ウェスティア国物語 ~キミと添い遂げるためなら女神にも挑む~
夕藤さわな
第1話 こんな感じで結婚して
ノックもなしにスパーンと重い両開きの扉が開いた。
「ユージン! また頭から布団を被って引きこもっているそうだな! 何があった! 余に話してみるがいい!」
銀色の長く美しい髪をオオカミの尻尾のようになびかせて颯爽と入ってきたのはすらりと背の高い女性。オーリア国の貴族の娘たちが好んで着るコルセットでウエストは細く絞り、腰まわりをふんわりとふくらませたドレスではなく軍服に身を包んだ女性だ。
サーシャ・ヘンネ・オーリア。
オーリア国の十九才になる第十三王女である。
腰に差した細身の剣を慣れた手付きでさばき、ベッドの端に腰掛けた。ベッドの上に出来上がった布団の
「……サーシャ」
ユージンが布団のすき間からのぞき見ていると察してサーシャは艶然と微笑んだ。さぁ、話してみろ。そう言わんばかりの微笑みに布団の中のユージンはさらに深く布団を被ると震える声で言った。
「父方の故郷から……ウェスティア国から手紙が届いた」
「ふむ」
「差出人はウェスティア国の大臣。内容は、ぼ、僕に……こ、こここ国王になれって!」
布団の小山がボフン! とベッドの上で跳ねる。布団の小山もといユージンの動揺を見て取ってサーシャは腕組みをしてふむふむと頷いた。
「お前や余が子供の頃には季節の折々に刺客を送ってきていたというのにここ最近、途絶えていただろう? 便りがないのは元気な証拠とはいえ心配していたのだ。いやぁ、ただの手紙とはいえ久々に便りがあったか!」
「……刺客を季節の挨拶みたいに言わないで、サーシャ」
弱々しい声でツッコんでユージンは布団を被ったまま、ぎゅーっと小さくなった。
「父が死んだ後、王位を巡って内乱があったみたいだから敵国に亡命した半分、異国の血が混じってる卑しい
「遠く離れたところで暮らしているとはいえ親戚兄弟だろう? いくら忙しくとも季節の挨拶くらいは送るべきだと思うぞ」
「いや、だから。季節の挨拶じゃなくて刺客だから。あの人たちが送ってきてたのは刺客だから。送って来られても困るから」
大真面目に言うサーシャにユージンはツッコミを入れながらも弱々しい笑い声をあげた。肩の力が抜けて縮こまっていた布団の小山がちょっとだけ大きくなる。
「んで、まぁ……ようやく決着がついて何番目だかの兄が王位を継承したのが去年の暮れのことで、内乱で負ったケガが原因でその兄が死んだのが今年の春のこと。その兄が死んだことで僕以外の王位継承者が全滅したっていうわけ」
「ユージンの父君にはユージンを含めてかなりの数のご兄弟とご子息ご令嬢がいたと記憶していたが?」
「うん、いた。かなりの数いた王位継承者が僕以外、全員死んだ……らしい」
小さな声で〝……らしい〟と付け加えるユージンにサーシャは布団の端を持ち上げて中を覗き込んだ。
「それはつまり罠の可能性もあると?」
「なくはないと思う。去年の暮れに王位を継承したっていう兄の死はまだウェスティア国民にも公表していないらしいから」
当然、仲が良いとは言えない隣国・オーリアにも情報は入ってきていない。国内にいた王位継承者を全て殺した兄が唯一、国外に逃げて生き延びているユージンを殺すために仕掛けてきた罠という可能性も十分にあり得るのだ。
「季節の折々に送っていた刺客がことごとくオーリア国名産〝木彫りの雪オオカミ〟付きで送り返されてくるものだから城に呼んで直接、確実に手を下そうって考えたのかも」
「木彫りの雪オオカミより木彫りの雪クマの方が良かったのだろうか」
「雪オオカミでも雪クマでも雪ウサギでもダメだったと思うよ」
「なんと。あんなにも可愛い木彫りの雪ウサギですらダメなら何だったら良かったのだ」
またもや大真面目に言うサーシャにユージンは苦笑いを漏らした。
ユージンに送られてきた刺客をことごとく捕らえて送り返していたのは何を隠そうサーシャだ。刺客を殺すことなく送り主に返していたのも、毎回律義に木彫りの雪オオカミを付けていたのも、季節の挨拶程度に受け取っているのも、大切な幼馴染の血を分けた親戚兄弟がやったことだから。サーシャなりに気を使ったつもりなのだ。
ちょっと……いや、だいぶ感覚がずれている幼馴染に苦笑いしたユージンだったが、再び体を縮こまらせた。布団の小山がきゅっと小さくなる。
「……わ、罠かもしれない。でも、もし……もしも、罠じゃなくて……本当に王位が空の状態だとしたら……」
「ウェスティア国は女神の加護を受けた国だったな」
サーシャは顔をあげるとトパーズのように輝く金色の瞳を窓の外へと向けた。
サーシャが生まれ育ったオーリアは一年の半分以上が雪に閉ざされた国だ。今日も窓の外は激しい吹雪で真っ白。人が住むには適さない過酷な土地だ。
川や湖、海に囲まれたウェスティア国もかつては人が住むには適さない国だった。オーリアは吹雪に閉ざされ、ウェスティアは道も港も凍り付く。そういう土地で、そういう国だった。
だがある時、この世界に存在するあらゆる国の王の前に女神が姿を現した。もちろんオーリア国とウェスティア国の当時の王の前にも。
女神は言った。
「わたくしを唯一の神と崇めるのならあなたが治める土地に祝福を与えましょう。あなたが死んだ後もあなたの血を継ぐ者が王となり土地を治めるならば祝福を与え続けましょう」
オーリア国の王は女神の申し出を断った。だから、オーリア国は今も人が住むには適さない過酷な土地のままだ。
ウェスティア国の王は女神の申し出を受けた。だから、ウェスティア国は今、人が住むのに適した緑溢れる土地となった。
でも――。
「女神と契約した王の血族が王位につかなければ契約は無効となる。もし、今……本当に王位が空の状態だとしたら……」
「ウェスティアの土地は再び凍り付く、か」
「……」
布団の小山がぎゅーっと小さくなる。布団の中で黙り込むユージンを
過酷な時代を生き抜いたウェスティアの民がまだ生きているならどうにかなったかもしれない。しかし、女神の加護を受けて数百年。今のウェスティアの民は人が住むのに適した緑溢れる祖国しか知らないのだ。もしも、そんな状態で川が、湖が、海が、土地が凍り付いてしまったら――きっと多くの民が死ぬことになるだろう。
だからこそ――。
「ウェスティアに帰るのか、ユージン」
「……うん」
ユージンは小さな声で、しかし、きっぱりと言った。
「その手紙が罠で殺されるかもしれないのにか?」
「……うん。殺されるかもしれないし、そうじゃなくても〝母親が異国の踊り子の卑しい国王〟って昔みたいに冷遇……されるかも、しれな……あ、想像するだけで胃が……」
ユージンが頷くのに合わせてもそりと動く布団を見てサーシャはトパーズのような瞳をキラキラと輝かせた。
そして――。
「そうか……そうか、そうか!」
「何!? 痛い! 痛いよ、サーシャ!」
バシンバシンと布団越しにユージンの肩を叩いた。布団越しでもなかなかの威力だったらしい。割と本気で悲鳴をあげるユージンを無視してサーシャはバシンバシンと叩き続ける。
「よし、わかった。そういうことなら任せろ! お前の身と胃の安全は余と余の親衛隊が守ってやろう!」
「そ、それが……」
「うむ?」
ユージンの今にも泣き出しそうな声にサーシャはようやくバシンバシン叩くのをやめて首を傾げた。
「オ、オーリアは女神の加護がない過酷な土地だから……護衛やお供を連れて来るのも仕方ないけど、ウェスティアは女神に祝福された土地だし迎えも寄越すから……こ、国境を越える前に帰ってもらってくれって。多分、これ、も……もし雪クマみたいなムッキムキの親衛隊と一緒に国境を越えた……ら国際問題になるやつ……だと、思う」
「ふむ、なら雪クマのような親衛隊たちは置いていくとして友人として余が同行を……」
「それ、もっと国際問題になるやつ!」
布団の中でバシバシとベッドを叩いてツッコミを入れるユージンにサーシャは首を傾げた。
「そうなのか?」
「サーシャはこの国の第十三王女なんだよ? しかも、ちょっとややこしい育ちをしてる!」
「ふむ、まぁ、確かに。少々、ややこしい育ちをしているかもしれないな」
「そりゃあ……サーシャが着いてきてくれたらすごく心強いし……すごく、すごく嬉しいけど……でも……」
と、言いながら布団の小山がぺちゃりと平べったくなった。どうやら落ち込んでいるらしいユージンを見下ろしてサーシャは再び腕組みをして天井を仰ぎ見た。
そして――。
「よし! ならば父上に頼んで王室から除名してもらおう」
「……除名?」
「ついでに勘当したと公表してもらえばバッチリだ!」
「勘当!?」
とんでもない名案を思い付いたと言わんばかりの得意げな顔で言った。幼馴染の唐突で、とんでもない迷案に青ざめたのは布団の中のユージンだ。
「そんなのサーシャ大好きオーリア国現国王なオトーサンが呑むわけないじゃん!」
「安心しろ。父上には先の戦の褒美になんでも一つ、願いを叶えてやると言われている。父上ほどの方に二言はあるまい!」
「いや、でも……それはさておき除名に勘当までして何するつもりさ……?」
ハッハー! と豪快に笑うサーシャに布団の中のユージンは青ざめたまま尋ねた。
「決まっている。オーリア国第十三王女ではなくただの〝サーシャ〟としてお前と共にウェスティアに向かうのだ」
「え、いや……でも……護衛も供も連れて来るなって……」
「比翼連理。
「え? だ、誰と誰が……め、夫婦……?」
「決まっているだろ。余とユージンだ」
あっけらかんと言い放つサーシャに布団の中のユージンは凍り付いた。
かと思うと――。
「さぁ、ユージンよ。今すぐに余を
「そんなことしたらウェスティアに向かう前に殺されちゃうよ! サーシャ大好きオーリア国現国王なオトーサンに! 僕が! 殺されちゃうよぉー!」
悲鳴をあげながら頭から被っていた布団をスパーン! と吹っ飛ばしたのだった。
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