【舞台脚本風】電話対応AI

田山 凪

第1話

 すでに終電は逃している。

 鬱屈とした気分でキーボードを叩く山根と白石。


白石「先輩、僕らいったいなにやってんすかね」

山根「休んだ奴らのケツ拭きだ」

白石「尻拭いでしょ」

siri「ご用件はなんでしょうか」

白石「お前じゃねぇ!」

山根「だからケツって言ったんだよ。世の中iPhoneだらけだろ。尻なんていったらそこら中のsiriが起動しちまう」

siri「ご用件はなんでしょうか」

山根「お前じゃねぇ!」


 そして、再び沈黙が流れる。

 そこに、力強く扉を開けハイテンションの諏訪が現れる。

 ぼさぼさの黒髪にスーツの上から白衣を着ているという斬新な姿。


諏訪「やぁ諸君! ついに完成したぞ!」

白石「諏訪の姉さんは今日も元気ですね。もう夜中なのに」

山根「おい、気をつけろ。このテンションってことはろくでもないことだぞ」

諏訪「山根~、ろくでもないとはなんだぁ?」

山根「メデューサみたいになってるから余計に怖い……」

諏訪「まぁ、二人とも聞きたまえ。昨今AIという言葉をよくミニにするだろう」

白石「たぶん耳にですよね……?」

山根「あとで警察に電話しておくよ」

諏訪「誰が田代だ!」

山根「いや、そこまで言ってないですよ」

 

 諏訪は一つ咳ばらいをして仕切り直した。


諏訪「改めて、昨今AIという言葉をよく耳にするだろう。しかし! 私たちの周りには便利なAIは少ない!」

白石「確かに言われてみればそうですね。こういう文字を打つだけの作業とか、データ入力とかやってほしいもんです」

諏訪「白石はわかっているなぁ~」

山根「諏訪さん、お色気で落とすならせめてメイク直して髪も整えて寝る時にシャネルの香水でもかけてくださいよ」

諏訪「そう、寝るときにまとうのは、シャネルの香水、N°5だけ。ってだれがマリリンモンローだ!」

山根「結構ノリいい人だろ」

白石「見た目はマッドサイエンティストなのに」

諏訪「しらいしぃ~? 狂気のマッドサイエンティストになってやろうかぁ~?」

白石「いや、それだとタイムリープしちゃいますよ」

諏訪「エル・プサイ・コングルゥ……」

白石「本当にノリがいい人だ」


 再び諏訪は咳ばらいを何度かして仕切り直した・


諏訪「で、だ!」

山根「三面怪獣は?」

諏訪「ダダ! ってそろそろ本題に入らせてくれよぉ~」

山根「いや、ノリがいいのでつい。確か俺らの周りには便利なAIがないって話ですよね」

諏訪「そうだ。厳密にはこのスマホも含めて、あらゆる場所にAIはあるのだが、しかし人間の代わりにいろいろしてくれて便利になった割には、なぜ人間の仕事が減らない!?」

白石「AIがあるから人が少なくなるわけでもないし、一気に雇用が減ったわけじゃないですもんね」

山根「AIとはちょっと違うがセルフレジに案内係をつけるところもあるくらいだ」

諏訪「なんとも非合理的! AIに感情があるかどうかなどというロマンチックな考察は一旦置いといて。万能AIじゃなくてもできることはあるはずだ。例えば、シュレッダーの前に行かずとも、シュレッダーがやってきたり、あのやかましい配膳ロボのように紙をもっていってくれてもいい」

白石「お~、それいいかもですね」

諏訪「だろぉ~。だが、それではあくまで人のサポートでしかない。根本的に人と代われる仕事でなければならない」

山根「とは言っても仕事を奪われればまた変なデモが起きますよ」


 諏訪は怪しげに笑いながら椅子に座り、勢いよく足を組むとタイツが思い切り伝線した。


白石「……」

山根「あの……」

諏訪「私は一向にかまわん!!」

山根「あ、はい。では、続きをどうぞ」


 諏訪はそういいつつもやはり恥ずかしくなり足を組むのをやめた。


諏訪「世の中案外回数さえこなせばできることがあるだろう。好き嫌いはあれど、コンビニやファミレス、電話対応なんかもそうだ。決してそこで働いている人たちを軽視しているわけじゃない。しかし、彼ら彼女らエトセトラだって本来したいことはあれど、様々な事情からそこで働いているんだ」

白石「まぁ、海外では完全に無人化しているお店もあるくらいですし、技術的にコンビニはAIに任せられそうですよね」

山根「飲食店も配膳ロボがいるわけだしな」

諏訪「仕事なんていくらでも作れるんだ。それこそネットでは無限の雇用枠がある」

山根「どういうことですか?」

諏訪「配信者、インフルエンサー、イラストレーター、ブロガー……はちょっと古いか。あとはまぁいろいろあるだろ。そういうところに参入する人も増え、その中から才能を発揮しプロになれる奴もいるかもしれない。AIは人々のために達成感も技術もつかない仕事を奪いまくり、そこで得たお金を再分配する。そして最低限のお金を得た人たちは今まで挑戦できなかった夢に向かって走り出し、才能を開花させていくのだ!!!」


 立ち上がり堂々と宣言する諏訪。

 白石と山根はその姿を唖然とした表情で見つめている。

 ほどなくして諏訪は何事もなかったかのように座った。


諏訪「そこでだ」

山根「切り替えすげーな」

諏訪「これを使ってみようじゃないか」


 諏訪が取り出したのは二台のスマホだ。


白石「普通のスマホですよね」

諏訪「見た目は普通のスマホだ。しかし! 中身はとっておきだ!」


 諏訪は二台のスマホの画面に指を触れ、同時に指紋認証で解除しようとするが、五回失敗しパスワードの入力画面へと移行した。


諏訪「私帰る!」

白石「諏訪さん!?」

山根「でたよ……。上手くいかないとすぐ幼児退行する」


 諏訪は椅子でくるくると回り現実逃避をしていた。


白石「これどうするんですか?」

山根「大丈夫。慣れてるから。――諏訪さん、俺ら諏訪さんの発明みたいです。ぜひ見せてくれませんか?」

 

 諏訪は回転をやめ二人に背を向けたまま小さい声で言う。


諏訪「カッコ悪いのに?」

山根「うまくいかないこともあります。そこは発明で挽回すればいいんですよ。な、白石」

白石「そ、そうですよっ! 僕も諏訪さんの発明みたいです」


 諏訪は立ち上がりさっきまでへこんでいたのが嘘のように堂々と言う。


諏訪「仕方ないなぁ~。じゃ、ちょっとまってろよ」

山根「なっ」

白石「見た目のわりにちょろいんですね」


 諏訪はパスワードを解除し二人にスマホを渡した。


白石「なんかアプリ入ってますね」 

山根「スペシャル電話対応AI……」

白石「ネーミングセンスが」

山根「おい、白石」

白石「あ、はい」

諏訪「電話対応って面倒だろ。しかも、メールで済むのに電話をさせる輩もいるほどだ。メールしたことを電話する場合もある。あまりにも馬鹿らしい。それに、電話対応なんて完璧にできたところで、あくまでこういう会社で使えるだけ。仮に資格があってそれで給料が上がればいいが、電話対応で給料が上がるところはまずないだろう」

白石「あってもコールセンターくらいでしょうね。一応、もしもし検定ってのはあるらしいですけど」

諏訪「電話の時間をカットするだけで作業量は増え、さらに新人も電話に出なきゃという億劫な状態にならずに目の前の仕事に集中できる」

山根「確かにあるなぁ。いろいろ悩んで仕事してる時に電話がかかってきて、対応した後にやろうとしたこと忘れたり」

諏訪「そうだろそうだろ。もしそれをAIが対応し、直接話す必要があるなら当事者同士を直接つないでくれたら楽だろう」

白石「でも、そういうのってありませんか? ほら、用件に合わせて番号押すやつ」

諏訪「IVRというやつだな。Interactive Voice Response、つまりは電話自動音声応答システム。あれはあくまで限定的だ。オペレーターにつなぐ際の補助。しかし、私のは違う! 私のは社員各々のデータを入力し音声を再現し、会話をAI同士で可能としつつ、それをリアルタイムでもいつでも文字、もしくは音声で聞くことができるのだ」


 白石と山根は案外すごそうな発明に感心した。


白石「結構気になりますね」

諏訪「そういうと思ってすでに白石と山根のデータは入れている」

山根「いつのまに……」

白石「こわ……」

諏訪「まぁそういうな。これが成功したら君らは二階級特進だ」

山根「いや、それ死んでる」

諏訪「ではさっそく試すとしよう!」

山根「こいつ話きいてねぇや! 知ってたけど!」


 白石と山根はアプリを起動し、ガイドメンバーから自身の名前を選ぶ。


諏訪「まだ試作段階だから会話のテーマは限られる。雑談や会議や打ち合わせのスケジュールを抑えたりできるぞ」


 白石と山根はまず打ち合わせを選択し、お互いのスケジュールをコピーしてアプリに記憶させた。


AI白石「来週の火曜日、13時から打ち合わせできますか」

AI山根「その日は予定があってだめだ」

山根「なんか俺のだけため口なんですけど」

諏訪「山根と白石の会話だからな」

白石「へぇ~、関係性も反映されるんですね」


 次に雑談の項目を選択しAI同士に会話をさせてみた。


AI白石「そういえば聞きました?」

AI山根「何を?」

AI白石「諏訪さんってお風呂につかりながらお湯でぶくぶくするのが趣味らしいです」

諏訪「ちょっとまてーい! なんで白石がそれを知ってるんだ!」

白石「あ、いや。如月さんが言ってたので……」

山根「そんな子どもみたいなことしてるんですね」

諏訪「今のは聞かなかったことにしろ。それと明日如月のスムージーにニンニク入れてやる」


 その間にもAI同士は会話をしていた。


AI白石「山根先輩、最近は奥さんとどうなんですか」

AI山根「唐突だな。人の家庭を聞いてどうすんだよ」

AI白石「いやぁ、僕もそろそろ恋人ほしいなって」

AI山根「ほしい時に限って出会いはないもんだ」

AI白石「なんかそれわかります。めっちゃ恋したい時は相手が中々見つからないんですよねぇ」

白石「本当に雑談してる」

山根「案外これってすごい発明かも」

諏訪「そうだろそうだろ~。私はすごいだろ~」

AI白石「結婚すると回数は減るって聞きますけどどうなんですか?」

AI山根「まぁ、確かに恋人時代よりはな。向こうは家のことで忙しいし、こっちは仕事で忙しいし」


 諏訪は自慢げな表情をし、白石と山根はすごいとは思いつつも会話の内容がだんだんと怪しくなってきたことを察する。


AI白石「じゃあ、やっぱり欲求不満だったり?」

AI山根「まぁ、多少はな」

白石「なんかちょっとやばい気が」

山根「そろそろ止めたほうが」

諏訪「おいおい、もうちょっと私の発明を楽しんで行けよ」

AI白石「……あの、先輩」

AI山根「なんだ?」

AI白石「僕に、教えてくれませんか」

AI山根「……いいのか?」

AI白石「はい。先輩がいいんです」

AI山根「白石……」

AI白石「先輩! いますぐに!」


 その瞬間、諏訪は二台のスマホのアプリを落とした。

 気まずい沈黙が流れる。


白石「えーっと」

山根「なんで全員ダメージ受けてんだよ」

諏訪「…………そういう関係なのか?」

白石・山根「違います!」「違う!」


 そうして夜中の謎の時間が終わった。


 翌日、如月がやってきてパソコンを立ち上げると、昨日のAI同士の会話ログが誰でも見れる状態になっていた。


如月「えっ、白石くんと山根さんが!? 禁断の恋……悪くないかも!」


 今日も忙しい一日が始まる。



 

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