第3話

「その霧の亡霊がいた墓はうちののすぐそばだ。」

エリアナが墓地の方向を見る。

「そう、そこの墓地だ。で、なんにする?大丈夫なのかい?子供がいるだろう。

ん?まてよ、違うな」

「あなたに頼むとなんにも決まらなそうね。いいわ、自分でやる」


カシムの始祖は芸術家だったらしい、

両親を見た記憶は無い。

孤児だった自分を引き取って育てあげた絵描きの女性からそんな話を聞かされていただけだった。

店のバースペースとは別の一室には誰も知らない神を描いた絵がしまってある。

話の流れで彼はその絵をエリアナに持ち出して見せてやった。

民兵組織の者達以外には見せたことは無かったが。

絵にはモノリスと神、あの天秤が描かれている。絵のうらには神の信仰をあらわしているかのような詩が書かれてあった。

ただどういうわけか、彼の先祖たちは皆、戦地に赴き、生死不明となった、らしい。絵描きだった母から何度もそんな話を聞かされた。

先祖について調べてもそれ以外なんの手がかりもつかめなかった。


「この神の話を信じるかい?」

「本当に興味深い話よ。わたしにとっては、かな。続きをお願い」

「誰にも教えてはいけない。教えても理解されないだろうし 、信仰を深めたいのなら秘密にしておくことだ」


(砂の舞う森)

砂が天のいたるところから線を作って流れ落ち、地面に溜まり広がっている。

砂で視界が霞む。

舞っている砂が透明な何かに付着して、人間の形の輪郭が浮かび上がっていた。

「森か、まだ薄いな」

「あなたが決めるのです」と、目の無い人間テイレシアは言った。

森全体、いやその世界全体が振動して残像を見ている様だ。

森の中央には巨大な支柱が天に向かってどこまでも伸びている。

この支柱はエンコーダーの中の理の間にあった、巨大な幽体達が操作している理の天秤のものと同じ支柱だ。

「あんたはまだ弱い」

木陰から表れた獣の影が話しかけてきた。

その薄い体はわずかに振動し続けている。

「この先の洞窟に銀色の石があるだろ、あそこに行ったらあの石達がいきなりこっちを向きやがったんだ!」

「好かれたのかもな」と、透明な人が言った。

獣「何故俺はこんな姿なんだ?」

「いろいろと都合が良いから、としか今は言えぬ」

「まだ理に反しているな」

新しい砂がその獣の頭に降りかかった。

砂を被った獣の存在はゆっくりと消えていった。

新しい砂の線が時間とともに増えてきている。

砂だらけの森だ。きっともうしばらくここにいれば此処は砂で埋まってしまうのだろう。

透明な存在とテイレシアは洞窟の中に入った。

洞窟にはさまざまな色に光を放つ鉱石が所狭しと密集している。

その鉱石の群体が放つ光が洞窟に明かりをもたらしていた。

洞窟を進んでいくとさっき出会ったのとは別の獣が椅子にこしかけて、

机の上に広げた羊皮紙に何かを書き記している。

獣の周囲に色々なものが散らかって置いてある。

たくさんの書物、ろうそく、弦楽器。

今度の獣の姿はくっきりとした存在に見える。

獣が立ち上がり話しかけてきた。

「やあ、ここでこの鉱石を研究していたんだ」

獣は2本の脚で立ち、人間と同じくらい背丈の大きなネズミ、頭はハリネズミの様にとげがあり、服を着ている。

獣は理の天秤の支柱から少し離れたところにある”神聖なほうの”村から来たそうな。

獣は村の生活に嫌気がさしてこの洞窟に住み始めたそうだ。


獣「石は痛みがわからない」

テイレシア「もちろんです、生きていないのですから」

獣「本当にそうだろうか?」

「痛みは感じないけど、意思をもっていたりはしないのかな」

獣は机に置いてあった弦楽器を持つと、

足元にある銀色の鉱石群に向かって楽器の音色を聞かせてやった。

弾きながら、獣が言った「祈りや、想いが伝わっていたりはしないのだろうか」

すると、銀色をした鉱石群が獣の方向へと向き美しい並びへと変わった。

鉱石の平らな面が鏡の様に獣の姿を映していた。


テイレシアと透明な存在は洞窟を出てまた砂の舞う森へ、

今度は獣が言っていた村へと向かった。

獣は弾くのを止め、先ほど奏でていた音色と振動を文字として書き記した。


透明な輪郭「また幻聴か」

テイレシア「どうしました?」

透明な輪郭「聞こえないか?」

テイレシア「ええ、聞こえています」

村を目指し歩いていた2人は風とは違う空気の振動に気が付いた。弦の音色だ。

行ってみるとそこには地形と草木を利用して作られた。森小屋があった。

音は森小屋の中からだ。透明な人が扉をノックしてみると音楽が止まり、

中から老人が出てきた。

老人は2人を小屋に招き入れた。

小屋の中はキャンバスと絵具がぐちゃぐちゃに置いてあって、大小様々な絵画が無秩序に飾られていている。

弦楽器を持った見るからに幼い獣が床に座っている。

イーゼルには完成していない抽象画があった。

「こうみえても絵が苦手なもんで」

カシムという名の老人が言うには、住んでいた街が砂で埋まったらしい。

「もうなんどもやっているが」

「何を描いたらいいのかわからないでいるんだ」

かの者は砂を払い落とすと、その姿はまた見えなくなった。

カシムは獣と一緒に暮らしていた。この獣も弦楽器を持っている。

この幼い獣も村に居心地の悪さを感じて村から抜け出してきたそうだ。

「あなたが訪れるのを待っていました。これで、絵の続きが描けます」

「ここももう長くはありませんがね」カシムはそう言って天井から落ちてくる砂に目を落とし、透明な、かの者に視線を移した。

天井から降ってきた砂が透明な存在に流れ落ち、再び砂が人の形の輪郭を作った。

かの者はもう一度体に付いた砂を払い落した。

すると、かの者の姿は、はっきりとした人間の姿に成っていた。

「あなたは・・・」

「さあ、もう行ってください。あなたは私を見たんですから」

「この子も一緒に連れて行ってください」

小屋を後にした二人はまた村へと歩き始める。

二人の後をさっきの小さな獣がついてきていた。

村への方角の目印となる理の天秤の支柱はどこまでも伸びていた。


森小屋がいくつか見えてくる、村に着いたようだ。

小さな獣は何故か怖がってテイレシアの後ろに隠れるように歩く。

「おい!そこのちっこいの!おまえはどっちの側の奴だ?それと、あんたはヒトか。それと目の無い奴、ううむ」

見ると獣が洞穴から煤だらけの顔をだして話しかけてきた。

「まぁいい、こっちに来て手伝え」

他の獣たちは隣の村へと向かったそうな。なんでもこの村は理の支柱をはさんで隣に位置する”神聖な”村とは対立関係にあるらしい。

この獣は洞穴の中で鍛冶をしているらしいのだ。

テイレシア「ここは”神聖な村”とは違うようですね」

なんでも最近は理の支柱を砕いたものを使って鍛冶をしはじめたそうな。

「あれを砕くのにはかなり苦労した。こいつはまだつくりかけなんだがな」

そう言って獣は腕輪の様な形をしたものを自慢げに見せた。

作業場は鍛冶道具が乱雑に散らかっていて、汚かった。食べかす、敗れた本。

「あんたたちがここに来たってのは、何かの啓示かもな」

そう言って獣は炉の傍に転がっていた棒を足でどかして、村の外へと2人を案内した。

村は乱雑な印象があるが、置いてあるものには便利なように色々な工夫を施した跡が見受けられる。

この村の地面の下には夜をもたらす”陰の神”が眠っている。

2人はその神が眠る場所へ案内された。辺りは薄暗く、砂と混じって緑色の霧が立ち込めていた。

「我らが神がここで眠っている」

竜は地面の下で呼吸をして眠っている。”砂と光”を吸い込み、地面から緑色のガス、”レギオン”を吐き出していた。

一方、隣の”神聖な”ほうの村には”陽の神”がいるらしい。

この村の獣達が陰の神を崇め、隣の村(神聖なほうの村)の獣達は陽の神を崇める。


陰の神が上空へ上って広がり、

天に住む陽の神の光を吸い込む。

するとこの世界には夜が訪れる。

陰の神はひとしきり光を貪った後、地中へと戻り眠る。

そうするとまたこの世界に光が溢れる。


この世界では陰陽の神が地球の明け暮れとおなじ仕組みを作っていた。


「かの者よ」地中から声が聞こた。


「しゃ、しゃべった!?」鍛冶師の獣は突然の声にびっくりして腰を抜かす。

小さな獣は耳を塞いでうずくまった。


「その姿をしているということは、カシムに会ったのだな」

かの者ゆっくりと、黙ってうなずいた。


陰の神「それと鍛冶師!・・おまえは」

「あの支柱に傷をつけたのはおまえだな?」

はい、と鍛冶師の獣が消え入りそうな返事をする。


「あの支柱はこの世界を支える為にあるのだ」


獣「どうかお許しを」


「必ず腕輪を完成させよ、それがおまえの勤めだ」


獣「え?」


陰の神「そこにおられるかの者に腕輪を渡して差し上げるのだ」


そういって、陰の神はまた眠りについた。


鍛冶師の獣はあわてて、鍛冶場のある洞穴へ戻り急いで腕輪の鍛冶にとりかかった。

その後、しばらくはかの者とテイレシアと小さな獣の3人は洞穴に泊まり込み腕輪の製作を見守った。その間、小さな獣のは一度も洞穴からは出ようとはしなかった。

かの者「これも混ぜてくれ」

かの者が差し出した小さな袋からはレギオンが漏れ出していた。

鍛冶師の獣は理の支柱とレギオンを混ぜた腕輪を作り、かの者に渡した。

その日は何故か村の者のほとんどが姿を消していた。

鍛冶師の獣「他の奴らはあの村へ行ったよ。また文句を言いにな」


腕輪を譲り受けたかの者達は隣の村へと向かった。

途中、何やら口論する声が聞こえる。

行ってみると、理の支柱の傍で獣たちが2手にわかれ睨み合っている。

小さな獣はまた怖がってテイレシアの後ろに隠れた。


汚れた獣「あの子をこっちに寄越せ!こっちは人手が足りないんだ」


小奇麗な獣「そちら側に行ったのではないのか?それに最近は夜が長く、冷える。信仰も人手も十分なのではないのか?」


汚れた獣「知るか、こっちには来ていない。お前たちの息苦しさに耐えられなくなったんじゃないのか?」


小奇麗な獣「なにをいいたいのかわからないな。ここ最近、砂が増えてきたのもお前たちのせいでは?」


対立していた獣たちが訪れていたかの者達に気付いて一斉にそちらを見る。が、すぐにまた汚れた獣が文句をいいはじめた。


汚れた獣「使っている道具も何も、オレたちが作り上げてきた。お前たちは何も作り出していないじゃないか」


「またその話か」小綺麗な獣がため息まじりにつぶやく。


小奇麗な獣「その道具とやらを発展させてきたのは我々の方だ。子供の育て方、とり決め。雑なお前たちは全て面倒がる。素直かもしれんがいつも向こう見ずだ」


小奇麗な獣「教えてきたのも我々だ、それに何故我々の神が支えているあの支柱に傷をつけた?これもおまえたちの仕業だろう?」


小奇麗な獣「協定を破るのもいつもお前たち」


汚れた獣「おれたちがきめたことじゃない!」

汚れた獣とその連れ達は今にも飛びかかろうと身構えている。


小奇麗な獣「争いごとをもちかけてくるのはいつもお前たちだ。その雑音を聞いていると、こっちまで醜くなりそうだ」


小奇麗な獣の頭の上に砂が降りかかる。「神の怒りを買うのはごめんだ」


首を振り頭から被った砂を落とす。「おかげでこちらの神の信仰にも支障が出る」


かの者「もうよせ、子供はここにいる」

小さな獣はテイレシアの後ろでもうしわけなさそうな顔をしている。


かの者「時間が無い、砂が増えてきている」


小奇麗な獣「では我々はどうしたら良いのですか?創造主よ」

小奇麗な獣がかの者が持っている腕輪を見つめながら言った。


かの者「お前たちの神の姿が砂で見えない」


かの者はそう言って腕輪を天に向かってかざした。すると腕輪から引力が発生した。腕輪の輪の中に砂が吸い込まれていく。

腕輪の引力は空を舞う砂に穴を作る。

かの者が空を見上げてみると、

空に広がって地上に光を放っている陽の神の姿が見えた。

次の瞬間、

ものすごい勢いで陰の神がいる方向から黒い螺旋、

陽の神がいる天の方向から光の螺旋が腕輪の輪の中を通過した。

陰と陽の光が混ざり合い、腕輪を巻き込んで理の支柱へと到達し衝突した。

支柱に突き刺さった腕輪が支柱の中に溶けながら飲み込まれ無くなった。

その光の衝撃波は果てしなく伸びている天よりも上へと向かい進んでいった。


テイレシア「素晴らしい、これでつながりましたね」


創造主と呼ばれた彼の者は姿を消していた。


こうして

レギオンで雲を作ったシンカーは、

理の天秤から陰陽のエネルギーを空洞な手を通じて受け取り、

3つのモノリスを作り、モノリスから世界を投影した。

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