第2話 こんな感じで出迎えられ

 ウェスティア国王都の中央にそびえ立つ白く輝くような城。王都に暮らす人々にとっても城内で働く人々にとっても誇りである美しい城を背にして立つ大臣たちは皆、苦々しい顔をしていた。身綺麗にした執事やメイド、雄々しい近衛兵たちがずらりと並ぶ盛大な出迎えにも、穏やかな青空にも似つかわしくない表情だ。


「女神に祝福された神聖なるウェスティア国の王座に異国の踊り子の血をひく卑しい王子を座らせることになろうとはな」


「我がウェスティア国の王は代々、金髪碧眼。あの女譲りの黒髪黒目、褐色の肌だったりしたら女神の不興を買うかもしれん」


「その王子、長いことオーリア国で暮らしていたのだろう? 女神の加護を拒んだ無礼で野蛮な国で!」


「しかも王宮の中で暮らしていたと聞く。オーリア国に懐柔されている可能性も考えて適切に扱わねばなるまい。我らとしては女神の祝福を受けた王の血をひく者が王座に座ってさえいてくれればいいのだからな」


「騎士団連中は〝白狼戦〟の大敗もあってオーリア国を敵視しているからな。オーリア国の手の者かもしれない王などお飾り以上にはなれんよ」


 後ろにいる執事やメイド、近衛兵たちの耳なんて気にもせずに話す大臣たちにメイドの一人であるメアリは口をへの字にした。

 一年に一度、支給される新品のメイド服も今日、この日のためにおろした。すっかり白くなった髪もいつもより念入りに、きっちりと結い上げた。それもこれも今日というこの日、この瞬間を楽しみにしていたからだ。

 逃げるように、追われるようにこの城を出て行った彼女・・の息子が帰ってくるのだ。またあの子に会えるのだ。なんて喜ばしい日!

 だというのに大臣たちは悪びれた様子もなくあんまりなことを言う。怒鳴りそうになるのはどうにかこうにか堪えたけれどおかげで鼻の穴が大きくなったり小さくなったりと忙しい。

 唇を引き結んで我慢我慢と念じているとラッパの音が響き、馬車が近付いてくる音がした。


「王太子殿下ユージン・ウェスティア様、ご到着です!」


 近衛兵のよく通る声に出迎えるべく整列していた全員が背筋を伸ばす。到着するまでは何を言おうと到着しさえすれば次の国王として迎え、うやうやしく扱うに違いない。


「金髪碧眼、金髪碧眼、金髪碧眼、金髪碧眼……!」


「来い! 金髪碧眼、来い!」


 そんな淡い期待を見事に叩き潰されてメアリは無の表情になった。止まった馬車の立派な扉を睨むように見つめてブツブツブツブツ呪文を唱えている大臣たちの背中を見つめて無の表情になった。

 アバババ言いながら小さな手をぎゅっぱしていた可愛い可愛い坊やがどんなに立派な青年に育ったかとドキドキのウキウキだったのに。大臣たちがブツブツブツブツ唱える呪文のせいで感動半減どころか激減だ。

 鼻の穴を大きくしたり小さくしたりして怒鳴りそうになるのを堪え、メアリは深々とため息をついた。

 でも――。


「まあ……まあまあ、まあまあ……!」


 馬車から降りてきた青年の姿を見た瞬間、大臣たちへの怒りなんてスポーン! と吹き飛んでしまった。目をうるうる潤ませ、口元を両手で押さえてどうにかこうにか歓喜の声をあげそうになるのを堪える。

 まぁ――。


「よっし! おいでませ、金髪碧眼!」


「あれならお飾り王として十分に体裁が整うな」


 ユージンの死角でこっそりガッツポーズしている大臣たちがうっかり視界に入ってしまってうるうる涙目も歓喜の声もげんなりとしたため息に変わってしまったのだけれど。


「ユージン様、遠いところからよくぞいらっしゃいました!」


「これで我が国は安泰! 女神もまた祝福くださいましょう!」


 大臣たちはといえばろくでもない呪文を唱えていたことなんておくびにも出さず、手をスリスリしながら馬車から降りてきたユージンに歩み寄った。大臣たちの胡散臭い笑顔にユージンも困り顔で微笑んでいる。


「ユ……ユージン・アバイネ・・・・です。よ、よろしく……お願いします……」


 おどおどと挨拶をして大臣たちの視線から逃げるようにうつむいていたユージンだったけど馬車の中から声を掛けられたらしい。ハッと顔をあげると表情をやわらげた。


「そ、それと……」


 ユージンがエスコートでもするように手を差し出すのを出迎えるために並んだ執事もメイドも近衛兵も、さらには大臣たちもがきょとんと見守った。それが〝ように〟ではなくまさにエスコートだったのだと気が付いた瞬間、大臣たちは真っ青な顔になった。


「僕の……つ、妻です」


「サーシャ・アバイネ・・・・だ。よろしく頼む!」


「妻!?」


 ユージンのエスコートで降り立った銀髪の美女にメアリを含めた出迎えの者たちは息を呑んだ。ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝くマーメイドラインのドレスを身に纏ったサーシャはトパーズのような金色の目を細めて艶然と微笑んだ。

 一人、馬車から降りたときにはおどおどと背中を丸めて情けないことこの上なかったユージンだったけれどサーシャが隣に立ったことで雰囲気が一変した。陽の光のような金色の髪をさらりと揺らし、晴れた空のような青色の目を細めて静かに優しく微笑む。人の目から逃れるように丸めた背中もサーシャが隣に立ったことでユージンが腰を屈めて寄り添っているように見えた。

 王子様然としたユージンの姿にほぉーっと感嘆の息をつく者が現れた一方、サーシャの姿に青ざめ、あるいは目をつりあげる者が現れた。


「サーシャという名前……それにあの体中の傷痕……まさかオーリア国の第十三王女!?」


「オオカミの尾のような銀髪にオオカミのような鋭い金色の目、剣でできたとしか思えない無数の古傷。あれは……我らウェスティア国騎士団を苦しめた〝白狼〟か!」


 大臣と騎士団所属の近衛兵たちだ。

 そう、サーシャの体には無数の古傷がある。オーリア国王城にいるときのように軍服や男物の服を着ていればほとんど隠れてしまうのだけど今日のように肩も背中も広く開いたドレスでは隠しようがない。腕にも多くの傷痕があるのだけど多くの令嬢が好んでつける丈の長い手袋をつけたりもしていない。傷を隠す気がないのだ。

 怖い顔の近衛兵たちを見て首を傾げていたサーシャだったが理由に思い当たったのだろう。


「もしやレベナド山脈で剣を交えたウェスティア国の兵士たちか。あの戦いは実に良い戦いだった。兵士の練度は少々、足りなかったがあんなにも王を慕い、国に忠誠を誓う者がいるということが素晴らしい! 余の親衛隊たちも褒めていたぞ!」


「惨敗をきっした我々への嫌味か、白狼めが!」


 美しいドレスに似合わない豪快な笑い声をあげるサーシャにいかつい近衛兵たちは露骨に顔をしかめた。ユージンはと言えばサーシャと近衛兵たちのやりとりにこっそりお腹を押さえた。聞いているだけで胃がキリキリしてくる。

 想定外の美女の登場に執事やメイド、近衛兵がザワザワする中、大臣たちはこっそりひそひそと話し合いを始めた。


「次の国王の妻ということはこの国の次の妃になるってことだぞ? それがオーリア現国王の、よりにもよって末の王女だと!? 弟王子が生まれるほんの数年前まで男児のいない現国王の後継者として育てられてきたいわくつきの王女!」


「王室からの除名、勘当が急に公表されたから何かあるとは思っていたが……まさか我が事になるとはな」


「身辺は調べたんじゃなかったのか」


「調べたさ。調べて、結婚もしていないし、するような様子もなかったから離縁、脅迫、暗殺、その他諸々の工作は不要ということになったんだ」


「なら、なぜ妻を名乗るオーリアの白狼姫がこの場にいるんだ」


 こっそりひそひそと話し合っていた大臣たちはため息を一つ。目配せして頷き合った。


「密偵が探れないほどの極秘事項だったのか。それともあの王子がウェスティアの国王になると知ってオーリアの連中が慌てて婚姻を結ばせたか」


「どちらにしろ、あの王子と白狼姫の結婚は我々にとって都合が悪い。我らがまずするべきことは白狼姫をオーリア国に送り返し、二人を引き離すこと」


「引き離したあとでこちらで用意した〝相応の令嬢〟との結婚を公表し、白狼姫との関係は有耶無耶にしてしまえば良いのだ」


 やるべきことを確認し合った大臣たちはもう一度、頷き合うとにっこり外交モードスマイルでユージンとサーシャに向き直った。


御友人・・・といらっしゃるとは思いもよらず。大変申し上げにくいのですがユージン様のお部屋の御用意しかできていないのです。つきましては御友人・・・には一度、祖国にお帰りいただき……」


「一部屋あれば十分だ。なぁ、ユージン!」


 手をすりすりしながらも割と直球でお帰り願おうとする大臣たちの意図なんて気付きもしないでサーシャは笑顔で言う。サーシャの隣ではユージンがお腹を押さえて冷や汗だらだらで引きつった笑みを浮かべていた。こちらはすっかり完璧に大臣たちの意図を察しているのだ。


「で、ですが年頃の男女が同じ部屋というのは問題が……!」


「ウェスティアの大臣たちは面白いことを言うのだな。年頃の男女だから結婚したのではないか。夫婦であれば同じ部屋で過ごしたとて何も問題あるまい」


「あの、それはそうですが……」


「同じ部屋で過ごすことも、同じベッドで寝ることも、同じ風呂に入ることも夫婦ならばあろう」


「お、おにゃじおひゅろ!!?」


「小さい頃も散々、一緒に入ったではないか」


「そ、そそそそうだよ! 小さい頃の話だよ! 小さかったからだよ! い、今はほら、あの……!」


「我が夫殿はい反応をする!」


 ケラケラと笑うサーシャと顔を真っ赤にして狼狽えるユージンに執事やメイドたちは微笑まし気に目を細めた。近衛兵たちは宿敵〝白狼〟のノロケ姿に複雑な表情になっている。

 大臣たちはと言えばジトリとした目で二人を見ていたが咳払いを一つ。寒気と暖気まぜこぜの空気を吹き飛ばした。


「しかし、そうは言いましても御客人に……それも大切な隣国オーリアの第十三王女であるサーシャ様に相応のお部屋をご用意できないというのは我が国の恥です」


「どうか我らウェスティア国の立場にもご配慮いただき、〝相応の用意〟ができるまでお待ちいただけないでしょうか。祖国オーリアにて!」


 意訳するなら〝とっとと帰れ〟だし、〝相応の用意〟とは部屋の用意ではなくウェスティア国にとって都合の良い妃の用意のことだ。大臣たちの心の声をそこまで正確に読み取ることはできなくてもこれだけ胡散臭い外交スマイルで言われたら普通、警戒するし真意を疑う。

 でも――。


「む、我が夫殿の祖国の沽券に関わるということか。それは確かに問題だな」


 サーシャは疑うことなく言葉通りに受け取ったらしい。大真面目な顔で腕組みをすると唸り声をあげた。

 慌てたのはユージンだ。こちらは大臣たちの心の声を一言一句違えぬ勢いで正確に読み取れている。ウェスティア国を出たら最後、サーシャとは二度と会えないし、どこぞの令嬢をあてがわられ、その令嬢が妻になって正妃になって貼り付いたような笑顔を浮かべて自分の隣に立っている未来が簡単に想像できる。

 ぶるりと身震いしたユージンはキリキリと痛む胃を押さえて決死の覚悟で口を開いた。


「て、手紙に一人で来るようにと書いてあったのに……れ、連絡もせずつ、妻を連れて来たのはこちら、です。だから……」


 口を開いたものの大臣を含めた大勢の目に見つめられて声は尻すぼみに小さくなり最後には消えてしまった。

 でも――。


「そうだな。そうだったな、ユージン」


「痛……サーシャ、痛い!」


 サーシャが満面の笑顔でバシンバシンとユージンの背中を叩き始めた。


「お前は雪ウサギのように繊細な性格をしているのだった!」


「雪ウサギ?」


「繊細?」


「余と一日でも離れようものならお前の胃が危うい。必ず守ると言ったのに、いやぁ、うっかり! 約束を破るところだった!」


 サーシャは豪快に笑った後、いぶかしげに首を傾げている大臣たちに向き直った。


「我が夫殿が言う通りだ。手紙に書いてあることを承知の上で余はついてきたのだ。部屋のことなど気にするな。余はソファでも椅子でも床でも、なんなら吹雪の中、岩の影に身を隠してでも眠れる。なにせ戦場で慣れているからな」


「いえ、ですが……!」


「気持ちはありがたいがそう気を使うな。ユージンのそばにさえいられれば余は余の役目を果たせる。雪ウサギの巣穴の古藁のようなものだと思ってくれ」


「雪ウサギ? 古藁?」


「ゆ、雪ウサギは神経質な性格で……巣穴の藁を新しいものに換えるとストレスでし、死んでしまう……と、オーリアでは言われて、いるんです……」


 ユージンの説明にうんうん頷いているサーシャを見て大臣たちはぎょっと目をむいた。


「死……!?」


「そういうわけだ。さぁ、我が夫殿との新たな愛の巣に案内せよ!」


「あ、あいのひゅ!?」


「い、いえ、まだ話は終わっては……!」


 銀色の髪をオオカミの尾のように颯爽と翻し、顔を真っ赤にして狼狽えるユージンを従えて城内へと入っていこうとするサーシャに大臣たちが追いすがる。

 が――。


「ユージン様、奥方様、わたくしめがご案内いたします」


 青い顔の大臣たちを追い越し、行く手を阻み、振り返るサーシャとユージンに向かって深々と一礼したのは白髪頭を綺麗に結い上げたメイド服の老婆。


「お二人のお世話をさせていただきます、メアリです。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って顔をあげたメアリは皺の多い顔をくしゃくしゃにして微笑んだのだった。

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