第49話 ボコられるの確定

「え………」


俺たちは先生に入部届を出しに来ている。


今、ボクシング部に入部すると伝えて先生が固まっているところだ。


「え、なんですか?その反応っ!?」


何かあるのだろうか?


すると当然、先生が手を握って来た。


「そうかそうか、入部してくれるのか!!」


さっきとは打って変わって嬉しそうである。


「あの理恵先生?」


「ああ、すまんな。実は私がボクシング部の顧問なんだ。部員が少なくて困っていたが柳が入ってくれるとは思ってもいなくてな」


まさかの理恵先生、ボクシング部顧問だった。


よく見ると腕に少し傷などがある。


もしかして理恵先生、女子ボクシングの選手だったのか!?


「先生、元ボクシング選手ですか?」


「腕の傷で分かったか。もしかして柳もボクシング経験かな?」


「はい」


本当に先生がボクシング選手だったとは。


ずっとボクシング部の顧問は誰だろうと思っていたが理恵先生なら安心できる。


しかも経験者となるとちゃんと指導もしてくれるだろう。


それに全く知らない他学年の先生とかだとどう話せば良いか分からないから普通に怖いし。


「今日は元々オフだから明日から本格的に活動開始するぞ」


「分かりました」


腕も筋肉痛で動かしづらいので今日オフなのは結構助かる。


「あの、先生。私たちも入部するんですけど」


「おお、そうだったな」


そう言って志歩達も入部届を渡し教室に戻った。


「どこ入部することにしたんだ!?」


教室に入ると名前も知らないクラスメイトがそう聞いて来た。


「ボクシング部だよ」


みんな俺と同じ部活に入って志歩たちと関わりを持ちたいのだろう。


入部するだけとはいっているが、志歩たちが部活に来る可能性もないわけでは無い。


志歩の事が好きな人だったらこれ以上ないチャンスだろう。


その思いと引き換えに、これから毎日殴り合いをしなければならないが。


「ボクシング、ボクシングかぁ………」


他のクラスメイトもそんな事を言っている。


何人も入部を渋る声が聞こえた。


俺とか先輩と殴り合いをすることになるんだから渋って当然だろう。


入るのは個人の自由なので俺は何も言わないが。


まあ俺は邪な気持ちじゃなくて本人にボクシングをやりたい気持ちがないと厳しいと思うけど。


「柳ってボクシングやってたのか?」


神田が話しかけてきた。


こいつは柔道部に入るらしい。


正直、俺はこいつが柔道部入ったことに驚いている。


神田には申し訳ないが、普段の様子を見てるとこいつが1番志歩たちの入部した部活に入りそうだと思っていた。


「中1から中3までやってた」


中学時代は結構そこそこ強かったので、両親の家にベルトが幾つか飾ってある。


だから、今も自分ではそこまでパンチの威力は雑魚じゃないと思っている。


体力が無いことにはどうしようも無いので、運動不足が解消されればの話だが。


「何人来るのやら……」


俺はそう呟き遠い目をした。

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「おお、今年は人多いな……」


「やっぱり志歩たちに影響されたんでしょね」


次の日の放課後、あのボクシングジムっぽい部屋で俺は久世先輩とそんな言葉を交わしていた。


あのあと、俺がボクシング部に入部したという話が学年中に出回り、志歩たちに影響され先を考えずに入部した人や、普通にボクシングをやりたくて入部したい人が理恵先生に殺到したそうだ。


そして今、俺たちの前には40人近くの1年生が集まっている。


学年は200人程度なので約5分の1だ。


多過ぎるだろ。


ちなみに今集まっているのは自己紹介やら何やらをするためだ。


もちろん、今日だけは志歩たちも来ている。


流石に女子は入部しなかったようなので、ここにいるのは志歩たちを除くと男子だけだ。


つまり志歩たちに対する視線がエグいことになっている。


「まず自己紹介をしようか。私は部長の久世大地だ。じゃあ1組から自己紹介してくれ」


久世先輩がそう言ったのをきっかけにして1組から順に自己紹介が始まった。


そして、自己紹介中に思ったのだが志歩たちの自己紹介の時だけ五月蝿すぎる。


可愛いとか、この部活入って良かったとかいう声が聞こえる。


彼らは志歩たちは殆ど参加しないということを忘れているのだろうか?


そんなことを考えてるとすぐに俺の番が来た。


「えー、1組の柳優です。ボクシングは3年間やってました、よろしくお願いします」


「前の練習で妙に慣れてるなとは思ったがボクシングやってたからだったのか」


久世先輩がそう声を上げた。


あの練習の時後ろに立って俺を見ていたのは経験者か見極めるためか。


「久世先輩は中学時代ボクシングやってたんですか?」


「ああ、俺もやってたぞ」


先生も経験者だし、部長も経験者で俺も経験者と……


割と普通に対外試合とか出来そうだな。


まぁ他の1年の頑張りにもよるけど。


「えーっと、グローブとかは揃ってるからみんなはマウスピースとかだけ自分で持って来てくれ」


流石にマウスピースは持参か。


口の中に入れるやつだから当然といわれれば当然だ。


「マウスピースってなんですか?」


嘘でしょ?知らない人いたんだけど。


志歩たちにに影響された人だろうけど、ボクシング部に入るんだからせめてそれくらいは調べて来て欲しいものである。


「歯を保護するやつだ、これが無いと歯が折れる」


そう言って久世先輩が自分のマウスピースを取り出した。


「あ、柳。今マウスピース持ってるか?」


久世先輩にそう言われた。


実は俺、今マウスピースを持っている。


もし、このまま練習とかになったら無いと困るので持って来ておいた。


「持ってます」


「よーし、じゃあ試しに試合してみるか!」


「ムリムリ」


速攻でそう答えた。


まだ運動不足は解消されていないし、身体が感覚を忘れてるので普通にボコられて負ける。


「(柳君がボコられてる姿見てみたいわね)試合見てみたいわ」


「おい、小声だけど聞こえてるぞ」


こいつはドSなので俺がボコられている姿を見たいのだろう。


酷い話だ。


「ゆーくんの試合見てみたい!」


こっちは奈珠華と違いなんの悪気もなく言っているので、すごく複雑な気持ちになった。


「よし!山吹さんと水城さんもそう言ってることだしやるか!」


そう言ってやる気満々で久世先輩は更衣室へ入って行ってしまった。


「頑張ってね」


奈珠華がそう言ってきた。


「この野郎……」


半ば強制的に、俺と先輩のエキシビションマッチが決定したのだった。

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