哉まさやにとって、失明は常に付き纏っていた恐れの的だ。

 しかしいくら失明したからといって、完全に視界が真っ暗になることはあまりない。極端にピントが合わなかったり、黒い斑点が浮かび上がって見えたりなら世の中的にはあるものだが、昨日の今日でいきなり暗闇に放り込まれたような見え方は、普通起きることはない。要するに、今普通ではないことが起きているのだと、そう結論に至った。


 ほとんど取り乱さずにいる正哉の心中は、冷静に事態の把握を促す。自分が原因でないのなら、それは周りの問題だろう。自身の心拍数を頼りに約三分を計測したが、顔の前に掲げた自分の手すらも捉えるのが不可能なほど、いまだにその目は暗闇に馴染めない。それはこの空間に光がないことを意味する。


 だとしたら、ここはどこだろうか。日常生活の中では、光のない空間に閉じ込められることなんてほぼ無い。仮に停電したとしても多少なり見えるものもあるはずだ。地面、そしてもたれている壁の材質を指先で触れてみるが、どちらも木の板を思わせる質感で、少なくとも自宅ではないと考える。

 続いて自分自身の状態。肌触りから、普段よく着ているエバーグリーンのポロシャツとわかる。ボトムスはジャージ。靴は履いておらず靴下の状態で、ポケットに入れていたはずのスマートフォンと財布はなくなっている。拉致してきた奴らに奪われたのだろう。


 明らかに、何かしらの事件に巻き込まれてる。正哉は直感でそう感じた。せり上がってくる恐怖を己の理性で抑え、身の安全の確保の方法を模索する。こういう時、無闇に声を出さない方がいいというのも理解している。大声で助けを求めるなんてもってのほかだ。家が崩れて瓦礫の下敷きになっているのならまだしも、幸い手足の自由も利くし、呼吸もしっかり行えている。

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芝生に落ちる光のような言葉たち 橙真らた @tokt_73kk

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