第3話 蓮斗と美景

刻み終わった玉ねぎをまな板の端に寄せ、鶏肉にかかったラップを包丁で切る。余分な脂肪の部分は取り除き端へ寄せ、米と一緒に口に入れて邪魔にならない程度の大きさに切る。まな板の使える部分が減ってきたところで切る作業は終わり!

フライパンにバターを一欠片落とし中火にかけ、溶け始めたバターを横目に人参を半分に切り、片方は袋へ戻す。小さく切り、玉ねぎより存在感が薄くなるくらいまで刻んだ所でバターをフライパンの全体に広げ、まな板上の食材をフライパンへぶち込む。バターと共に野菜と肉が焼ける香ばしい匂いが一気に広がっていく。


「フライパンでけぇーな」


おおかた、『大きいのひとつあればなんでもできるだろう』の精神で買ってきたんだろうなぁ。

ケチャップの封印を解き、下段の冷凍庫からラップに包まれた冷凍白米を二人分救出、電子レンジに放り込む。レンジの上に置きっぱなしの説明書には、有名家電メーカーの最新型の名前が印字されている。「料理する人」でないと買わないような、高くて良い製品だ。


 時折、女が小さく笑う声が聞こえる。赤星は語彙力はあるが、言葉選びがおかしいことがしばしばある、きっとそれだろう。


 実は赤星は有名大学卒のエリート個人vtuber。コラボ企画で共演する企業vtuberや他コンテンツの人達からも知識量と学の深さを認められるほどだ。頭が良くて声も良くて、面白くてプレイヤースキルもあって可愛くて、逆に赤星は何を持ち得ないのか。『#レッドスター教』のタグは、一週間に一回必ずTwitterの急上昇一位になる。デビューから早二年、レッドスター教の勢いは衰えず、それどころか全世界へ波及している。もうすぐYouTubeのチャンネル登録者は700万人に到達する。

フライパンを揺らして食材が焦げ付かないようにしていると突然、女の柔らかな香りが増幅する。


「よく見つけたね」「うわっびっくりしたー!」


気配もなくいつのまにか間合いの内側に入り込まれていた。自宅警備員失格だ…!


「いつからいたんですか?」

「調理工程を見ていたくなったんだ、お邪魔するよ」

「質問には答えないんですね」

「あ、米が温め終わったよ」


電子レンジがあたため終了を知らせ鳴く。女がレンジを開けてくれた。


「取ってください」

「私熱いの苦手なんだ」

「…どいてください」


ラップ部分だけ掴んでアツアツ白米を救出する。ここからは一瞬だ。


「まずどうするんだ」

「フライパンに入れます」


米から溢れ出した水分がフライパンの底で弾け音を立てる。


「ケチャップ入れていい?」「えっ」

「ケチャップ、入れていいかと聞いてるんだ」

「あ、え、あ…ストップって言ったら止めてください」


さっきまでとはうってかわって、まるで子供のような顔でお願いしてこられると調子が狂う。


「はい、どばぁ~~~~」

「うぅぅぅぅぅぅはい!はいストップ!!止めて!」

「待て!止まらない!!」

「キャップ上にして!!!」

「ハイッ」


…もっと早く言うべきだった。見た目だけならまるで米の血の海だ。


「えーっと...入れすぎたか?」

「いや、まだマシな方です」

「マシってことはこれ以上を見たことがあ」「それ以上言ったら刺します」


 ケチャップを鍋底に隠し酸味を飛ばす。一気に混ぜ合わせると一瞬でケチャップライスの完成!


「おぉー!すごいな君!」

「本番はこれからですよ」


卵二つ、砂糖大さじ半分、水を少々ステンレスボウルのなかに投入し混ぜる。


「あれ、牛乳じゃないのかい?」

「普通は牛乳とか、生クリームのもととか入れたりするらしいですね。うちでは牛乳臭いのが嫌で代わりに水入れてるんです」

「なるほど」


バターを一欠片フライパンで溶かす。この待ち時間が気まずい。


「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」

「あれ?言ってませんでしたっけ?」


バター片を泳がせ記憶を辿る。そういえばこの人の名前も聞いていない。


「有栖川蓮斗です。紫藤さんの下の名前は?」

「みかげだ。美しい景色で美景」

「綺麗な名前ですね」

「君こそ、蓮の花だろう?素敵な名前じゃないか」

「へへへ、そうっすよね知ってます」

「なんかムカつくな。褒めなければよかった」


自分の名前の綺麗さに誇りを持っているからこそ、褒められると嬉しい。ニート3年目、名乗るイベントが久々すぎてこの感覚を忘れていたみたいだ。


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