第3話 筋トレへの誘い

『ところで、“筋トレ”してるかい?』


 大柄な鍛冶屋の女“レイア”に、突然かけられた言葉に、少年は一瞬、耳を疑った。


 毎日、ダンジョンで武器を振るい、重い荷物を持ち、全力ダッシュで逃げ回っているのだ。

 ほとんど、“生贄の刻印”の“死にもどり”で、リセットされることが多いが。


 体力は、それなりにあるはずだ。

 普通の人間以上には。


“生贄の刻印”を持つ少年は、怪物と戦うため、常人以上の能力が求められる。

“筋力”をはじめとした能力上昇は、特別な“巫女”に“マナ”を捧げなければならない。


 少年は苦笑した。


「日々、ダンジョンで鍛えられてますよ。」


「それに、“心の筋トレ”なら、今日も、やりました・・・。

 僕の心は、だいぶ鍛えられたハズです。」


 筋骨隆々の鍛冶屋の女は、首をふる。


「やれやれ。

 一体、何を言ってるんだ?」


「・・・少年、筋トレの結果は、目に見えるものだぞ。

 腕の筋肉は、まだ “パンプアップ” していないようだが?」

 

 『負荷をかけた筋肉が、“膨張”していない』と彼女は指摘しているのだ。

 何度も死んで、今日一日ダンジョンで鍛えた結果が、ゼロになったのだ。


 この流れは、まずい。



 筋トレに、誘われる。



 もう帰って、食事して、寝たいのに。

 少年は、焦った。


 食べ物で、買収できるか?

 熊が、食料を食べてる間に、逃亡を図ることは、戦術の基本だ。


「あっ、そうだ! すっかり、忘れていました!

 お土産を、買って来てたんです!」


 少年は、わざとらしく、叫んだ。


「最近は、肉を食べ過ぎてしまって・・・。

 少し、食べて頂けませんか?」


 少年は申し訳なさそうに、タレがついた焼き鳥の串を、袋ごと差し出す。

 せせり、モモ肉、レバー、胸肉、砂肝・・・と一通り入っている。


 袋を見ると、“鍛冶屋”の女は顔を綻ばせた。


「おや、ありがとう!

 さっそく、頂くとするか!

 なんだか、無理に、もらってしまったようで、すまないね!」


 彼女はお礼を言って、近くの椅子に腰かけると、焼き鳥の袋を開けた。

 部屋中に甘辛いタレの香りが広がる。

 さきほど、少年が後ろから近づいてくるのが分かったのは、この香りのせいではないか?


「鶏肉は、良い!

 筋肉にも、良い!

 牛や豚と比べて、“高たんぱく”かつ“低カロリー”なのだ。」

 

 少年は、チラッと横眼で、鍛冶屋の様子を伺う。

 彼女は首から下げたタオルで汗をふくと、コップの水を飲みながら、もう片方の手で持った串を、満足そうに頬張っている。


 筋肉ムキムキな彼女の美しい胸板から目を離した。

 いまのうちに、部屋を出なければ。

 

 少年は、抜き足、差し足、忍び足で階段へ向かう。 


 ?

 突然、彼の身体は動かなくなった。


 少年は自身の左肩を、ゆっくりと見る。

 何者かの大きくて太いがっちりした腕が、少年の肩を掴んでいた。 


「鶏肉のお礼に、一緒に、筋トレをしてあげよう!」

 鍛冶屋のまぶしい笑顔が、そこにあった。


「ひえっ!」

 少年は、短い悲鳴を上げた。


「二人でやる筋トレは、楽しいぞ?

 “少女”も呼んで、三人でやるかい?」

 

 半裸の鍛冶屋が、上機嫌で、話しかけてきた。


 少年は“逃走”に失敗した。

 

 好感度は、少し上がったかもしれない。

 

 えっ、もう食べ終わったんですか?

 椅子から立ち上がり、一瞬で、ここまで移動してきたんですか?



「筋肉は、決して、キミを裏切らない!」

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