第4話
夫を失ってから神への信仰を失っていたエリアナはカシムからの啓示に従い、
新しい神を讃える歌と絵を自らの信仰の対象として選んだ。
彼女は神の事は誰にも教えずに、信仰を深めていった。
数か月後、爆撃が始まった。
メディアの扇動が功を奏し、大国は攻撃の口実を獲得したのだ。
街が激しい爆撃にさらされる最中、
霧の亡霊”レギオン”を追ってきた無痛の種族達の宇宙船が乱暴に地上を削りながら地球に着陸した。着陸の衝撃で幾つかの分身は砕け散り息絶えたが、
合体を解いた無痛の者達は直ぐに隊列を再構築した。
無痛の者達は人間を獲物として見て狩りを始めた。
但し何故かこの時、
無痛の者たちは何故かこの時はレギオンの力を使うことができなくなっていた。
それでも力ずくで人を捕まえ、獲物を供えるべく分身達は逃げ惑う人間に襲い掛かり地面にたたきつけ殺していった。
建物は燃え崩れ、死体と、瓦礫の道ができ、街は混乱の渦に巻き込まれた。
無痛の部隊は墓地へ到達した。
墓地の地面からは緑色の霧が湧きだしていた。
無痛の部隊はそこで第二のモノリスを発見する。
しかし、2つ目のモノリスの存在を見た無痛の者達は混乱し分身達の隊列が乱れ信仰が揺らぎ始めた。
火は燃え移り、爆撃と砲撃の波上攻撃が続く中、
原初である無痛の者がよろめき、体の一部が再び剥がれ始める。
その時、原初の無痛の者は身につけている腕輪の効果が無くなっていることに気づいた。
無痛の分身たちは破壊し追い詰め、人を殺していった。
原初である無痛の者がレギオンを探し、あたりを見回す。
そこで視界に入ったのは生き残っていて火傷を負った青年と、その母親。
母親は無痛の分身と対峙し、懸命に身振り手振りで命乞いをしている。
そのうしろで錯乱している息子が、
水たまりから泥水を大事そうに両手で救いあげていた。
その姿は原初の無痛の者の記憶を呼び起こした。
それは、自分がまだ小さな塊だったとき、
人間と同じ形に広がったレギオンの両手が、
モノリスまで自分を運んでいった時の記憶だ。
原初の無痛の者は人間狩りに疑念を抱いた。
そしてすぐに分身たちに狩りを止めさせようとしたが、
時既に遅く、分身は青年の母親を殺していた。
分身は、今にも息子に襲いかかろうと身構えている。
別の分身が第2のモノリスへと突進しその遺物に一撃を与える。
分身はさらに攻撃を加え、モノリスを粉々に砕き破壊した。
跡形もなくバラバラになった遺物の中から、真っ黒い球体が出現した。
黒い球体"エンコーダー"は周辺にあるもの全てと、光さえも飲み込み始めた。
エリアナは爆撃の最中、
陣痛の痛みと戦っていた。痛みと爆撃の恐怖に襲われながらも、
新しい神の絵を思い浮かべながら祈り、お腹にいる子と自分の未来のことを想った。
爆撃機の悪魔の様な気配が自分がいる建物へと迫っている。
悪魔達は絨毯爆撃を繰り返し、次はこの建物の上空を横切ってこの建物ごと吹っ飛ばされる。朦朧としながらエリアナは激痛に悲鳴をあげた。
体に力を込める。あの絵の細部が頭に蘇ってくる。
エリアナはレギオンを纏い始めた。
爆発がエリアナがいる建物を破壊し破片をまき散らした。
エリアナは安全な分娩室にいた。気が付くと痛みも消えていた。
傍らに存在していたかのように助産師がエリアナに優しく語りかける。
「よく頑張りましたね、本当に元気な赤ちゃんです」
エリアナはわが子を受け取り、わが子から立ち上る霧を見た。
ふと我に返ってみるとそこは分娩室ではなかった、
彼女が見た助産師はレギオンが変化した姿だった。
エリアナは銀色に光る角ばった鉱石の群に包囲されていた。
助産師はもういない。エリアナは見知らぬ惑星の洞窟にいた。
彼女は洞窟の中で恒星の光を反射して光っているモノリスを発見する。
モノリスに手を伸ばした。
モノリスから霧がにじみ出る。霧がヒトガタの幽霊のような形を作った。
霧の幽霊は、細長い螺旋状に変化し、猛烈な勢いで銀河を跳躍した。
その軌跡の先に地球があった。
モノリスを破壊した分身は球体、エンコーダーから発生した超重力に呑みこまれた。
球体から人の手が飛び出してゆらいだ。その空洞の指が瓦礫や墓地の全てを吸引し呑み込み始めた。
バリバリと破裂音を鳴らしながら無痛の分身と建物を全てつぶし、飲み込んでゆく。
混沌の最中、レギオンを纏ったエリアナは全てを感じ取っていた。
エリアナは神に祈った。その祈りを彼女の周辺に広がったレギオンが運んだ。
するとバラバラになったモノリスが修復していき、たちまち黒い球体を覆い隠し、重力によって舞い上がった物質が一斉に地面に落ちた。
原初の無痛の者は己の分身によって殺された死体を両手で抱き上げると、第二のモノリスの方へと向かう。その体は元通りレギオンを纏っていた。
街は以前の跡形もなく無く瓦礫と化していた。
エリアナは燃え続ける瓦礫のそばで子を抱き緑色に発光する霧を纏い一点を見つめ立ち尽くしている。
母親になったばかりのエリアナは次に何をすれば良いかわかっていた。
自分と子供を救った新しい神が墓地に”ある”のだ。
子を抱き朦朧としながらモノリスを目指して歩いた。
モノリスが近くに感じられるようになってくるほど、抉られたうに何もない更地が広がっていた。
周辺はモノリスを中心としたアリ地獄の様になっていた。
エリアナは自分を救った力の根源がモノリスにあると確信していた。
第二のモノリスの周辺で、その力を纏った異形の一団が隊列を築き整列していた。
モノリスの傍には人間の死体の山が築かれていた。
異形の集団を目にしたエリアナは一瞬驚いたものの、もともとは彼らは鉱物の結晶で、
最初は崩れながら動こうとしていたことをなんとなく理解していた。
異形の存在を目撃したエリアナは、
何故か恐怖とは別の、遠い親戚と再会したような感覚を覚えた。
整列した異形の集団のうちの、
腕輪をしている者だけがエリアナのほうを見ていて 、お互いの目が合った。
そして異形の集団は合体して一つの宇宙船になると、空の彼方にへと飛び立っていった。
軍とメディアはエンコーダーが作った”アリ地獄現象”を大量破壊兵器の使用として世間に公表した。モノリスと異形の部隊のことは機密として扱われことになる。
エリアナは捕虜として大国の同盟国の隣国へと移送され、特別な保護を受けながら、未知の研究に付き合わされることになった。
彼女は孤児であり、登山家で信仰深い夫も事故で帰らぬ人となってしまい、繋がっているのは残された新しい命と自分だけである。
赤ん坊は安全な施設へと移すということの説明を聞いたとき、
彼女はすんなりと受け入れた。移送中、堰を切った様に疲れが押し寄せてきて彼女は深い眠りにつき、夢を見た。
音にも言葉とも言えないような波が精神を促してくる。
しばらく会えないでいた夫がたくさんの銀色に輝く石をぶらさげて帰ってきた。
夫は丁寧にその石をテーブルに並べると、
カシムから教わったあの”詩”を歌い始めた。
するとモノリスが空間から現れる。部屋の雰囲気が明るくなり、自分もつられて歌いはじめる。部屋の隅では人の形をとったレギオンが赤ん坊を抱いてその様子を見守っていた。
ふと自分の腕を見ると授けられた腕輪が全身にもうひとつの軸があるかのように保持してくれている感覚を感じる。最初のモノリスを思い出す。レギオンが次の目的地を示してくれる。
そうしたらあの地球へ、此処へもどってこよう。
エリアナは”彼ら”がいつかまたもどってくることを悟っていた。
エリアナは全てを徹底的に調べ上げられた。モノリスの研究が始まる。彼女は子供を人質にとられていたため、協力的にならざるを得なかったし、
何よりももう他に失うものは他には無かった為でもある。
エリアナは施設から出ることを禁じられていた。
だがほとんどのことが解明されず、レギオンと名前が付いた霧が彼女の精神状態と関係がある、くらいのことしかわかっていなかった。
エリアナの話す内容は哲学的な話に寄りつつもいつも決まって最後にはあの”詩”に繋げようとする。彼女はあの詩の言葉を”鍵”と呼んでいた。
彼女があの異形の部隊について知っていることは少ないが、彼らがモノリスを目指してきたことは理解されるようになった。
あの時レギオンの力によってモノリスを修復しはしたが、
何故彼らの分身が第2のモノリスを破壊したのか、そしてそのなかから出現したエンコーダーが周辺の物を飲み込んだことに関しては彼女でも説明がつかなかった。
エリアナはしばしば幽霊騒ぎを起こした。あるときは彼女が2人に見えたり、
またあるときは何もない空間にあの”絵”を映し出して眺めていたり。
数日後、研究者たちはモノリス周辺で回収した未知の鉱物に興味を惹かれ解明にあたった。
この鉱物は未知の原子と炭素の混合で構成されていることと、
強力な引力と磁場を帯び、その強さが変則的に継続的に発生していることが明らかになった。
エリアナの証言からそれがあの異形の部隊のものだということも。
彼女は赤ん坊のこと、新しい信仰のことを考えながら、
自分の未来に希望を抱いていた。新しい命を抱え、彼女は自分の役割や使命を見つけるために歩み続けることを決意していた。
幽霊騒ぎは、しだいに彼女の”力”を示すものとして認知されるようになっていった。彼女は次に”彼ら”がまた”巡礼”の為にここに訪れる、ということを説き始めるようになった。
ある日、地下にあったモノリスの上にモスクを建造する計画が提案された。
計画の思惑は、部外者からは見えないように埋め立てずに研究を継続する為である。
モスクの建造にはあらゆる特別な注文がなされた。
いろいろなことが特別に秘密に扱われ、細心の注意が払われ計画は進んでいった。
一方、赤ん坊のいる施設では母親と同じく幽霊騒ぎが問題になった。
爆撃を受けたこの街の住人は難民キャンプも掌握され、封鎖され、全員身元や職業、生い立ちを調べられ、尋問を受けることになった。
身分証と携帯電話も剥奪され、この街の全ては敵国の監視下におかれることになった。
ただ敵国の軍人たちはそれ以外の事では丁寧に扱ってくれた。
最初こそ反発する者達がいたが、この国の現状を鑑みると、悪い話でも無かった。
うそっぱちでないと良いが。
君たちの為の住居、モスクは我々が作り変える。
ただし、勝手にこの地域から出ることは許されない。ということらしい。
表向きは元通りあったような信仰の趣のある街に見えるようにしたいのだ。
最初の爆撃以来、先を急ぐかのように大国の軍は次々と他の街へと侵攻が及んだ。どのメディアもこぞって”大量破壊兵器”の使用を声高に騒ぎ立てるばかりだ。
エリアナは赤ん坊に「シラ」と名付けた。男の子だ。
彼女は息子との面会の機会が少なすぎる、と不満を訴えていた。
レギオンの力が畏怖をもたらし、日を追うごとに彼女のは丁重に扱われ、時に乱暴に力を発現させられそうにもなった。
そういう時は決まってレギオンは現れなかったが。
息子もレギオンの資質があることが発見される。
しかし、その事実が余計に息子との面会の機会を減らす要因となった。
その頃、難民キャンプでは一人のカシムという名の男が消息を絶った。
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