第5話 父と兄なら助けてくれると信じていたのに
◇
パーティーから戻ったデボラは、公爵家の屋敷に帰りさらに驚くことになる。
既に両親にこの話が知られていたのだ。
「デボラ、お前は今後誰とも会ってはならん」
「お父様!?」
「何故堂々と婚約破棄をはね除けなかったのだ。お前は潔白だと信じているが、婚約破棄を受け入れればお前の方に非がある、とどうしても皆に邪推されるだろう」
「いいえ、これは損切りですわ」
「損切りだと?」
デボラは両親に一部始終を説明する。
「パーティに参加していた賓客の皆様が一部始終を見聞きしております。人の口に戸は立てられません。時間が経てば私は潔白だと皆に知れわたるでしょう」
「そうか……先ほど王太子からの使いが早馬で来て、お前があの男爵令嬢を虐めたかどで婚約破棄になったとしか聞かされていなかった」
「まあ!」
これにはデボラも眉を吊り上げ、一際高い声を挙げる。あれだけ釘を刺したのに、アーロン王子は愚かにも「デボラは虐めをした」と公爵に嘘を吹き込もうとしたのだ。すぐに嘘だとわかる名誉毀損をするなど、自ら王太子の座を投げ捨てる行為だとわからなかったのだろうか。
公爵はホッと息を吐くが、すぐさま眉間に再び皺を寄せる。
「……いや、しかしやはりまずいな……。我が公爵家の立場はわかっておろう?」
デボラは首肯した。
先の戦争を仕掛ける際、パーム将軍は盛大に王家に発破をかけた。宰相も迷いながらも賛成した。しかしデボラの父であるマウジー公爵は反対派の先鋒を切ったのだ。
元々マウジー公爵は四代遡れば王家の血筋を引く。王位継承権は無きに等しい末端だが、現国王にとっては無視できぬ存在だった。目の上のたんこぶとまでは言わないが、時折痒みを催すイボくらいのやっかいさを感じていたのだろう。
マムート国王が最終的に戦争を選んだのは、マウジー公爵が戦争反対派に回った事で公爵を冷遇する大義名分ができたのもあったのではないか。
実際、公爵とその令息、つまりデボラの兄達はそれ以降、密やかにではあるものの冷遇されていた。更に小さな頃から結んでいたデボラとアーロン王子の婚約も反古になるのでは、と一時期まことしやかに語られたほどだ。だがそれまで問題行動の多いアーロンのフォローをデボラが
「流石にアーロン殿下の言い分を押し通すのは厳しいだろうが、王家がお前に難癖をつけてくる可能性はある。その前に先手を打った方がいい。あとは私とリロイに任せ、お前は
「はい」
「いいか。私が良いというまで屋敷の部屋から一歩も出るな。誰かと連絡を取ることも許さん」
リロイはデボラの次兄である。王太子の側近候補連中に比べても遥かに優秀な男だ。公爵は親の贔屓目を抜きにしても将来はなにがしかのポストにつけるだろうと目論んでいたが、先の戦争反対からの冷遇で閑職に追いやられていた。その兄と父ならきっと状況を好転させてくれるとデボラは信じていた。
「承知致しました」
そうして即座に馬車に乗り、数日の道程を経て公爵領の本邸まで戻ったデボラ。本邸でも真面目に父の言いつけを守り、約三週間もの間、自室に閉じ込もっていたのだ。その間も自らの研鑽を欠かさぬ彼女は真面目に歴史書などを紐解いたり、適度に体を動かすなどしたりして退屈をしのいでいた。
「まだお父様からの連絡はない?」
メイドに状況を訪ねるが公爵と兄に箝口令を敷かれているのか、それとも領地までは王都の正確な情報が届かないのか、曖昧にはぐらかされ教えて貰えない。
(即国外追放よりはマシだけれど……このままどうしろと?)
約三週間後、いよいよしびれを切らしたデボラの元へ公爵はやってきてとんでもない事を言ってのけた。
「漸くカタがついた。デボラ、お前は隣国へ嫁いで貰う」
「隣国へ?」
「そうだ。フォルクスの侯爵の後添えだ」
元々アーロン王子との婚約とて政略結婚だったのだ。顔も知らぬ相手と結婚しろと家長に言われれば受け入れるのがデボラの
「喜べ。お前の悪評は全て灌がれ、その身を国の為に捧げた聖女だと国民に讃えられるだろう」
「はい?」
◇
デボラは別れの挨拶もそこそこに、馬車へ押し込まれるように乗せられた。ご丁寧なことに荷物も事前に全て纏めてあったらしく、馬車はすぐさま隣国のある南へ向かい出発した。
道中、国境までの約束で同乗したメイドに説明を受ける。その内容に、淑女として激しい喜怒哀楽は顔に出さぬようこれまで厳しく教育されてきたデボラも、流石に開いた口が塞がらなかった。
「不治の病!? ではアーロン殿下はどうなったのですか?」
メイドは眼を伏せ、デボラと視線を合わさない。そのまま抑揚の無い声で答えた。
「殿下は
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