第14話

 病院の桜の木は、もうすっかり花が落ちて、きれいな緑色の葉を生き生きとさせている。

 昨日の夜、量販店で買った髪を金色にするワックスと、茶色のカラーコンタクトで、とりあえず変装はできてている…と思う。

 兵士のお祖母さんの着替えを持って、病室のドアの前に来た。


 「ふーっ……」

 

 気持ちを落ち着けるため、深く息を吐いた。『山田 さと子』というネームプレートを確認して、中に入る。


 「ば、ばあちゃん、いる?」

 「あら……兵士。また来てくれたの。

 無理、しなくていいのに……」


 お祖母さんは、ベッドによりかかりながら、少し掠れた声で言った。

 顔色が良く無い。思っていたより重病そうだった。


 「メガネをかけないと、何も見えなくて。

 あら、兵士、少し痩せた? なんだか体が小さく見えるわ」

 「そ、そうかな……」

 「……。 毎日来てくれてありがとうね。

仕事は大丈夫なの?」

「うん、まあね……。」


 お祖母さんは優しい表情でうなずくと、

 ベッドの横の引き出しから、封筒を取り出した。


「これ、裕介さんに、渡してくれない?」

「えっ? ……裕介に?」

「必ず渡してね。忘れちゃダメよ。アンタ、いつも何か忘れ物するんだから。」

「うん……わかった」


 それから、小一時間くらいお祖母さんと他愛のない話をして、病院を出た。

 エントランスの横の、薄汚れたベンチに座って、お祖母さんから受け取った封筒を開けた。三つ折りにされた手紙だった。


『裕介さんへ


 出会って間もない貴方に、このような手紙を書くことを、許してください。

 私には、もうあまり時間がありません。

 兵士のことを、どうしても貴方にお願いしておきたくて……。

 貴方が兵士に助けられて、うちに来た時、本当に驚きました。

 まるで生き別れた兄弟が、現れたのかと驚きました。きっと、神様が兵士にプレゼントをくれたのでしょう。

 このところ、毎日貴方の話ばかりしています。仲良くしてくれてありがとう。

 あの子は、本当に可哀想な子なのです。

 小学校3年の時、私の息子と、あの子の母が亡くなり、私は一人で兵士を育ててきました。私まで居なくなったら、あの子は誰も頼れません。

 どうか、兵士の側にいてやってくれませんか?あの子は寂しがりやなのです。

 どうか、どうか、よろしくお願い申し上げます。


 山田さと子』


 「……」


 春が終わったばかりの暖かい風が、手に持った便箋をカサカサと揺らした。

 俺は、どうしたら良いのだろう。

 俺は、兵士をどう思っているのだろう。

 俺にとって、兵士は……。







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