第44話 橘蜜華

「誰かにお願いなんだが放課後、転校生3人組の学校案内してくれないか?」


次の日の朝ホームルーム、理恵先生がそう言った。


その瞬間、男子の目の色が変わった。


当然だ。


いつもテレビの向こう側で見ていた人物と邪魔が入らずに話せる絶好のチャンスなんだから。


「俺行きたいです!」


「いや、俺も行きたいです!!」


「私も!!」


俺を除いたクラスほぼ全員が立候補して騒ぎ始めた。


昨日といい、俺のクラスに静寂は訪れないのだろうか?


ここ最近、奈珠華たちの転校や志歩関係でクラスは賑わっている。


賑わっているというよりは、他クラスからも人が来るので教室はカオスだ。


「おぉ、ちょっと多すぎるな」


そりゃそうだ、クラスほぼ全員が立候補してんだから。


「ここまで多いなら、橘さんたちに選んでもらうか!」


クラスで1番イケメンの男子がそう声を上げた。


自分が1番イケメンだから選ばれると思っているのだろう。


俺は嫌な予感がしてならなかった。


奈珠華はドSだ。


奈珠華が俺を選ぶ→俺が嫌がる→奈珠華が喜ぶ→俺がクラスみんなからヘイトを買う→奈珠華がさらに喜ぶ


こんな未来が見える。


いや、でも先生がこれを認めなければ逃げーー


「それいいな。じゃあ選んでもらうか!」


あーあー、先生賛同しちゃったよ。


「えー、どうしよう〜」


奈珠華が周りを見回しながら大きな声でそう言った。


俺が選ばれるの確定だ。


「「じゃあ、志歩さんでお願いします」」


俺は自惚れすぎていたようだ。


よくよく考えてみれば俺たちはまだ会って1週間程。


そこまで信用を得られている訳がなかった。


そして自惚れていた人がもう1人、イケメン男子が固まっている。


彼女たちが見知らぬ男を選ぶとでも思っていたのだろうか?


なんとも哀れだ。


奈珠華と夏木さんは志歩に決定、蜜華さんも志歩で決まりだろう。


「私………柳さん……で……」


蜜華さんが掠れそうな声でそう呟いた。


しかも「柳さんで」とか言っている。


嘘でしょ!?


「じゃあ、山吹と新庄は水城と一緒でいいな。橘は柳で……大丈夫か?」


何!?その疑問形!?俺そんなに信用なかったっけ!?


「大丈夫……」


蜜華さんの方を見ると相変わらずの何を考えてるか分からない真っ黒な目がこちらを見ていた。


何考えてるのか分からないのが、1番怖い。


「じゃあ、ホームルーム終わりな〜」


先生が教室から出て行った。


「なんでお前が橘さんに選ばれてるんだ!?」


イケメン男子が掴みかかってきた。


「なんではこっちのセリフだ!!」


「あいつが言ってた通り脅してるのか!?」


あいつって絶対昨日絡んできて撃沈した人のことじゃん。


脅してるとか言ってたし。


「脅してない!!マジで知らん!!」


「そこ……まで……」


蜜華さんが割り込んできた。


「橘さん、なんでこいつにしたんですか??」


「理由……あるけど、言わない。乱暴な人……信用に値しない……、キライ……」


ド直球にも程がある。


口数少ない分、一言のダメージが凄い。


「あ、あぁ、はい」


イケメン男子はたじろいでいた。


うちの学校のイケメンはどうしてこうも人を怒らせるのだろうか。


怒られるのが好きなのだろうか?


だとしたら、とんでもないドMだ。


「柳さん……放課後、よろしく……」


「おぉぉ、よろしく」


それだけ言って教室から出て行ってしまった。


教室が望んでいない静寂に包まれた。


「1年1組男子!早く校庭に来いっ!!」


爆音の呼び出しが静寂をぶっ壊した。


「え?あ、やべ!次体育じゃん!!」


みんな焦って着替え始めたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねえねえ、柳くんは志歩ちゃんと普段どれくらい、いちゃついてるの??」


放課後、俺は蜜華さんと学校を回っていた。


「ねぇねぇ、やn」


「蜜華さんそんなに口数多かったっけ?」


さっきから案内そっちのけで質問ばかりしてくるのだ。


教室での、静かさは欠片も残っちゃいない。


「みんなの前だと、清楚を装わなきゃならないから」


「なんで?」


「私がそういうキャラで売ってるから」


既に清楚の皮が剥がれてる気がしないでもないけど……


「俺が周りに言いふらすとは思わないの?」


「微塵も思わない。言ったらこっちも手があるから」


「何するつもりだよ……」


「教えない、あとさん付け余所余所しいから、橘か蜜華でよろしく」


「じゃあ橘にするわ。俺も柳でいいよ」


「柳は志歩ちゃんとどれくらいいちゃついてるの?」


さっきからこればっかり聞いてくる。


「そんなに気になる?」


「うん」


「残念だけど、いちゃついてないよ」


「これでもいちゃついてないって言うの?」


ポケットから写真を一枚取り出した。


俺が志歩の頭の上に手を置いて爆睡してる写真だ。


「ん!?なんでそんな写真持ってるの!?」


「志歩ちゃんが送ってきたのを現像した」


どうやらあの時志歩は起きていたらしい。


「これはどこで撮ったもの?」


「………」


「ベットだよね」


「違います」


「違くない。志歩ちゃんがベットだって言ってたよ」


これは志歩の写真フォルダを検閲しなければならないな。


何をしでかすか分からない。


「はい、そうです、ベットです」


「ほらーやっぱりいちゃついてるじゃん。他にも教えて!!」


「嫌だ」


「えー、じゃあこの写真、奈数珠華ちゃんたちに渡しちゃお」


「言います言います。それだけはやめてください」


このあと俺は人生最大の辱めを受けたのであった。

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