第6話 落ち着いた雰囲気の“前髪ぱっつん”な修道女

『それでは、それぞれ20回、1セットずつ、やりましょうか。』



 宿屋の2階で、気持ちの良い朝を迎える。

 前日の筋肉痛で、体を起こすのが、キツいが、どこか懐かしい感覚だ。

 修行時代を、思い出す。


 先に起きていた、寝付きの良い“少女”の笑顔は、今日もかわいい。

 

 “少年”は、昨晩に引き続き、“少女”と仲良く、筋トレをした。



 “少女”は、笛のような筒と、全身に仕込んだナイフに黒い“液体”を慎重に塗った。   

 入念に確認した後、わずかに目だけが出る“マント”のような装備をまとい、部屋を出ていこうとする。

 目の瞳には、光があり、彼女の休息は、充分にとれているようだ。


 「いってきます!」

 「行ってらっしゃい。気を付けてね。」

 二人は、離れる度、“ハグ”を欠かさない。


 “少女”は、今日も元気に“廃村”に、“毒消し草”を、売りに行った。

 

 いつも、大量のマナを稼いでくるので、売れ行きは良いらしい。

 “少年”より、遥かに稼ぎがいいので、“少年”は肩身が少し、狭かった。


 かつて“少女”は、子供の頃、花屋になるのが、夢だったという。

 “採集”で、“マナ”を地道に稼ぐのが、彼女に向いているのかもしれない。


 少年は、気分転換に、“廃都”の入口にある町に向かうことにした。 



 今日は、銀行に寄ったあと、“孤児院”に、“マナ”を振りこんでおく日にしよう。

 “レスト”、すなわち、“休むこと”も、大事な“仕事”のうちなのだ。

 そのことを、教えてくれた女性は、町の端に、孤児院を開いている。


 少年には、数月に一回、孤児院を経営する“修道女”に“マナ”を渡す習慣があった。

 たまに、顔を出して挨拶しないと、“少年”の師匠であり、また、命の恩人でもある彼女に申し訳ない気がする。



 かつて“少年”が、“廃都”の入口に、たった一人でたどり着いたとき、どこで何をすればいいいのか、すらわからず、完全に迷子になっていた。


 あちこちのダンジョンに迷い込み、力尽き、心と体が擦り切れていった。


 廃都で最初に、たどり着いた町である“始まりの祭祀街”を、亡者のような風体で、彷徨っていた時、助けてくれたのが彼女だ。


 当時、少年は、市街の道に現れた“落とし穴”にハマり、落下して、意識が切れた。


 少年の目が覚めた時、孤児院のベッドだった。

 白くて、フカフカなベッドなど、何年ぶりだっただろうか?


 彼女に救われなければ、“少年”は、アンデッドとしていただろう。


 黒髪のおかっぱ頭で、服の上からわかる豊満な胸を持つ彼女は、心優しかった。


 初歩的な回復魔法しか知らなかった“少年”に、回復魔法の手ほどきをしてくれた。

 文字通り、“手取り足取り”教えてくれたことを思い出し、少年は顔が赤くなった。


「こんにちは、“ペトラ”さん。ご無沙汰しております。」


「“少年”! 相変わらず、“腹筋”、さぼってるんじゃない?

 それとも、今日こそ、“誠意”を、見せてくれるのかしら?」


 おかっぱ頭で、体格のいい“修道女”が、ほほ笑みながら近づいてくる。


 人前では、ベールを外さないが、孤児や弟子たちの前では、外すことが多い。

 修道女に似た服を着て、彼女に成りすまそうとした悪党が侵入しても、見分けがつくようにするためだ。


 始まりの町でも、比較的治安が良い地域に、孤児院が建っているが、アンデッド共は、時と場所を選ばず、現れるのだ。


「あらあら、全く、これは、珍しいこともあるものね。

 数多く育てなかでも、指折りに、不出来な“弟子”の一人が、顔を出すなんて。

 今日は、雪でも降るのかしら?」

 

 元気になった少年は、一通りの戦闘技術や、生活の知恵を学ぶと、文字通り彼女にケツを叩かれて、孤児院を叩き出された。


 いつも、嫌味な口調で、訪れる度『“寄付”だ。』と『“誠意”だ。』と、法外な額の“マナ”を、要求してくる。


 子供たちの独り立ちを、促すためだ。

 彼女から買った“魔導書”や道具は、市販の店より高かったが、この孤児院出身者は、また、ここに買いに来ることが多い。

 

 彼女の本来の性格は、穏やかで、心優しい女性であることを、少年を初め、皆は知っていた。


 ただ、武闘派な一面もある。


 戦闘の時は、打撃武器のモーニングスターを振り回す。

 対人戦では、相手の死角にまわり、“拳闘武器”を使い、相手を、殴殺する。

 

 酔っぱらった勢いで、大勢の前で彼女を『ロリペロリスト』呼ばわりした男は、柱に括り付けられ、無限ラッシュを浴びていた。

 

 この異世界 “廃都” は、舐められたら、負け。

 “大切なもの”を守るため、時に、見せしめも、必要なのである。


 アンデッド共の返り血を浴びながら戦う、美しい“修道女”は、この近辺で有名だ。

 

 彼女とのボクシング練習で、『体で覚えるのが一番!!』などと、人間サンドバックにされた経験を思い出し、“少年”の腹筋は、シクシクと痛くなってきた。


 あのあと、ボクシング練習は、二度と、しないことにした。

 修道女は、練習を諦めた“少年”を、いつも、からかうのだ。



「わが弟子よ。いいところに、来ましたね。」


 彼女の片手には、折り畳み式の背の高い“筋トレマシン”が、握られていた。

 “修道女”は、片手で掴んでいる筋トレマシンを、軽く振った。


「有名なエターナル・ファイティング・ロード工房が作った、筋トレマシンよ。

 “インクライン・ベンチ”が、今、とっても、お買い得なの。」


「お値段たったの、4万 “マナ”。 貴方の持つ、“誠意”、次第よ。 どう?」

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