第5話
カシムは神を信じていなかった。
国もこの有様で信じるのは金と自分だけだ。
あの絵に神なんぞいない。
あれが何を繋いできたって言うんだ。あの詩が。
そんな虫の良いおとぎ話を信じろってか?
カシムは自分の店を手に入れた。その物件を選んだ理由は、
両目を隠した占い師の予言と合致していたからである。
カシムは占い師が占ってくれた通りの物件を選んだ。
地下があってその奥のちょうど上に墓地がある。自分の先祖の墓もそこにある。
未だにあの神を知っている者とは出会ったことはない。
ある朝、目覚めたカシムが絵を眺めていると、
モノリスにそれまで描かれていなかった輪郭線が付け足されている気がした。
その日、カシムが地下に寝かせてあった酒を取りに行ったとき、砂にまみれたモノリスを発見する。絵に描かれていたものと同じそれは2番目のモノリスだった。
2番目モノリスの上の地上には墓地が広がっている。
モノリスを発見したカシムは先祖との繋がりを感じた。
そんな中、エリアナが訪ねてきた。
彼女と仲良くなったカシムは色々なことを打ち明けて話し合った。
夫、信仰、神について。彼女はカシムが話す信仰について大いに興味を示した。
その後も少しだけたまに連絡をとり電話越しに議論を交わし合った。
数日後、墓地で幽霊を見たという噂を耳にした。
街は不穏な空気とはりつめた緊張の中にあった。
そして爆撃機とあの獣たちが破壊と混乱を、
エンコーダーの重力によって文字通りの渦をこの地に残した。
爆撃の混乱の最中、崩れかかった店の中にカシムはまだ立っていた。
天井のいたるところから砂が落ちてきている。カシムは先祖の墓へと向かった。
崩れてむき出しになった先祖の墓に何もなかった、墓が砂を吐き出していた。
カシムは神が描かれたあの絵を思い出した。
天から落ちてくる砂、あの絵の森に描かれた砂。
次に彼は銀色に輝く異形の者達が蹂躙しはじめる光景を目撃する。
そういえばあの絵にもあんな石が描かれてあったな。
危険を感じ逃げながら、カシムは神の存在を信じはじめていた。
逃げながら必死に神へ祈った、というよりも先祖たちを信じなかったことを後悔していた。いや、もともと先祖なぞいなかったのかもしれない。
カシムは両目を隠した占い師の事を思い出した。
そして無意識に自分の過去について考えを巡らす。
あの占い師はなんだったんだ?
焼け落ち崩れ落ちる店の光景を目にしながらカシムは絶望した。
その時カシムは無性にあの占い師を探してみたくなったが、
この状況で占い師に会える見込みは立たないだろう。あの霧は?墓地の幽霊騒ぎは?
爆撃を生き残ったカシムは難民キャンプへと流れついた。
カシムも難民キャンプで自分の身元を証明するものを奪われることになる。
その日の夜、
カシムは初めてレギオンの力を使い重力を変化させることに成功した。
彼は監視数人の体を重力で捻じ曲げて地面に縛りつけ、その隙に脱走した。
但しその後、力の代償として身体に激痛が走った。
歩くのがやっとだった。しばらく歩いた後、地面に倒れこみ気を失った。
子供が叫ぶ声が聞こえた気がした。
カシムは何かに揺られながら、
どこか遠くの世界の風景を見ている夢を見た。
怒鳴り声が聞こえる。子どもが自分に語り掛ける声を聞く。
その声に混じって銃声が聞こえてきた。
目をあけてみると獣の姿をした顔がこちらを心配そうにをのぞき込んでいる。
爆発音が響く。カシムは住んでいた街の隣に位置する集落にある家の中で目を覚ました。顔を覗き込んでいたのは人間の少女だった。
数発の銃声が響いた後、外から悲鳴が聞こえ、階段を駆け降りる足音を聞いた。
次の瞬間、爆発が起こり、カシムと少女のすぐ近くの階段から降りてきた男が吹っ飛ばされ、仰向けで地面に体を打った。男は息絶えた、彼は少女の父親だった。
一瞬、辺りが静まり返る。
止んだかと思っていた銃弾の雨が再びカシムと少女のいる建物を削る。
カシムは恐怖でうずくまっていた少女の体を覆うような重力のシールドを作った。
銃弾が少女の傍で静止し地面に落ちる。
カシムの腕に強烈な力でねじられているような激痛が走り、汗が噴き出す。
痛みをこらえながら少女の腕を掴んだ。
崩れかかった建物の陰に自動小銃を背負った私服の男が自分の方にくるようにこちらに手で合図をしている。
カシムが合図を返すと、男は姿勢を低く保ちながら走り出した。
カシムと少女はその男の後をついていった。
日が暮れるまで歩いた。男は少女を背負いなおもついてくるように促す。
休まずに歩き続けた。
日が落ちるまで歩いた。土手で野営している民兵が3人。
男がそこにたどり着いた時、カシムに向かってやっと口を開いた。
「あの時、どんな機械を使ったんだ?」
そこは爆撃の難を逃れた民兵の合流地点だった。民兵組織はあの侵略によって正規軍も最早壊滅的な打撃を受けていた。
体制を立て直す前にこの国は掌握されるのだろう。この男も帰る場所を失っていた。
今や彼の組織も追い詰められ、ほとんどの仲間との連絡が途絶えていた。
「信じられないな」
男はカシムの話を疑って聞いていた。
霧の亡霊の噂話をしてみるが男からは「聞いたことが無い」と言われるばかりだ。
「あの街でバーを経営していたんだ」
「まさか、その”ふり”をしていたんだろ?」事実、この疑問は間違ってもいない。
カシムは元々民兵であったし、店を構えた後もその繋がりを持ち続け、地下を武器の取引の場として使っていたのだ。
「もっているものをすべて見せろ」
男はカシムに銃口を突き付けた。カシムは上着を脱ぎポケットの中を見せ両手をあげる。男がボディチェックをする。
「目的はなんだ?正直にいえ」
「よせ」もう一人の男が制止する。
「こいつは何ももってはいないし、もし奴らの仲間だったとしても今の俺たちにわざわざ子供を連れてまで一人でついてくるか?」
「そこらじゅうに仲間がいるんだろう!どうなんだ?答えろ!それとも奴らとは違う何かか?」
「銃を下ろせイスマエル!今の俺たちにそこまでの価値もないだろう?」
興奮気味の男が自動小銃を下げ、緊張がほぐれた。
イスマエル「そうかもしれんが、”あれ”はなんだったんだ?」
「生きていればおかしなものだって見るさ」
この日イスマエルと3人の男達はカシムを警戒を示しつつも、少女を匿い、寝食を共にした。
深夜カシムと少女が寝ている間、2人の男があの街へと偵察しに行った。
イスマエルは起きたままカシムを見張っていた。
創造主「テイレシア、”観測者”の理が崩れてきている。なんとか調整をしてもらえないだろうか」
テイレシア「はい、どのように調整が必要ですか?」
創造主「こちらは観測者の理を一時的にレギオンで偏りを与えてみる」「君には・・」
テイレシア「それも一つの手段ですが、観測者が消えデコヒーレンスを起こす危険があります」
創造主「ここまで投影できたのはそもそも彼の存在によるところが大きい。もう既に色々な理が彼の存在によって確定してきている」
創造主「存在は切り離せない」
テイレシア「わかりました。では私は彼の絵を確定してみせます」
(砂の舞う森)
かの者と幼い獣を見送った老人カシムは、
砂の舞う森と理の支柱、かの者や獣、モノリス等を描いた。
そしてレギオンが人の形を作る様と、銀色の鉱石を描いた。
カシムは歌を歌いながら絵を描いていた。
かりそめなる 世界を映す
小さな思いが 祈りに変わる
あやまちも 憎しみも吐き出して
砂と祈りは 霧となり風に舞う
ちりばめた思いを かの者に運ぶ
テイレシアは一人、もう一度老人カシムの住む森小屋へと向かった。
カシムの住む森小屋は”薄くなっていた”。といっても目をもたないテイレシアには見えてはいないが。
テイレシア「良い歌ですね」
カシム「どうしました?てっきり村に行ったのかと」
テイレシア「村には行きました、そこで陰と陽の神との出会いも果たしました」
カシム「お連れのお方は今どこに?私は何者なのでしょうか?自分のことが思い出せません。ですがあなたがどうしてここにきたか、いや、本当は来ることも知っていました」
テイレシア「どうですか?絵の方は」
カシム「もうすぐです」
テイレシア「また伺います」
そう言ってテイレシアはまた森へと消えていった。
テイレシア「おひさしぶりです」
カシム「どうしました?」
テイレシア「元気そうでなによりです」
カシム「私は何故絵を描いていたのでしょうか?うん?まてよ、違うな」
テイレシア「完成しそうですか?」
カシム「ええ、あと少しです」
その日が何度も繰り返された。
繰り返しの44回目の日、少しだけ進展があった。
カシム「どうしました?」
カシム「何故何度も繰り返すのですか?」
テイレシア「あなたには消えて欲しくないのです」
カシム「ではこの絵を持って行ってください」
テイレシア「素晴らしい絵をありがとうございます」
テイレシアは森へと、理の支柱のほうへと消えていった。
次の日も、その次の日も老人カシムはまた歌を歌いながら絵を描き、
今日も訪ねて来るであろうテイレシアとの再会を心待ちに過ごした。
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