第2話 筋肉ムキムキな鍛冶屋の女

「おう! 坊や、無事だったのかい!?」



 天井の高い地下室の工房に響いていた、金槌の音がやみ、張りある大きな声が、部屋中に響きわたる。


 筋肉質の背の高い女から、大きな声を掛けられて、聖職者の少年は、ビクッと体を震わせた。

 右手に武器を装備し、抜刀したままだった少年は、思わず、武器を振りそうになる。


 大きな音に対して、反射的に、武器を構える癖が抜けないのだ。



 危ないところだった。少年は、ゾッとした。

 

 間違って少年が、女に切りかかってしまったら、タダでは済まないだろう。


 鍛冶屋の女が持つ、貴重な魔石や武器を狙って、無防備そうな彼女の背中を襲った冒険者が、返り討ちにあうといった話は、少年でも聞いたことがある。

 確か、彼女の鍛え上げられた拳の、2~3発で、殴り殺されたという噂を耳にした。

 

 これからは、人に話しかける際は、充分に距離を開けるとともに、右手装備は、外そう。


 少年が故郷を出て、もう長いこと使っている杖に目をやった。

 この“魔法”触媒は、汚れが染み込んで、取っ手のぼろ布が、黒ずんできている。

 

 高まっていた心臓の鼓動の音を鎮めようと、少年は杖を握りしめた。


「こんにちは!“レイア”さん!お元気ですか?」

 少年は、元気に話しかけた。


「おうよ! 少年は、大丈夫か? 少し顔色が暗いぞ?

 ちゃんと寝てるか?」

 面倒見の良い鍛冶屋の女は、少年の肩をつかみ、顔を覗き込んだ。


「ええ、まあ。大丈夫ですよ!」少年は言葉を濁す。

 

「そうか!

 あんまり無理は、するなよ?」

 女は、少年を掴んでいた両手を、ゆっくり離すと、少年の肩を軽くたたいた。


「少し見ない間に、足音を消すのがだいぶ上手くなったんじゃないが?

 軽量装備で、後ろからゆっくり近づいてきても“少年”だと、はっきりわかったぞ!

 相変わらず、小心者だなぁ!坊やは!」


 半裸の鍛冶屋は、“わはは”と、豪快に笑った。


 少年が、ゆっくり近づくのは、彼女がまだ“人間”なのか、不安になってしまうからだ。

 まあ、規則的な金槌の音が、“廃教会”の工房に高く鳴り響いている間は、大丈夫だろうが。



 信じていた者が、わずかな“マナ”に目がくらんで、“アンデッド”となって襲ってくるのは、よくある話だ。


 それは、少年自身が、身をもって経験してきた。


 この“廃都”は、他人の悪意に、事欠かない。


 広大なダンジョンである“廃都”の階層のひとつ“城下町”や“教会地区”で、赤い邪悪な“オーラ”に包まれた“アンデッド”達に、追いかけまわされた恐怖が、まるで、つい昨日の事のように、よみがえる。


 奴らは、命乞いをする少年が差し出した、わずかな“マナ”などに、これっぽっちも興味がなかった。

 “廃都”に迷い込んだ、初心者たちを残酷に狩ることを、何よりも楽しんでいる様子だった。


 ひょっ子たちの絶望の表情が、外道どもにとっては、わずかな理性を保つために必要な“刺激”なのだ。

 


 彼らも彼らなり、心が折れないよう必死だったのかも知れないが、そんなことは、少年にとって関係がない。


 これらの経験は、他者に対して、深い恐怖と激しい憎悪を、少年に抱かせるのには充分だった。

 


 知り合いが居ない心細さから、“外”との繋がりを求めていた少年は、自然と“廃都”の“常識”に慣れ、ソロでダンジョンに挑もうと、心に決めた。



 『もう、決して、誰も信用しない。』



 怪物だけでなく、同じ人間ですら、容赦なく欲望を剝き出しにして、襲ってくるのだ。 


 だから、この“廃都”に迷い込んだ人間は、他人を決して信用しない。

 基本的に冒険者達は、誰とも組まず、古い付き合いで気心知れた者以外とは、決してパーティを組むことはないのだ。

 

 ただ例外として、同じ目的を持つ者同士が集まる、緩やかな連帯“ギルドの誓約”というものがある。

 少年は、強大なボスと対峙する時は、旅で知り合った戦士達を召喚して、なんとか倒してきた。

 

 ただし、各階層の“ダンジョンボス”までの道中は、独りで何とかしなければならない。 



 少年は、武器に強化する砥石を買うのに必要な“マナ”の数を確認する。


 まだ、しばらくは、“マナ”を求め、走り回らなければならない。

 鍛冶屋ギルド内の宿屋に向かおう。

 “少女”が彼の帰りをまっているはずだ。


 しばらく、うつむいて考え込んでいた少年は、何も買わずに、鍛冶屋の女に別れを告げ、階段に向かおうとした。

 


 その時、パンっ!という高い音が、部屋に響く。


 固く強張った筋肉質の女の手で、優しく尻を撫でられ、少年は「ひゃッ!」と、かん高い叫び声を上げた。


「死ぬんじゃないよ! 坊やの“亡者”なんて、見たくもないさねぇ。」

 

「ところで、 “筋トレ” してるかい?」

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