第6話

(理の支柱)

テイレシアは遠くから自分の後をついてくる幼い獣の存在に気付いていた。

「カシムの元には行ってはなりません、彼は今」

振り向かずにテイレシアが言った。

声を聞いた幼い獣はテイレシアの傍へと走り寄った。

「村には戻れないのですね」

テイレシアは理の支柱の傍に歩み寄ると、支柱の壁に手を当てながら歩きはじめた。

その体は徐々にレギオンを纏い始め、

鍛冶師が破壊したと思われる部分を見つけると立ち止まった。

その部分にテイレシアはレギオンの高エネルギー粒子を衝突させて穴を空け、

幼い獣の体を掴むと、レギオンと共に空洞の中に飛び込んだ。


理の支柱の中は暗く、破壊してできた穴から差している光が

上に向かってどこまでも続く螺旋階段を照らしていた。

テイレシアは抱えていた幼い獣を丁寧に降ろすと、

レギオンの力で先程壊した分の残骸を元通りに修復して

穴を塞いだ。テイレシアは後戻りする気がない様だ。

幼い獣は真っ暗闇の中で、手を伸ばし、手探りでテイレシアの存在を探した。

「さあ、怖がらないでください」

「新しい世界を見に行きましょう。見えてきたら私と共有してください。」

テイレシアは絵を片手に階段をずんずん上っていく、真っ暗な空間の中で幼い獣はなんとかテイレシアにしがみ付き階段を上り続けていった。


途中、幼い獣は人間による様々な声を聞いた。


「何故私なの?夫を亡くしたのは都合が良いから?」


「またパラドックスか・・・」


「あれは何を使ったんだ?幻覚じゃない!しっかりとこの目で見たぞ!」


「こんな状況だ。おかしくもなるさ」


「神の力だ」


幼い獣はだんだんと自分の存在があいまいなものになっていく感覚を覚える。

そして幼い獣は暗闇の中で階段を上がっていくテイレシアの姿がはっきりと見た。

テイレシアはその腕に鍛冶師の獣が作った腕輪をはめていた。

幼い獣の姿は徐々に薄くなっていった。

下半身の2本の脚が薄く弱く消え失せていって、

最後にその姿は幽体となった。

それからも長い間、テイレシアと獣は上を目指し進み続けた。


野営地に朝が訪れる。

イスマエル達は川魚を鍋に放り込み茹でたものを分け合って食事をとった。

少女は食事を拒んでいる。

爆発で父親を失った少女は、頭の中で悲観的な考えがぐるぐると行ったり来たりして忙しく廻り、現実と向き合う余裕を持つことができなくなっていた。

彼女は母親も紛争で亡くしていた。

イスマエル「食べろ、今夜移動するぞ」

「どうした?寝足りないか?」

イスマエルに声をかけられた少女は膝を抱えて座り込んだまま動こうとせずに

首を横に振った。

「まだ元気はある様だな」

「気持ちはわかるが、此処に長くとどまってもいられない。食べて寝ておけ」


日中、偵察に行っていた2人の男が帰ってきた。

イスマエル「それで、街には戻れそうか?」

男1「だめだ、封鎖されている。すぐに戻ることはできない」

男2「兵の数がおかしい、厳戒態勢だ。不自然だったな、それに」

男2「デカい何かが歩いているのが見えた」

イスマエル「戦車か?」

男2「そうではない、歩いていた」

イスマエル「ではなんなんだ?」

男2「俺にもわからない」

男1「モスクがあったところに行ってみたが、きれいさっぱりなんにもなくなってた」

男2「あのあたりにはたしか墓地があったよな。あのアリ地獄の真ん中に墓が一つだけ残っていたみたいだが・・」

男1「そこに何かの基礎を作り始めていたのも見えた」

イスマエル「来るはずもない仲間を待っているよりはここを出た方が良さそうだな」

「移動は明日にしないか?」カシムが口をはさんだ。

イスマエル「何故だ?」

カシム「俺もその墓を見に行く」

男1「勝手に一人でいけ。俺達は移動する」

そう言って男はカシムに背中を向けて横になった。

イスマエル「仲間を探しに行くのか?」

カシム「違う。それと、あれは墓じゃない、モノリスだ」

イスマエル「モノリス?・・ああ、またわけのわからない神さまの話をしようってのか?」

男2「あれはどう見ても墓だったぞ。立派な、王族か何かの」

カシムは黙っている。

イスマエルは顔をしかめ、考え込むようにして顎に手を当て、

男達から距離をおき川魚を口にする少女の方を見た。

「移動は明日にする」

男2「おいおい?まさか信じるのか?行ってどうする?」

イスマエル「こいつは俺が蒔いた種だ。この異端者が何をしに行くのか、どんな芽を出すか、見せてもらおうじゃないか」

イスマエル「明日、日が落ちるまでここに戻ってこなかった時はガキを連れて移動しろ」


その夜、イスマエルとカシムは第2のモノリスがある場所へ向かった。


しばらく行われなくなっていた尋問がエリアナに対して再び行われた。

尋問を行う男は、研究組織の中で最も権力のある者のようだ。

「この男を知っているかね?」

男はカシムのプロファイルを見せてきた。

普段から表情の乏しかったエリアナが少し顔色を変え尋問室の天井を見やる。

「この男は昨晩、見張りの兵士6名に怪我を負わせ、難民キャンプから逃亡したそうだ」

「その兵士らは皆見えない力に押さえつけられた、と話しているそうだ」

「君にも同じことができるのではないかね?」

「人に怪我をさせるなんて、考えたことも無いわ」

「答えになっていないな」

「そういえば君と通話した記録があったはずだが」

「もう少し詳しい話を聞きたい」

眉間に皺を寄せていたエリアナは元の無表情な面持ちでカシムから教わった神について話し始めた。


「私にもその”力”が使えると思うかね?」

「きっと覚悟がいるわ」そしてエリアナの体が、発光したレギオンを帯びる。

「どんな?」

「やめろ!」

エリアナは尋問室の壁にレギオンのエネルギーをぶつけた。

レギオンの烙印に焼かれた壁の一部には神の絵が浮かび上がった。

「脅しか?」尋問していた男が動揺を隠しきれず、思わず声を上げた。

「わかっているとは思うが我々には君を保護する任務がある、もう少し付き合ってくれ」

「神を理解して信じなさい。全てを捧げるの、頭のなかのもの全てよ」

エリアナは虚ろな表情で冷静にそう答えた。

男は壁に作られた神の絵に目線を写すと、よくわからないと言った素振りを見せた。

「副作用は?」

「最近は少し頭が痛くなるわ、大したこともないけど。なんとなく、ね」

「息子の顔が見たい」

「心配ない、明日予定どうりに会える」


この尋問の後、レギオンを閉じ込めて解析する試みが行われていったが、

いくらエリアナのレギオンを封じ込めてみても、その物質は何処へいったのか、

すぐ消えて無くなってしまう為、レギオンの研究は見送られることとなった。

「君が話していたモノリスにレギオンが流れていくと?」

男は確認する様に質問した。

男は頷いたエリアナの表情に嘘が無いことを認めた。

「では次の質問だが」

「そのモノリスだが同じものが火星にあることは知っているかい?」

「知らないわ」

「では次だ、質問とは違うがつい先程彼(カシム)の居場所がわかったそうだ」


街に偵察に向かった2人の男らの足取りは、

軍事衛星によってしっかりと追跡されていた。

大国から新たに派遣された軍隊は第2のモノリスのある街に拠点を置いた。

「野兎はこちらに用があるみたいです」

ヘッドセットをした兵士が腕に装着してある端末を見ながら指揮官に伝える。

「寄ってきたか、追い込もう」

「ガンシップを護衛につける」

「それから・・」

指揮官は”クーガー”というロボットを先行させてカシム達を追い詰め、

後続する兵士達で身柄を確保する作戦を立案した。

"マーミドン"と呼ばれる宇宙開発での採掘や運搬、建設を目的として開発された無人AI制御ロボットを改良し軍事用に転化させたものをクーガーと呼んだ。

ロボットの運用を任されたこの部隊の指揮官は、クーガーのデータを収集する任務も担っていた。

「随分と大掛かりな」と、報告をした兵士が言う。

「あの兎は追いつめられると牙を向くかもしれんからな」

「クーガーのAIをタイプGに、武器を持っているほうは殺しても良い。が、出来る限り全員生け捕りにしろ」


カシムは自分の幼少からの記憶を辿っていた。

幼い頃のカシムは一人の絵描きの女性に引き取られ幼少の頃を過ごした。

彼女は"あの詩"を歌いながら、様々な種族の入り混じる幻想的な絵を描いて見せた。

彼女からはよく、自分の先祖の話とあの神の話を聞かされた。

そんな絵をいつも描いていた。

彼女はいつも、家に居るときでもブルカという全身を覆うベールに身を包み、

ごくまれにしかそれを脱くことはなかった。

まれに目にすることがあった母の姿は誰よりも美しかった。

カシム達は彼女の絵を売って生計を立てて暮らしていた。

貧しい暮らしだったが、優しくて頼りがいのある母がいて、それが自分の支えだった。

そんな母も病に倒れ亡くなった。

土葬されている時の彼女の死体は何故か毛深く、獣の様な姿に見えた。

カシムはその養母の死後、彼女の絵を気に入った民兵組織の一員であった男に引き取られた。その養父も妻を病気で亡くしていた。家には"あの絵"が飾られていた。

組織は新しい国家を作る為に反政府活動を行っていた。

紛争の絶えない不安定なこの国で、革命を遂行するには手っ取り早く武力で訴えるしか方法は無いのだ。カシムもその方法を学び、加わった。

その後、組織のリーダーは大国が派遣した部隊に暗殺され組織は弱体化し、

その頃に起きた武力紛争でカシムは養父をも失い、組織は崩壊の一途を辿った。

カシムはまた一人になり、しばらくはその日暮らしが続いた。


ある日、カシムは街角で、両目を布で覆っている占い師と出会った。

マットを広げ座っている占い師の周りには、いくつかの絵画が立てかけてある。

その絵はどことなく母が描いていた絵を連想させた。

絵に惹かれたカシムは占い師に声をかけてみた。

「はい、どのようなことでお困りですか?」

「その絵は?」

「知り合いから譲り受けたものです」

「私は目が見えないのでこれがどのような絵なのか確かめることはできませんが、

客寄せの効果が期待できます」

「その知り合いとはどんな人だった?」

「煙草が手放せない、虚ろな表情をした、口数の少ない男性ですね」

カシムがもう一度絵をよく見てみると、

母の絵とは似ても似つかない様な絵に見えてきた。

「もういい、わかった。ひとつ、占ってもらえないかな?」

「わかりました、どのように占いますか?」


月明かりに照らされ川岸に沿って進むイスマエルとカシムは、

モノリスから3キロ程離れた地点へと到達していた。

イスマエル「妙に静かだな」

イスマエルはモノリスのある方角から夜にかけて聞かなくなっていたヘリの起動音を聞いた。


イスマエル「ヘリの音だ。近いぞ、気づかれたか?」

カシム「こっちに向かってくるとは限らん」

ヘリの音が次第に大きくなってくる。

ヘリがこちらを目指して来ない事を祈りながらイスマエルとカシムは2手に分かれた。

イスマエルは山肌に沿って迂回する様に進み身を潜め、川岸に沿って進んでいくカシムの動向を見守った。

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