第91話 ダメ元
ダメ元で 叔母に会いに行った。
(次女がつきあってくれた)
叔母は 色々病気を抱えていて、
調子の良い時しか会えない。
呼び鈴を押しても、調子の悪い日は
玄関まで出て来られないから。
4月の初め、偶然叔母に会えたのは ゴミ捨て場の前だった。その時の叔母は、5センチ位ずつしか前に
進めなかった。ゴミを入れる用の、腰の高さのカゴに掴まり、何とか前に進もうとしていた。
救急車を呼ぶべきか迷う状態に見えたが、叔母は
病院からの帰り道なのだと言う。
なぜこんな状態の叔母を一人で帰らせるのだろう?
腹が立った。
「先生は『息子を呼べ』って言うのよ。でも息子は
忙しいんだから、来れるわけないじゃない」
叔母はいつもそう言う。自分にお金の払える算段のない私には、叔母に寄り添って、家まで送る事しか出来なかった。ここまで頑張ったんだから
何とかして家にたどり着きたいだろう とも思った。
昨年の晩秋、叔母が「白内障で目が良く見えない」と言った時、「これ以上一人にしておくのは無理だと思うよ」と息子には連絡した。息子からの返事は
「わかってはいる。心配してくれて有り難う」
それだけだった。叔母は相変わらず一人で
たまに差し入れをする位の事しか出来ずにいた。
親戚であるうちだけではなく、ご近所中が叔母を心配していたが、息子が2人もいるのに 他人が手を出す事は出来なかった。
それから5ヶ月。
白内障の手術の時には、スタスタ歩いて一人でバスに乗り 行って帰って来たのだが
3月に転んでしまい、右手と右半身が痛いと。
しかし、5センチずつしか前に進めないのは
それだけではないだろう事を表していた。
でも 叔母本人や家族に頼まれない限り
私がお医者の話を聞く事は出来ないし
叔母には私に全てを話す義理もない。
しかし、さすがに病院から連絡が行ったのか
次の週に息子と病院に行く事になったらしいと
母(叔母の姉)が教えてくれた。
叔母は6月まで入院し、その後老健に移った。
そうしている間に、身体が不自由になっても暮らせる様に、息子に拠って家が片付けられた。
大分前から、叔母は自分で片付けが出来る状態ではなく しかも息子を含め、他人からの助けを拒否していた為、家は中も外も ものすごい状態だった。
おそらく羞恥心から来ると思われるこの手の拒否は
本当に厄介だ。
責める事も、恩着せがましくする事も
決してあってはならない。
そんな叔母が 片付いた家に
この秋、やっと戻って来た。
そんな風に、色々問題を抱えた人ではあるが
私に取っては 小さな頃から大好きなおばちゃん。
先週は、携帯に電話してみたが応答はなかった。
でもコール音はしたので、ちゃんと充電されている事だけは確認出来た。
そして今日、ダメ元で家まで行ってみると
ドアが細く開いていて、声をかけながら中を覗くと
叔母が玄関に座っていた!
「おばちゃん! 歩けるの?」と声をかけた。
何とか玄関まで歩いた叔母は、そこまでで疲れ切り
座り込んで放心していた様に見えた。
でも 私だと気付くと笑顔を見せてくれた。
他人に片付けられてしまった家の中から
何とか大切なものを探しだそうと、頑張っていた事を話してくれた。
母と同じで 植物が大好きな叔母は、大事にしていた植物がみんな伐られたり持って行かれたりしていたと言い、こんな所に帰って来たくなかった。
死んだ方がマシだと。叔母は痛い足を引きずって家の周りを見て回り、怒りと悲しみで 隅に座り込んで泣いたと話してくれた。
叔母が帰って来るより前に、無惨な庭を見て
私と母も、言いようのない怒りと悲しみを感じていた。だから、叔母の気持ちは良くわかる。
でも、植物は強い。
除草剤でも撒かれない限りは、1ヶ月もすれば雑草位は生えて来るはず と心を切り替えた。
今日「行こう」と決めたのは、彼岸花が咲いてるかも と思ったからだった。 果たして
彼岸花は、緑の芽を伸ばしていた。
裏に回ると、短く伐られた金柑から枝葉が伸びて
そこにアゲハの幼虫が3匹もいた。可愛い。
木いちごもあちこちで伸びていた。
明日葉やツワブキも。それを先に確かめてから
玄関を覗いたので、叔母にアゲハの話をすると
「金柑どこなの?」と一緒に見に来た。
足が悪い人に取っては若干広い敷地なので
叔母が見て回り嘆き悲しんだのは
母家の方で、金柑があるのは別宅側だった。
先にうちの兄に因って丸ハゲにされた別宅の方は
もう色々な木々が 元に戻ろうとしていた。
叔母と一緒に、クコ ムクゲ 銀杏 ジャスミン
万両 椿 紫陽花 の葉っぱが元気に伸びてフサフサしているのを見て回った。
そうこうする内に お嫁さんがやって来て
「服を着替えましょう」と叔母に言った。
私が言っても叔母が聞くわけがないので放っておいたが、頑張って玄関まで歩いた為に、叔母は汗だくになっていたのだ。家の中に入る様に促したが
中に入れる事さえ出来ず、中にいたお嫁さんに
「玄関の脇まで来てます! 私達は帰りますね」
「お嫁さん、忙しいんでしょ?
そろそろ中に入らないとね」と言って引き上げた。
叔母と アゲハの赤ちゃんと 再生する木々に会えたのが嬉しくて、駅の階段を駆け上った。
ワクワクして、少しも息切れしなかった。
体力が落ちて もうダメなんだとばかり思っていたのに、気持ち次第でこんなに変わるんだね。
嬉しくて駆け出したくなるなんて 保育園以来かもしれない。保育園の帰り道、私はいつも駆け出して
そしてマンホールの上で転んでいた。
学習能力がなかったんだろうか…
いつも膝に傷があった。傷が出来るのを 気にしていなかったんだろうな。
こんなに嬉しい日になるなんて、思ってもみなかった。叔母も少しは、気が晴れたかな
母にもアゲハの写真を送って、木々の様子を報告した。母も落胆から回復してくれたら良いな。
もっとも母は、自分の目で確かめるまでは
納得しないだろうけど。
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