第5話 無口で、儚げな少女

『お帰りなさい!

 ご飯に行く? お風呂に行く? それとも、ワ・タ・シとぉ・・・。』



「わたしと、“筋・ト・レ”、する?」



ああ! “少女”よ、お前もか?



抱きついてくる少女に、少年は「ただいま」と軽く“ハグ”をした。


お互い、まだ、少しぎこちない。

特に、少年は、少女の背中に、手が触れないよう“エアー”で“ハグ”している。


二人とも、人と触れ合うことに、慣れていない。

というより、他人への警戒心が、抜けないのだ。


互いの過去を、詮索などしないが、出会った状況から、察しているだろう。

ぼろ布をまとい、猜疑と敵意を剥き出しにした、少女の顔を思い出す。

きっとあの時、少年と少女は、二人とも同じような顔をしていたハズだ。


ただ、今の“少女”は、僕を信用してくれている。


自分が敵ではないと、彼女なりに証明しようとしているのだ。

捨てられないか不安で、少し無理をしている気もする。


お互い、明日の夜も、また無事に会えるとは限らないのだ。

愛情表現について、多少の過多も、見逃そう。


出会った当初は、1日中、お互い、ほとんど会話しなかった日もあった。

今でも少女は、外では、ほとんど、しゃべらない。


彼女が、明るく饒舌になるのは、“筋トレ”している時、ぐらいなものだ。


少年は、少女から手渡された、乾いた布で体を拭き、汗をぬぐった。


少年は、背中の荷物を降ろし、“魔石”を使用して、防具の修理を始めた。

“修理箱”を使えば、鍛冶屋に頼らなくても、多少の修理程度は、自前でできるのだ。


防具は、“軽盾”の損傷が激しい。

だが、充分に治せる状態だ。

問題ない。


「ねぇ、わたしの“成果”、見てみない?」


少女は、少年の前に立つと、少し前かがみになり、シャツの前をめくった。

細く白い肌が、あらわになる。


「わたしの“腹直筋”、スゴイよ?」


そうだろうか?

少女の腹を凝視する。

4つに割れているわけでも、ないし。

いつもと、変わらないぞ?


「ふふっ、触ってみる・・・?」

少女は、恥ずかしそうに、少し顔を背けて、上目遣いに少年を誘う。


ここで、触らないのも、逆に失礼か。

少年は、おずおず、と指先で軽く、触ってみる。


!!

確かに、固い!


これが、

この固さが、

“鍛冶屋”の言っていた“パンプアップ”か!


「じゃあ、一緒に“筋トレ”、しようかな?」


少年は、装備の状態確認を、中断して立ち上がる。

今、最初にやるべき行動は、彼女が期待している事に応えることだろう。


少女は、ベットの横に、ヨガマットを2枚、引いた。

鍛冶屋の“レイア”姐さんから、もらった品だ。


用意ができると、少女は、腰に手を当て宣言する。


「それじゃあ、これから


 “プッシュアップ” と、 “クランチ” をやります!」


それ、さっき、やってきた!

“腕立て伏せ”と“腹筋”じゃん!!

少年は、心の中で突っ込みを入れる。


「マットに、肩幅を開けた間隔で、手をついてね。」


少女が、“プッシュアップ”の説明を、静かな声で行う。


「そのまま、足を、後ろに伸ばしましょう。」


少年は、言われるがまま、腕立て伏せの姿勢をとった。


「ひゃっ!」


少年は、思わず悲鳴を上げた。

手を付いて胴体から足までまっすぐ延ばした姿勢のまま、肩越しに背中を振り返る。


赤い瞳の少女が、得意げな表情を浮かべて、彼の背中の上に、真っすぐ立っていた。


ボクの背中に立つな!

条件反射で、攻撃しそうになるのを、理性で抑える。


急に背中に乗るの、やめてもらっていいですが?

心臓に悪いです。


銀髪少女の重さは、枯葉のように軽い。

少年の腰に、負担は、全くかからないが、それでも気になる。


少女は笑みを浮かべ、生足の細く角ばった指で、少年の背骨をグリグリと押した。

マッサージでも、しているつもり、なのだろうか?


あの、早く降りて、頂けませんか?


「筋トレは、“掛け声”を出しながら、やるのが良いですよ?」


さっきの声は、“掛け声”じゃあない!

悲鳴だっ!


「“喘ぎ声”でも、いいんですよ? あなたの。」


僕は、気持ち良くなんか、ないんだからねッ!

彼女は、僕が『美少女に、踏まれて、喜んでいる』と、思っているのだろうか?


え?

“ダンジョン内で、巨人に踏みつぶされている”のは、好きだから、じゃあないッ!



「それでは、それぞれ20回、1セットずつ、やりましょうか。」

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