第6話 そしてデボラは隣国へ旅立つ
今回の事でマムート王家は……いや、王家だけではなく、将軍も宰相も頭を抱えた。いずれも自分の愚息が男爵令嬢に唆されてやった事だ。マウジー公爵は娘を侮辱されたと激しく抗議し、これを公にすると言った。
今頃パーティに参加した賓客は皆、興奮して噂話に興じているに違いない。マウジー公爵だけを封じ込めてもこの話を握りつぶすのは難しいだろう。
そこでリロイが提案した筋書きに皆、驚きつつも乗らざるを得なかったのだ。
アーロン王子は重い病気のため王太子の立場を降り、離宮から出られぬ身となった。
病名は伏せられたが、
病気を知り、自らの(社会的)死を覚ったアーロン王子は、それまで陰になり日向になり尽くしてくれたデボラの身を案じた
将軍と宰相の令息はアーロン王子への生涯忠誠を誓っていた
「……はぁ。それでは何故、私は国外へ追い出されるのですか?」
デボラの言葉にメイドは身を固くし、しばらく無言であったが、やがてぽつりぽつりと語った。
リロイの提案を丸呑みする代わりにデボラを国から追放しろと王家側は要求した。人の口に戸は立てられぬとデボラ自身が言ったように、彼女がいつ真実をポロリと漏らすかは信用できぬ。王家はその間ずっと怯えて過ごすわけにはいかない。
デボラの表向きの立場は「最初はアーロン王子の裏切りに、そしてその後王子の病を知り、泣き濡れて部屋に閉じ籠っていた。しかしフォルクス王国から賠償金以外の上乗せの要求を
酷いメロドラマ仕立ての話にデボラは頭が痛くなった。
が、なるほど、隣国へ花嫁として出してしまえば口は塞いだも同然だ。万一フォルクスで真実を語ったとしても「フォルクスでの人質としての暮らしが辛いために気が触れてしまったのだ」と難癖をつければマムート王家の立場も守れ、フォルクスを貶める事もできる。
「お父様とお兄様は追放に反対されなかったの?」
「勿論反対はしたと思います!……でも」
宰相の令息が離宮で侍従見習いになった事で、他に娘しかいない宰相の後継ポストが空いた。
リロイは宰相の令嬢と結婚し、婿養子になり後を継ぐ事になったのだ。
マウジー公爵は王家に貸しも作れ、将来長兄は公爵家を継ぎ、次兄は次期宰相となれば国内での力関係は大きく変わる。デボラが王太子妃になるよりもメリットは上だろう。王太子妃の座は将来長兄の子が産まれた時に王家に「貸しを清算しろ」と言えば恐らく手に入る。
(……というか、お父様とリロイ兄様なら最初からそれぐらいの交換条件まで想定していた気がするわ)
有り体に言えば、デボラは公爵家のために売られ、切り捨てられたのだ。供も付けて貰えずたった一人で隣国の……それも半年前まで敵だった国の、顔も知らぬ男へ嫁がされる。しかも結婚相手は侯爵とはいえ妻を亡くした男だ。そこの後添えになれと言う。
目の前にいるメイドは自分は国境までのお供だ、と自ら説明した。
全てを聞いたデボラは細く長い溜め息を吐き、馬車の椅子に身を預ける。
「……そう」
デボラはなげやりな態度で呟いたあと、思い直してしゃんと背筋を伸ばし微笑みをつくる。
(……でもまあ、本当に国外追放されるよりはいいでしょうし、これもひとつの政略結婚ですものね。それにあのまま王太子妃になるよりもずっとマシかも)
たとえ相手が年を取って脂ぎったスケベおやじだとしても、バカで愚かなアーロン王子と結婚して一生彼のフォローをするよりは幾ばくかは精神的に楽かもしれない、とデボラは割りきって馬車の外を眺めたのだった。
広大なマウジー公爵領を馬車は南に下り、国内でも一二を争う農作地帯を抜けていく。丸一日の時間をかけて走りに走り続けた馬車はすっかり暗くなってから国境へとたどり着いた。二国を分かつ川にかけられた橋の真ん中でデボラは馬車から降り立つと、そこには新たな馬車が迎えに来ていた。松明の明かりでシスレー侯爵家の紋章が馬車に刻まれているのを確認する。その横に立っていたのは20代後半の、コートの下に執事服を身に着けた男だった。
「デボラ様、お待ちしておりました。私はシスレー侯爵家に仕える執事のアシュレイと申します。私の主人が屋敷でお待ちしております。さ、お乗りください」
こうしてデボラは単身、フォルクス王国のシスレー邸に連れて行かれたのだった。
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