きっと誰かの戒め①

*某アニメに触発されて、こういうヒロインの心情描写を自分なりに書いてみたいなーと思い、書きました(2次創作ではないので、モデル作と設定は違います)




 いつものような朝を迎えた。

 昔は、朝は苦手だったようにも感じる。今は苦手なのかもわからない。


 もともと私は、どんな時だろうと構わず元気を振り撒くわんぱくな子だった。らしい。

 これは姉から聞いた話だから、その言葉をもとに、自分のなかで足りない部分を補って、過去の記憶として額縁に仕舞っている。自分が周りから見てどれだけ明るい子だったのかを自身で知ることはできない。


 ただひとつだけ、分かるとすれば。


 彼のことが、好きだった。


 でもそれは、彼のことが好きな私──つまり「彼のことを見ている私」を知っているだけで、「彼から見た私」は何一つ分からない。知ろうとする気が無いのなら問題は無いのだが、それを知りたいと思っていた時期があるから、相手の心の内を知る術がないことに、子供ながらに絶望していた。


 小学六年生の頃だった。

 同じクラスにいて、顔も名前も知っていたけど、そんなにたくさんは話したことのない男の子だった。


 毎週金曜日の午後五時から始まるギター教室に、彼は通っていた。


 私は小学六年生になってから、そのギター教室に通い始めた。このときはまだ、彼がそこに通っていることは知らなかった。

 学校で、プロのギタリストを招待してその演奏を聴くイベントがあって、それに私はモロに影響を受けた。

 あんなにきれいな音を、人間の手で響かせることができるなんて。そう思えるほど生のギターの音色に心を奪われた私は、学校から帰ってすぐ、お母さんに「ギターやりたい」と大はしゃぎで伝えた記憶がある。

 私にとって残しておきたい記憶は、彼と出会ってから、一度離れるまでのことだけだ。だから、ギターを弾けるようになりたいと思ってから彼と出会うまでの記憶は、ほとんど無い。

 だけど初めて教室に通った日のことは、今でもよく覚えている。正直なところ、緊張と興奮が高まりすぎて自分の名前すらまともに発音できなかったという記憶は消しておきたいのだけれど、そればかりは勿体ないような気がした。なぜならそれが、彼を知るきっかけだったから。





 カーテンを開け、晴れやかな光が目に入ってきて一瞬気分が高揚するが、それもすぐに冷め、いつものように世界に押し潰されそうな気になる。

 休日なのだからわざわざ早く起きる必要もないのだけど、目が覚めているのに横たわったままでいることが何となく嫌だった。そのくせ、こうして起き上がって一日の準備を始めることの意義を見失い、もはや何のために生きているんだろうと思い始める。


 カーテンを全て開けるのは私には栄養過多だったので、本来の半分くらい日の光が入るようにしてから、部屋を後にした。


 キッチンに立って、油を敷いたフライパンの上に卵を割った。昔と違って少し爪が長いから卵は割りやすかった。爪が生卵に触れるのは衛生的によくないだろうとは思っているけど、まあその程度で死ぬわけじゃないはずだし、あまり気にしないことにしている。

 軽く手を洗ってから、またフライパンの前に立つ。不透明になっていく白身をぼうっと眺めながら、さっき顔を洗ったときに見てしまった鏡に映る自分の顔を思い出した。

 はっきり言ってひどい顔だった。美人だとか不細工だとか、そういった造形の質は別として、口元に力はなくて、目は生気を感じられず。少し肌も荒れていた。目のくまも目立っている。自分がこんなにやつれた顔をする筈がないと頑張って目を思い切り見開いてみたのだが、死んだ魚の目がより見やすくなっただけで、かえって気が沈んだ。


 しばらく自分のあんな表情は御免だと、今更ながら目を閉じて思う。次第に私の頭に入り込んでくるのは、パチパチとした甲高い破裂音の連続だった。そういえば卵を焼いているんだったと、そしてこれは油の跳ねている音なんだと思い出して、目を開ける。さあどれくらい焼けているのかと覗いてみると、当たり前だがそこには目玉焼きがあった。まだ半熟だったが、その白とオレンジのと視線が合ったことで、さっきの自分の目とそれを重ね合わせてしまった。フライパンの面に鎮座する夕日みたいな瞳は艶やかで、いっそ目玉焼きになりたいなと訳の分からないことを考えてしまったところで幸いなことに我に返る。私は目玉焼きは半熟派だけど、艶の残るままの瞳を食すのはどうしてか少し悔しいので、しっかり黄身も焼いてから食べることにした。



(続く)

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